第32話 恋する故に
「ふう……」
「ルーシェ様、紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
カルティエ様がすべてを部下たちに打ち明けた後、私に対するメイドたちからの信頼度が上がった。どれくらいかというと、専属メイドになりたいというものがひっきりなしに現れるくらいにはだ。
これまでは手の空いた者が私の部屋に来ていたが、今は専属メイドの座を勝ち取ったミシェルという少女が私の身の回りのことをしてくれている。
今日も彼女は読書をしていた私に紅茶を淹れてくれた。
「ミシェルが淹れた紅茶はとても美味しいわ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
ミシェルは私の1つ下の年齢だ。カルティエ様が親の借金を肩代わりする条件で雇われて働きはじめたのだとか。
カルティエ様がこの城に移る際、プレン様に助けを求めることでこの雇用条件はうやむやにできたかもしれないのに、それでもついてきたのは心からカルティエ様を慕っているからだ。
というかミシェルのカルティエへの気持ちは主従を越えたもののような気がする。
ミシェル本人は叶わないと分かっているからかほとんど気持ちを表に出すことなく毎日働いているのだ。彼女の献身さには感服する。
「今日で1週間か……」
怒涛の1週間だった。最初は敵だったのに今ではメイドたちとの話に花を咲かせている。
皆の反応が気になるな……
「そういえば、ルーシェ様はあと1週間で帰られるそうですね」
「だって私学生だもの」
「えぇ!?」
ミシェルは危うくティーポットを落としそうになっていた。あれ? 知らなかったのかしら。
「知らなかったのね。てっきりカルティエ様が話していたと思っていたわ」
「いえ、1週間後には王国に帰るとしか聞いてませんよ! てことは私たちは学生に婚約者のふりをさせて軟禁していたということですね……」
「ここに残るのは私が選んだことでもあるから気にしないで。それに私、一応年上よ」
「たった1年じゃないですか。それに私はこうやって働いていますから! ほら、大人っぽいでしょう?」
ミシェルは精一杯大人っぽいポーズを取る。
精一杯なところが可愛らしいなぁ。
そう言ったら「もう! ルーシェ様ったら」とミシェルは拗ねてしまった。
「話を戻しましょう。あと1週間でルーシェ様は婚約者をやめるということは、近いうちにルシエル様を殺すように命令した大臣の元に行くということですよね」
「そうね……あと、次期皇帝も決まる」
「私たちは皇帝になったカルティエ様を支える覚悟も、反逆者の仲間として処される覚悟もしています。カルティエ様は本当のことを教えてくれませんでしたが、何があっても最期まで供するというのは部下の人とメイドたちで決めていたんです」
小説でも彼らはカルティエから離れることはなかった。だが全員がカルティエと同じく刑に処されたわけではない。ミシェルをはじめとしたメイドたちは捕まりはするが命は保証されていた。
ミシェルにとってルシエル様は恋敵でもあったが、仇を取りたいというのは他の人たちと同じのようだ。
ノックの音がした後、「私だ」とカルティエ様の声が聴こえてきた。
「どうぞ」と答えると彼は1人で部屋に入ってきた。
「カルティエ様!」
「そうか。専属メイドはミシェルになったのか」
「はい!」
ミシェルの顔が綻ぶ。彼女は本当にカルティエ様のことを大切に思っているのだ。
「では私はこれで」とミシェルは少し名残惜しそうに退室した。部屋には私とカルティエ様の2人だけ。
先に口を開いたのはカルティエ様だった。
「明日城に行く事になった」
「明日ですか。急ですね」
カルティエ様は忌々しそうな顔をする。本人も明日の出立は考えていなかったようだ。
想定外の事態が起きたということだろう。
「あの大臣が2日後に城を出て視察に行くらしい。ロンを捕らえたことは外部に漏れてはいないから偶然だろう」
「ロンは今どうしているのですか?」
「聞きたいか」
「……遠慮しておきます」
恐らく尋問をしているのだろう。拷問にはなっていないと思いたい。
「大臣の罪を明らかにすることが私にとって一番すべきことだ。あいつがいない城に行って皇帝の地位を争うのは避けたい。お前にも付き合ってもらうぞ」
「まぁ一応婚約者ですものね。それに私も大臣のことは放置しておけないと思います」
「城について大臣の罪を明らかにしたらお前の役目は終わる。皇帝についてはお前には関係のないことだ。その前には解放する」
カルティエ様曰く、私のことはプレン様に引き渡すようだ。ルシエル様ではなく本当はただの一般令嬢である私は、彼らからひどい扱いを受けることはないだろう。とのこと。
「ではこうやってあなたとお話するのも今日が最後ということですね」
「そうだ。迷惑をかけたな。明日、大臣の罪を明らかにする時もお前は婚約者として隣に立つだけでいい」
「……分かりました」
カルティエ様から疑わしげな視線を感じる。たぶん今の私の目は泳いでしまっているだろう。
決戦は明日。きっと明日には皆と再会できる。
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