第60話 講座
「はい! というわけでアウラくんによる魔女講座を始めるぜ!」
アウラさんは青空に向けて力強く腕を突き上げた。
ここは私とアウラさんが初めて出会った湖の公園。
陽射しは暖かく、そよ風が心地いい。
うん、とってもいい天気だ。特訓日和である。
ロキとノートさんがペンダントを作ってくれている間に、私はアウラさんと魔女について勉強することになった。
やる気はあるが座学が苦手なので不安だ。
「魔法を初めて使ったのは最近だったんだよな!」
「えぇ。家族に魔法を使える人がいなかったし、魔法専門の家庭教師の存在も知らなかったわ。だから技術はからっきしだと思う」
なのに、ルリは私が魔女になる未来を視た。
どうして2人が視た未来での魔女は私だったのだろう。魔獣を一撃で倒しただけでは魔女になれるとはいえないはずだ。
この疑問の答えはルリにも大精霊様にもきっと分からないだろう。
私が怪訝そうにしていることに気がついたのか、アウラさんは
「ルリだけでなく大精霊様も『視た』といっていたから、きっとこれから伸びていくんだろうと思うぜ!」
と優しく言ってくれた。
「ありがとう。期待に添えるといいのだけど」
私は、昔から誰かに期待されたことがなかったから。こういうのはやっぱり慣れない。
「ロキに魔法の使い方を教えたのもオレだったから、きっとルーシェちゃんの先生役に選んでくれたんだろうなぁ… ささ!まずは先代魔女のプリムラについてどこまで把握しているか教えてくれ」
授業で習ったこととルリやロキから教えてもらったことを思い出す。
「えっと…魔力がたくさんあること、杖を持っていることと、私のご先祖様ということ…かな」
何故かアウラさんは
「ロキ……まっさらな状態じゃねーか」
と掌で顔を覆う。
どうやら彼の想像以上に私は無知のようだ。
だけどすぐに
「ま、まずは何をもってして『魔女』と認定されるのか。からだな!」
と気を取り直していた。
「まずは大精霊様の未来視で決まることがある。これは聖女なども共通だぜ。それ以外だと、膨大な"魔力量"に"変質"の技術と"応用力"がある者だな。魔力量はロキから聞いているから大丈夫だ。変質はオレたちでもキツイからスルーで!」
変質とは、精霊にとっても難易度の高い技らしい。
積まれた経験と発想を元に行われる魔法のアレンジ。
大精霊様によって存在と定義は明かされているが、会得した者は未だにいないのだとか。
「あとは魔法の応用力だな! 光属性は特殊だから置いておくぜ。魔法が使える騎士たちは水でただの塊ではなく、分厚く大きな盾を作る。炎を放つだけでなく、花などの物体の形に変える。剣を作れば炎の刃で敵を切れる」
「はい!」と私は前世での小学生の時を思い出しながら手を挙げた。
「どうぞ!」とアウラさんは私を指差した。
「いまいち変質と応用の違いが分かりません!」
私の質問に対してアウラ先生は
「いい質問だぜ!」とウィンクをしながら指をパチンッ!と鳴らした。別に音に合わせて何かが出てきたりしたわけではない。
「これから説明するのは、ルーシェちゃんがその質問をする未来を視ていた大精霊様からの受け売りだ。例え炎の形を一軒の家の形に変えたとしてもそれは応用であり、変質ではない。魔法の変質とは『その魔法自体の在り方を自分に合わせて変えること』。大精霊様が言うには『炎で敵の体温をマイナスにまで下げられたら変質成功です』だってさ!」
つまりそれぞれの属性から派生したオリジナル魔法ということだろう。
ゲームやアニメでよくある自分だけの能力……ワクワクする。
「まずは応用だ。あそこにある花と同じ形の炎を出してみようか」
アウラさんが指した所には可愛らしいアネモネが咲いていた。
「炎で花を……」
掌に炎を出す。アネモネを見ながら、変われと念じる。
炎は花に姿を変えていく。
できてはいるが、この応用の理屈はまだ分かっていない。
だけど、昔から私は体験して学ぶ方が性に合っている。繰り返せば身に付いていくはずだ。
「一発でできるとは。これは想像以上だぜ! 次は何を……いや、一旦これを読んでみてくれ」
そう言ったアウラさんに差し出されたのは一冊の図鑑。
