第59話 杖

「俺がその『悪竜』だ」


「え……」


 何を言えば正解か分からない。

でも、驚愕の叫びは自然と口から溢れた。


「えぇぇ!? むぐっ」

「おい、家のやつに気づかれるだろ!」


 ロキの手で口を塞がれてしまった。

幸い、部屋の近くには人はいなかったみたいで誰も駆けつけては来ない。


「正直に言うと、私が魔女の子孫という事実よりもそっちの方が驚きだわ」

「まずは自分のことで驚いてくれ……俺は悪竜として倒されかけたが、慈悲深い男によって生かされた。そしてそいつの口添えのおかげで大精霊は俺を殺さずに精霊にすることを選んだ」


「大精霊の祝福によって、人間を滅ぼすためのシステムに過ぎなかった俺に自我というものができたんだ」


 私からみたロキは食べることを好み、なにかと世話を焼いてくれる。嬉しいことがあると笑うし、他人のことで怒る優しさもある。


 そんな彼が最初は自我がなく、人間を滅ぼすために存在していたなんて、少し信じられないかも。

でも、確かに小説での悪竜は主人公たちに言葉をかけることもなく、ただ黙々と世界を滅ぼそうとしていた。感情のない悪役という紹介もされていた。


うん、やっぱり今のロキの方が私は好きだ。


「だが、人間の暮らしも知らない俺の権能は封じられた。今も五大属性の魔法と、鍵渡しの力しか使えないようになっている」

「他の権能は何?」


「少なくとも世界を滅ぼす力ではない……たぶん」

と何故か自信なさげだ。


「本の中の俺はどうなった?」

「初代国王に封印されたけど、人間たちが争い始めたのに反応して現代のアヴニールで復活して、最後は……」


 私が言い淀んだことで自分の結末を察したようだ。


「まぁこの俺は大丈夫だろうな。まず俺は一度も封印されていない。それに……」


 何故か私の方をじっと見つめる。

私の顔を見ても何も出ないのだけど。


「お前が人間の生活の楽しさを教えてくれたからな。滅ぼす気にならない」

「……褒めてもお菓子しかないわよ」

「照れているのか? まぁ、こういうところがお前の魅力なんだろうな」

「はぁ!?」


この男、さらっとこういうことを言うから油断ならないな…

「そういうのは相手に勘違いされるから気をつけなさい」と忠告したが

「その必要はない」

と流された。


「じゃあ、プリムラの杖を明日お前に……あ」

「どうしたの? 物凄く嫌な予感がするのだけど」


 以前も「……あ」となったロキはろくなことを言わなかった記憶がある。


 嫌な予感は的中したようで、冷や汗を流しながらロキは衝撃の一言を放った。


「あの杖、真っ二つに折られていたんだった……」


 そして現在。ベルギア&ノートさんの家で、ノートさんがロキを正座させている。

2人の間に置かれていたのは真っ二つに折れた杖。


ノートさんの顔が般若のようだ。


「何をしたら杖が折れるのよ!」

「預けようとしてきたプリムラに『タンスに入らない』と言ったら……こうポキッと。確かにあいつが折っていた」


 ロキは正座をしたまま棒を真っ二つに折るジェスチャーをした。ノートさんは頭を抱えた。

まさかの持ち主が犯人とは。


 プリムラ様の杖については私も詳しいわけではないが、ノートさんの怒りが事の重大さを物語っていた。


「この杖は自然の中にある魔力を吸って、持ち主の魔力に変換する、あたしの最高傑作なんだけど!?」


 精霊になったばかりだったロキは

『プリムラが折ったのなら深い理由がある』

と思い込んでいたらしい。

だけど実際は数百年経ってもただの折れた杖にしかなっていない。


 ベルギアはポテトチップス(塩)をパリパリと耳心地のいい音をさせながら咀嚼し続けている。

ポテチを取る方とは反対の手には最近若い人たちの間で人気の推理小説。

本を読みながらポテチを食べるとはチャレンジャーだ。


「この杖はノートさんが作ったの?」

と小声でベルギアに確認したら

「恐らく ノート 製作者」

とポテチを食べながら教えてくれた。


確かに製作者ぶちギレ案件だが、段々とロキが雨の中捨てられた子犬に見えてきた。

折ったのはプリムラ様ご本人なので、ノートさんは怒りのやり場に困っている。


「なんで折ったのよプリムラ!!!!!」


「あいつを止められなかったうえに、そのことも忘れていた俺にも責任はあるな」


 ロキがしっかり反省しているのを見たからかノートさんは少し冷静さを取り戻したようだ。


「あんたが未熟な時の話だし、プリムラの判断の早さと行動力のえげつなさはあたしも知ってるから。貸し1つにしてあげる」

「恩に着る」


 ベルギアはのりしお味を食べ始めた。


「大精霊様 把握?」

「この未来は視ていないはずよ。とりあえずルーシェちゃんが魔女になることは伝えたけど、このことはまだ黙っているわ。どう伝えたらいいか分からないもの」


 杖について衝撃の事実を知ったあと、誤魔化すように

「頼むから眠って忘れてくれ」

と私を無理やり寝かしつけた後に、ノートさんに相談しに行ったとのことだ。


