第31話 憶測

 村に泊まった翌日、アテナたちは1日中村で働いた。これは泊めてくれた礼がしたいと話し合った結果でもある。


 早くプレンのもとへ行きたい気持ちもあったが、恩を返さなければ全員気が済まなかったようだ。


 1日中農作業をした後、アウラは「腰が……オレまだそんな歳じゃ……」と寝る直前まで呻いた。ロキが「お前ももう歳だな」と返したことによって、永年の友情に危機が迫ったのは別の話。


 1日働いた翌日、村を出ることになった。


 アテナはプレンの婚約者であり訳あって離れた場所で生活していたが、グランディール城に帰ることになった。


 そう話すと村人たちは「まさかあなたが婚約者だったとは……」と驚いていたが、

「あなたたちが悪い人ではないことは分かっている。どうか達者で」と心暖かく見送ってくれた。



 現在、彼らはグランディール城の近くの町の宿にいる。カルティエ派の者たちにアテナ様の存在がバレないようにと慎重に進んだおかげか、なんとかあと少しのところまで来た。


しかし、1つ問題が残っていた。


「グランディール城の周りは厳重に警備されているわ。いくらプレン様の婚約者である私がいようとも、あなたたちが通行証を入手できるまでは城下町に入れません」


 規則に厳しい。それがグランディール帝国の城下町だ。通行証をもらうには通行証申請受付所に並ぶ必要があった。


「それに並ぶのはいいが……我らには身分を証明する手段がないぞ」


 ヴィアの懸念通り、通行証を申請するには身分の証明が必要だ。

グランディール帝国の人間であることか、皇帝の許可を得て入国していることのどちらかを証明する書類を提出しなければならない。


「アテナ嬢も今は皇帝からの許可証を持ってないよね?」

「許可証はないけど……祝祭の時にもらった鍵と婚約指輪ならこっそり持ってきています。これでなんとかならないかしら」


 ロキは「今も持っていたのか」とアテナの鍵を凝視した。

何も知らないアテナは「私もエルフィン王国の王族ですから。これはお守りとして大切に持ち歩いていますよ」と鍵を大切そうにしまう。


 ヴィアとアウラは「よかったな」といった目でロキを見ていた。ロキは喜びを隠しきれそうにないようだ。


「そういえば何故鍵なのでしょう?」

「あー……意外と持ち歩いていても違和感がないとかいうシンプルな理由だったり……」


 喜びから一転。運命の精霊は焦り始めた。アウラとヴィアが全力で話題を変える。


「アテナ、とりあえず城下町に入る方法を考えよう!」

「ヴィアの言うとおりだぜ。オレたち密入国だから入国許可証がないんだよ……」

「そうだったわね。……あ! 私の友達に商人がいます! 彼女に頼んで、商人の仲間として入国できないかしら?」


 アテナは魔力を持っていたため、例に漏れず魔法学園に通っていた。そんなアテナには商人の家の友達がいたらしい。彼女は卒業後、グランディール帝国で商人として暮らし始めたのだとか。


「卒業してから手紙でやり取りしていたけれど、この国に来てからは中々手紙を出せなくて……」


「同じ国に来たのに逆に距離ができちゃったな」とアテナは寂しそうに笑う。ヴィアは優しくアテナの手を握った。


「よし、会いに行ったらきっとお友達も喜ぶはずだ。行こう!」


 そのような経緯があり、彼らはアテナの友人ビアヘロの元へ行った。

 特にトラブルもなくビアヘロの住居兼店舗に辿り着いた。


 様々な装飾品が飾られている店のカウンターに、女主人が座っていた。彼女こそがビアヘロだ。アウラは「姐さんを思い出す」と小声で言った。

ビアヘロもサラマンドラと同く社交性があり優しそうではあるが、怒らせてはならないと直感的に思ってしまうタイプの人間のようだ。


「ビアヘロ! 久しぶりですね」

「え……アテナだよね? 無事だったんだぁ!」


 ビアヘロはアテナに駆け寄って抱き締めた。

「心配かけてごめんね」とアテナは涙声で謝る。


「謝らないでくれ! アテナが行方不明になったっていう知らせがまわってきたときは本当にヒヤヒヤしたわ……」


 ビアヘロが言うにはアテナが行方不明になってすぐ、情報提供を求める紙が至るところにはられたらしい。

しかし、どこからも情報は出ておらず捜索は難航していたようだ。


「それで、そこの方々は? 子どももいるみたいだが……」

「彼らが私を助け出してくれたのです」

「おぉ! 本当にありがとう。それで? わざわざここに来たのは生存報告だけではないでしょ? 協力してほしいことでもあるの?」

「さすが商売人。話が早いね」


 アテナが彼らは密入国者だから城下町に入れないと告げると「えぇ!? 君たちってば大胆だねぇ」とビアヘロは大笑いであった。


「いいよ、ちょうど明日城下町で取引があるから。私の仲間として連れていくわ。ただし、手伝えるのは城下町に入るまで。城に行くことについては力になれない」

「城下町に入れてもらえるだけで十分だ。感謝する」


「アテナの恩人のためならこれくらいお安いご用さ! それに、私ってばこういうの得意なんだよ」と商人はロキの背中を力強く叩く。

恐らくロキでなければよろけていただろう。


「ん?お客さん……じゃない。ちょっと待ってて」


 ビアヘロは店の外に出て、同業者と思わしき男性と話しはじめた。相手が去った後、慌てた顔でビアヘロが店に戻ってくる。


「大変大変! 今、商売仲間が言っていたんだけど……」

「どうかしたの?」

「カルティエ様に婚約者ができたってさ!」

「えぇぇぇ!?」


 ヴィアが「名前、名前は!?」と繰り返しながらビアヘロを見つめる。


「名前はルシエルってさ」

「よかったなロキ。どうやらルーシェちゃんではないみたいだぜ」

「別に何も言ってないが?」


 ビアヘロは興奮冷めやらぬ様子で話し続ける。


「食料を運んだ商人仲間が見たらしいけど、銀髪美少女らしいよ!」

「……え」


 ビアヘロ以外の全員が黙り込む。


 ソレイユ城にはルーシェという銀髪少女が残っている。ちなみにメイドたちに銀髪の女性はいない。

皆想像していることは同じのようだ。言葉に迷っているためか誰も何も言わない。


「まだ決まったわけではない!」とヴィアが声をあげた。


「ビアヘロよ。他の特徴を教えてくれないか」

「残念ながら銀髪美少女ってことしか分からないみたい……皆すごい顔をしているね。どうしたの?」


 アテナが事情を話した。銀髪の友人が城に残っていて彼女が婚約者になっているかもしれないと。


「いや、銀髪の女の子ってこの世に何人いると思っているのよ。きっと人違いだわ」

「そ、そうだよね……でもなんとなくルーシェちゃんならあり得そうとオレは思っちゃう」

「あいつは色んなことに巻き込まれるタイプの人間だからな……」


 当の本人はカルティエとアフタヌーンティーの時間を過ごしているが、仲間たちはそんな想像もしておらず、未だに知る由もないのだ。

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