回想:セツナ (1)
セツナ 17歳 グランディール帝国にて
「却下だ」
窓の外は雪が舞っている。空から優しく降り注ぐそれとは違い、捨てるように机に投げられたのは一枚の紙。
内容は『ミナヅキへの留学について』と書かれていた。
この日、老人は17歳の少女の夢を否定した。
「お前には家のために良家に嫁がせる。国を出ることなぞ許されない」
老人の圧力に負けて反論する気力を失くした少女は、逃げるように走って部屋を出た。
使用人の諫める言葉を聞き流し、安くはないはずの服をしわくちゃになるまで握りしめながら彼女は走る。
そしてそのまま甥の部屋に駆け込んだ。
「うわぁぁぁん! ダメだった!」
「あぁ…ボクの枕が…昨日洗濯したばかりなのに」
少女は枕に顔を埋めて泣いた。
枕の心配しかしていないようにも見えたが、2つ下の甥は家族が泣いているのを見なかったことにするほど薄情ではなかった。
温かい紅茶を淹れながら
「留学の件かい?」
と分かってはいることを質問する。
「そうです! 私は研究者になりたいのに……」
「あの人の権力に執着しすぎているのはボクもどうかと思うよ。でもなんで魔獣の研究者になりたいのかい?」
「未知の存在だからです」
呼吸を整えられていないままの少女は答えた。
「魔力がある人間とない人間の違いについても興味深いですが……それ以上に魔獣に興味があります。肉体を得た魔力そのもののような生物。人間たちとは異なる魔法を使う存在。判明していないことはたくさんある。結果的に人助けに繋がるのだから、留学できたら有意義な研究ができること間違いなしなのにですよ~~!」
顔を上げて紅茶を飲む。
甘党の彼女のために砂糖とミルク入りだ。
いつもより甘く感じる。
「留学しなくても研究者にはなれるはず。私は諦めません」
「ミナヅキで暮らすツテはあるのかい?」
少女は何も言わなかった。
甥には分かっていた。
生来より人見知りであり、今のような大泣きしている時以外……普段は自分にも怯えながら話しかけてくる少女には社交性なんてものはないことを。
「仕方ないなぁ……ほら、これ」
少年が差し出したのは一枚の手紙だった。
差出人の名はミナヅキで有名な魔獣研究所の所長。
「こ、こここ、これは!?」
「所長の息子さんがプレンの友人でね。ボクも良くしてもらっているんだ。キミのことを話したら『今度会いたい』ってさ」
少女は手紙を持ったまま再び枕に顔を埋めた。
枕の水分量が大変なことになっているのは言うまでもないことである。
「プレン様ぁ!」
「そこはボクに感謝してほしいのだけど。とりあえず会うだけ会ってみれば? そこで気に入られて正式にお誘いがあれば流石に当主も許可せざるを得ないと思うし」
しかし、1つ問題があった。
少女の人見知り癖についてだ。
甥は約束の日まで毎日、彼女の会話の練習に付き合った。
時にはじゃがいもの絵をお面にして装着し、時には猫の絵をお面にした。
「そ、それは何ですか? ニンジン?」
「………太陽のつもりだったんだけどな」
甥のお面は独特ではあったが、そのおかげで彼女は緊張せずに練習できた。
家族の中で唯一味方と言えたのはこの少年のみだった。
書類上では2人は叔母と甥の関係にあたるが、血は繋がっていない。
それでも、家の異常さに気付いている者同士であり、お互いが大切な家族であった。
2人の出会いは13歳の夏、少女の母親は再婚した。
相手は母親の倍以上の年齢であり、帝国一の貴族の当主だった。既に孫もいた。
どのように出会ったかは不明だが、恐らく利害の一致による結婚だったのだろう。
庶民の家で生まれた少女にとって貴族の家での日常は苦痛だった。
歳が離れている上にこちらと友好的な関係を築くつもりがない義姉、家族を道具としてしか思わない父親。義姉の夫には無視されていた。
1つだけ救いがあったとすれば、義姉夫婦の息子……甥は自分を家族として扱ってくれたことである。
少年は11歳にして家の異常さに気づいた。
そんな厳しい状況の中、母親は再婚から2年も経たずに亡くなった。
原因不明の急死だった。
少女は気付いていた。
『母親は殺された』
と。
少女は聡い人間だった。生き残る方法を考えた。
『自分が当主にとって有用な人間である証明すればいい』
と。
幸い、彼女が勉学の才に恵まれていたのは誰もが認めざるを得ないことであった。
会話する時は必ずといっていいほど怯えてはいたが、なるべく父親にあたる老人の要望に応えた。
それでも少女には1つ譲れないことがあった。
魔獣研究者の夢である。
家に利益をもたらせば留学も反対はされない……という希望は先日あっけなく打ち砕かれた。
よって、甥が用意してくれたチャンスを掴み取ることしか彼女に残された道はなかった。
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