回想:カルティエ・グランディール(2)

 後日、彼は酒場の前で呆然と立つ店主に会った。


「これからどうする」

「ルシエルがいない店を続ける気にはなれない。だけど働いて食っていかないとあの娘に叱られてしまう。叱られてもいいから会いたいねぇ…」


店主は小さく呟いていたが、カルティエは何も言わなかった。


「友人が働き口を紹介してくれるらしいから、一時はそこで働くさ。ほら、あんたも店で会ったことあるだろ? ビアヘロちゃん。ルシエルのことを聞いてすぐに会いに来てくれたんだ」


店主は前に進み始めたが、カルティエはそう上手くは生きられなかった。 


だが、恋人の存在を話していなかったこともあるが、生来誰にも本当の自分を見せたことがなかったカルティエの心境の変化には兄でさえも気づけなかった。


「ルシエルがいないのに幸せになれるわけがない。忘れられるわけもない」


とうとう、彼女を追う決意をしたカルティエは森へ赴いた。


方法は考えていなかったが、魔獣が多いから最終的には彼らの糧となるのだろう。

と他人事のように考えながら、ひときわ大きな木の下に座り込んだ。


無防備な人間に気づいた魔獣がカルティエに襲いかかる。彼は動かない。


直後、彼の前で鮮血が舞った。


「もう! 自暴自棄はダメだよ!」


 魔獣の肉体から刀を引き抜きながら和装の少女は笑いながら座ったままのカルティエを見下ろした。


「余計な…」

「え? それじゃあ……わたしに見殺しの罪悪感を背負わせたかったの? ひどい趣味」


 少女は刀を鞘に収めながら、わざとらしく怒っていることをアピールしている。


「はぁ、本来のシナリオでは反逆者として暴れてから処刑だったんだけどなぁ~! 現実は『私』が描いた通りにはいかないね」


 見た目からは想像できないくらいの強い力で、少女はカルティエの腕を引っ張って無理やり立たせた。


「ほら! シャキッとして。あなた、犯人を見つけるってルシエルに言ったんでしょ? 死ぬ覚悟があるくらいなら必死に犯人を見つけた方がいいわ」

「最初はそう思った。だが、情報がない状態では何もできなかった。見つけられるならば…」


 どうして知っているのか。そのことを考える余裕は彼にはなかった。


「生きる理由がない? 本当に知らないまま死んでもいいの? 皇帝になって犯人を引きずり出しちゃえばいいのよ」


 やや無責任に放たれた言葉ではあったが、カルティエの目に少しばかりの光が戻った。

それを確認した少女は、城下町の地図をカルティエに渡した。


「この印をつけているところに行くといいよ。『シャガ』っていうグランディール家を滅ぼしたい気持ちでいっぱいの人たちの組織があるから。あなたのことを嫌がるだろうけど、上手く取り入ってみて。いい情報屋にはなるかも」


 そう言い残して、少女は去った。


「シャガか…」


 カルティエが知っていた『シャガ』という組織は孤児などを支援するなどの活動を行っていた。


だが、彼の知らぬ間にその組織は貧しい者に手を差し伸べない皇帝を非難し、一族そのものを憎み始めていた。


 地図に載っていた場所を訪れたカルティエは

開口一番に

「私は皇帝と同じ血が流れているが、現在の皇帝に不満を持つ者だ」

と告げた。


 誰も信じずに門前払い、もしくはその場で殺そうとしていたが、リーダーである男は協力関係を結ぶことを決めた。


自分は使い捨ての道具として見られているという自覚がカルティエにはあった。

ならば、自分も彼らを利用するまで。


だからといって、目的を完遂する前に暗殺されては堪らない。

リーダーにルシエルの調査について交渉する前に組織からの信頼を勝ち取ることに時間を費やした。


結果、彼は『次期皇帝の座を兄から勝ち取り、グランディールの歴史を終わらせる人間』という立場を組織内で得ることに成功した。


当初は皇帝になるつもりはなかったが、少女の言葉、そしてルシエルのような人間を増やさないためにも、自分が皇帝になるのもいいかもしれない、と本人も思い始める。


 兄に婚約者が現れたことは素直に祝福した。

だが、直後に皇帝が亡くなったことにより、カルティエは計画を開始することになり、祝福の言葉を2人に伝えることはできないまま敵対することになる。


 幼少期に世話をしてくれたメイドを始め、部下たちが着いてきたことも、アテナが城にいることも想定外ではあったが、一番の誤算は


「今から私はただのルーシェです」


『似ている』少女の登場であった。


彼女の存在がカルティエの時間を動かす。


 その少女は、現在カルティエの目の前で暢気に紅茶を飲んでいるのであった。



 

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