第30話 夜の庭にて

 夜。私は彼を庭に呼び出した。見張りもおらずあたりは静まり返っている。


「言われた通り1人で来たけど……大事な話ってなんだ?」

「お願いがあるの。あなたにしか頼めないことよ」

「あー……応えてあげたいけど逃げる手伝いは厳しいぞ」


 私は打ち合わせで決めた台詞を言った。


「あら、その気になればあなたはインサニア大臣に助けてもらえるでしょう?」


 彼の表情に動揺が走った。私にバレないようにと笑いながら剣に手を伸ばしかけている。


「すごい冗談だなぁ……」

「実は私、カルティエ様からルシエル様について聞いたの。カルティエ様はね、ルシエル様が殺されたことをこの城の部下たちには話していない。だから昨日のことを思い出してピンときちゃった」

「そうだった……あーあ、油断したなぁ」


 彼は昨日「ルシエル様は殺された」と言ったが、カルティエ様は調査の結果を部下たちに話していない。そう、彼が知っていることはおかしいのだ。


 もう隠す気はないらしい。彼が剣を構えようとしていた。慌てるふりをしながら私はある提案をする。


「待って! まだカルティエ様には話していないの。あなたが私を逃がしてくれたら黙っててあげるわ。そっちの方がお互いのためになるはずだけどどうする? 騎士ロン」


 もはや騎士の道から外れてしまったロンは剣から手を離した。これは取引成立ということだろう。


「あんたの状況からして僕と取引して国に逃げる方がいいよな。いい。その取引に乗ろう」

「そう……取引に乗る……ですってよカルティエ様!!」

「は!?」


 私が叫んだ直後、カルティエ様がロン以外の騎士たちを引き連れて現れた。


 カルティエ様が私を庇うようにして立つ。そして殺気を隠さずにロンを睨み付けていた。


 物的な証拠はほぼないと言ってもいい。しかし、本人が自白したのであれば話は変わる。カルティエ様だけではなく騎士全員が今の会話を聞いていた。もう言い逃れはできない。


「あんた、騙したな!!」

「嘘をついたことは謝るわ。でも、あなたもカルティエ様に嘘をついているわよね?」


 こういうときは、うん。とびっきりの悪役顔をしよう。

……本当の悪はルシエル様を殺した犯人だけど。


「答えろ。お前がルシエルを殺したのか」

「僕は……あいつに脅されたんだ! カルティエの弱みを探せって! だからルシエルの存在を教えた。それで満足すると思ったんだ!」


 完全に認めた。彼は全てを諦めたようだ。


「知っただけで満足するわけないでしょう……教えた後は殺すように命令してきたのね」

「そうすれば色んな家に侵入して金品を盗ったことを揉み消すって言うから……」


 最後の確認としてカルティエ様はロンに「誰が命令した」と聞いた。


「インサニア大臣です」


 答えは案の定といったところだ。なぜカルティエ様本人ではなく恋人のルシエル様を殺したのかは本人に訊くしかないようだ。


 この人、カルティエ様の騎士になる前から泥棒を繰り返していたらしい。捜査により露呈しそうになったときに大臣から声をかけられたようだ。


 ロンは騎士たちに連れていかれた。次期皇帝争いに決着がつくまでは、この城の牢屋に入れられるらしい。


 これからカルティエ様は次期皇帝争いに専念できる……が庭に1人残った彼の顔は浮かないものだった。

なんだか放っておけなかったので私も庭に残る。


 ぽつりと独白のように彼は話し始めた。


「私はこの1年復讐のために生きてきた。シャガの人間に近づいたのもそのためだ。ルシエルのような人間を増やさないためにも皇帝になる……そう思っていたが、法から外れた復讐をしようとする私に皇帝になる資格はあるのだろうか?」


 カルティエ様は私に背を向けた。メイドたちが眠り、騎士や兵士たちが帰るソレイユ城を見ていた。


「シャガのやつらは調査を手伝ってはくれたが、私のことを利用するだけして都合が悪くなったら切り捨てるだろう。皇帝にすると言ってはいるが、私もグランディール家の人間であることは変わらない」


 シャガの人間たちはグランディール家以外の人間が国を治めることを望んでいる。そのために中々口には出せないようなこともしているらしい。 


 今起きている兄弟の対立も結局のところ反乱を起こすまでの時間稼ぎであり、カモフラージュでもあるようだ。

 

 カルティエ様自身もそのことに気がついている。ルシエル様について調べるのにちょうどよかったということだ。お互いがお互いを利用していたのだ。


「私は……自分の復讐のために多くの部下たちを利用した。こんな人間に皇帝になる資格はない」


「権力者の暴走による被害者を増やさない」という理由で皇帝を志したことは私としてはいいと思う。


 しかし、彼の言うとおり部下を利用したことも変わりない。部下たちは自分達の意思でついて来ているから、負けたときの覚悟はしているだろう。けれどカルティエ様が「皇帝になる」と宣言せずに黙って1人城を出ることも可能だったはずだ。


 シャガの人たちとは違い、部下たちはカルティエ様のことを信じてこの城まで来ている。

でもそのカルティエ様の目的はより良い国にするためだけでなく復讐のためだったとしたら。彼は裏切り者といわれるかもしれない。


「確かに復讐に他人を巻き込んでいる人間が皇帝になるのは良いとは言えませんね。それに、帝国の顔である皇帝ほど法に縛られる存在はいないでしょう」


 カルティエ様は何も言わなかった。反論はないということだろう。


「まずはこの城にいる人たちに一度本音を打ち明けてみてはいかがでしょう。皆、あなたのことを慕っているから反逆者の仲間といわれようともこの城に来たのですよ。正直に話すべきだと思います」


 カルティエ様は何も返してはこなかったが、

「部屋に戻るぞ」と私を部屋に送ってくれた。


 こんなに優しい彼が私や部下を巻き込んでまで遂げたかった復讐。インサニア大臣と対面した時、彼は本当に法を破って復讐をするのだろうか。


そして、全てが終わるとき彼らはどのような結末を迎えるのだろう。



 翌朝、城にいる人たち全員を庭に集めたカルティエ様はすべてを打ち明けた。


 昨夜の時点では「裏切り者の処罰」という認識でカルティエ様に集められていたが、ロンを捕まえたことによってカルティエ様の目的はなんとなく想定できていたようだ。

 

「皆、本当にすまなかった。私が投降することになってもお前たちは罰されることのないように兄上に頼むつもりだ」


 メイドだけでなく、騎士や兵士たちも涙を流していた。

「この城に行くことを決めたときから覚悟はできています!」や「俺たちはカルティエ様についていきたいです!」とカルティエ様を責めるものは誰もいなかった。


 ここにいる人たちはカルティエ様に世の中を変えてほしいからではなく、カルティエ様を慕っているからこそソレイユ城に来たのだ。見ている私が泣きそう。


「ルシエル……いえ、ルーシェ様。昨夜、カルティエ様を助けてくださり本当にありがとうございました!」


 全員が私に頭を下げる。自分が礼を言われるとは想定していなかったので驚いてしまった。


「え? 私は偶然犯人に気がついたからカルティエ様に教えただけで……」

「そう謙遜するな。一晩中、共に資料を見てくれたではないか」


 カルティエ様が優しく微笑む。この場にいる全員が彼が笑ったことに驚いていた。


「これからまた忙しくなる。お前たち覚悟しろ」

「はい!」


 カルティエ様の声に皆が力強く返事をした。


 今日はカルティエ様と楽しい夕食の時間を過ごせた。束の間ではあると分かっているけれど、このような温かい食事の時間を過ごせることは嬉しいものだと私は思う。

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