大きくて分厚い。ページをめくるのも大変だ。
タイトルは……
「『エトワール1分かりやすい! 武器の解説』?」
「これは姐さんの愛読書でね。アウラくんも押し付けられゴフッ!」
突然、アウラさんの後ろに現れた何者かがアウラさんの右肩を握った。肩から出てはいけない音がする。
「やめてよー!ルーシェちゃんから誤解されちゃうじゃん☆」
正体はサラマンドラ様だった。
「どこが誤解だよ姐さん……」
ものすごく痛かったのか、アウラさんは地面に伸びている。
「ルーシェちゃんが魔女になるって聞いて、いてもたってもいられずにアタシ来ちゃった☆」
「サラマンドラ様! お久しぶりです!」
「うんうん!おひさおひさ!」
初めて会った時と同じように私の頭を高速で撫でる。そしてまた当たっている。
「ロキくんの時のアウラが結構過酷で鬼畜だったから心配したんだけど、杞憂だったようだね。よかったよかった~」
「もしロキの時と同じようにしていたら流石に燃やしてたわぁ」
と物騒なことを言いながらもサラマンドラ様は私を撫で続けた。
アウラさんは今のところ優しく説明してくれているけど、サラマンドラ様の言葉からして過去のアウラさんはとても厳しかったようだ。
スパルタなアウラさんも気になる…
「やっぱり炎はアタシでしょ? ここからはアタシにも任せて。とりあえずこの本はかいしゅ…って読んでる!? リアルでエグいからオススメしないよ~」
「いえ、この本……すごく分かりやすいです。色んな角度から見た武器が描かれているので、これなら炎で正確に再現しやすいです」
剣。弓。槍。ナイフ。刀。斧にハンマーまである。他にもよく分からない物も。
物の名前や用途自体は知ってはいても、細かい構造などは分からなかった物が多かった。
……私の人生に縁がなかった物ばかりだし。
様々な角度から見た武器の描写。上から振り下ろせばいいのか、それとも突き刺せばいいのか。
操る際に、より武器の特徴を活かすためには知識が必要だ。
そんな私にこの本はピッタリすぎる。
きっと書いた人は相当の武器オタクだ。武器にかける熱量が、読んでいる側にも伝わってくるのだから。
「ちょっ、ルーシェちゃんルーシェちゃん! なんか出ちゃってる!」
サラマンドラ様に肩を揺すられたことで、私の視界は、本ではなく炎で造られた大量の武器が映る。
「わぁぁぁ! 消えて消えて!」
必死に念じたら全て綺麗に消えた。
「す、すみません」
「いやすごいよルーシェちゃん! アウラくんびっくりしちゃった!」
やっと起き上がったアウラさんは目を輝かせている。
サラマンドラ様も
「これは確かに素質あるわ!」
と嬉しそうだ。
「ルーシェちゃんはたぶん…動物の感情が尻尾とかの体の一部分に表れるように、昂った気持ちが魔法に表れやすいわね。それは出来上がったペンダントで制御できるだろうけど、一応気を付けた方がいいかも~」
「分かりました」
うーん、今まではこんなことなかったのだけど。というか感情がここまで昂ったのが今世で初めてかもしれない。
「他に教えることあるかしら」
というサラマンドラ様の問いに
「ないよね」
とアウラさんが首を横に振る。
「炎をここまで形作ることができるなら、後はその武器を自在に扱えるようになることと経験を重ねるだけだね☆ もう大丈夫そうだし、パトロールがてらショッピングに行ってきまーす!」
……スキップしながらサラマンドラ様は去っていった。
「まず1つ目の課題はクリアだ。あとは国王に会うだけ。そしてペンダントの完成と騎士団や魔法使いたちがフェンリルの行方を突き止めるのを待つだけだな……そういえばご家族には話した?」
「いえ、両親は相変わらずだから、先に国王に報告を優先するつもりよ」
アウラさんは笑顔を崩さずに
「りょーかい。今日は頑張ったから美味しいものを奢ってあげよう! 何がいい?」
と言ってくれた。
「パフェかな。あ、でもあそこのケーキもいいな…」
「よし! 全部食べよう! ロキには内緒だぜ~!」
そして私たちはスイーツ巡りのため、城下町に向かった。
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