 その時のノートさんは杖のことより私が魔女になることの方が衝撃だったようで、急いで大精霊様に報告したらしい。

そして今、時間差で杖についての衝撃に襲われていたようだ。


ちなみに大精霊様は

「その未来を自分も視たから、後は本人が承諾したのなら言うことはない」

と言っていたらしい。

もしかしたら魔女になったのならば大精霊様と会う機会が訪れるかもしれない。


「とにかく今はフェンリルを捕まえるために杖をなんとかしないと。魔獣と精霊って相性悪いのよね。あいつら魔力の塊みたいなもんだし! ロキならいけるのかしら」

「元竜だからそう簡単には負けない」

「それはそうか。ってかルーシェちゃんの前で」

「あ、私も知っているので大丈夫ですよ」


 今度はノートさんだけでなくベルギアも驚いたようだ。ポテチを落としかけている。


「ルーシェ 知った?」

「えぇ。ロキが精霊だろうが竜だろうが私の大切な友人であることに変わりはないわ」

「ルーシェ…」


 ロキも言っていたように、そもそも封印もされていないし、この世界を滅ぼす意思はない。恐らくアヴニール編についての心配はいらないだろう。


今のロキは「元竜、現精霊」という特殊な経歴はあっても大切な友人であることに変わりはない。


「そう……とりあえずルーシェちゃん、色々と気をつけなさい」

「竜 お気に入り判定 やばい」


何故か2人がヒソヒソと話し合いながら私を隠そうとする。


「おい、俺をなんだと思ってるんだ……」


 内緒話をなかったことにするかのように、ノートさんが

「というかこれ、どうしようかしら」と折れた杖を持ち上げる。

「それは杖のことか? 俺のことか?」

ロキは私を盾にして隠れたが、体格差があるのだから私は盾として機能していない。


「あたし作るのは好きだけど修理は苦手なのよね~」

「アウラ 器用」

「そういえばそうね、とりあえずあの軟派男を呼びましょう」


 ノートさんは「ちょっと待ってて」と家を出たが、5分後にはアウラさんを担いで帰ってきた。


「えっと、ルーシェちゃんの後ろに情けなく隠れているのはロキだよな? 何やらかした?」

「ノートに担がれているお前に情けないとか言われたくないな」


「双方 同レベ」


 ベルギアは味変としてチョコがかけられたポテチを食べ始めた。

最近、ノーブルを通じて交流の幅が広がったからか、彼女のボキャブラリーと食の幅も広がると同時に偏り始めている気がする。


「ん? プリムラの杖じゃん。なんか短くなった? というかこれ……」

「そういうことだ。直せるか?」


 アウラさんは杖をじっくりと観察し、

「うん、無理!」と残酷な現実を告げた。


「アウラがそう言うならもうダメじゃない!」


アウラさんは物の修理担当なのだろうか?


「これはもう新しく器を作った方がいいな。ノートがまたその器を祝福すればいいだろ?」

「アウラ……!!」


 ロキはずっと私の後ろに隠れていたが、その言葉を聞いて少し前に出てきた。


「ルーシェちゃんのためだしやるけど、何に祝福するのよ? 今から専用の杖を作ったら数週間はかかるわよ。すぐに使いたいならもっと小さい物じゃないと」


 4人の精霊と私は様々な案を出した。


「比較的短期間で作れる小さな物…」

「コンパクト 簡単装着」


 小さくて持ち運びが楽、または身に付けられる……


「あ、アクセサリーとかはダメかな?」

「それよ!!!」


 ノートさんは興奮気味に座布団から立ち上がった。


「ロキ、あたしが魔法用鉱石を調達するから、あんたはペンダントを作って」

「ペンダントに使えるチェーンなら家にある。後はその鉱石を削って取り付ければいいな。やろう」


「どんなデザインがいい?」とロキはどこからか手帳を取り出して私に訊いてきた。


「うーん、シンプルなのがいいかな。全ての…とは言わないけれど色んな服に合わせても違和感がない感じの」

「分かった。鉱石が集まれば半日で造れる。アウラ、お前にはルーシェに魔女についての詳しい説明と国王への面会について頼みたい」


「りょーかい! アウラくんは教えるのも上手だからね!」


 各々の役目が決まっていく中、今度は煎餅を食べていたベルギアが無言で挙手した。


「私 役目 ほしい」

「パナはそうね…正式に魔女がいるって発表された後、学校でルーシェが変な輩に絡まれないように守ってあげて」


 役目を与えられて嬉しいのだろう。ベルギアはこくりと無表情で頷いたが、なんとなく笑っている気もするのだ。


「承認 頑張る」

「自主的に行動しようとするようになってるのは嬉しいことね。魔法学園に通わせてよかったわ」


 ノートさんは自分のことかのように嬉しそうにしていた。


「ルーシェちゃん、これから大変なことだらけだけど頑張るわよ!」

「はい!」


「えい えい おー」


 ベルギアは無表情のままではあるが、勢いよく拳を繰り返し天井に向けて突き上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る