第6話 出会ってしまった 後
パーティー当日になった。生徒たちはジュースを片手に広場で歓談している。
この世界でも学生である私たちは未成年に分類され、お酒は飲めない。
飲めたとしても飲まない。前世の記憶を思い出したときに、そう決めた。私は酒癖が悪いようだ。
ロキは「酒飲みたい………」と隣で言っているが、
「変なやつに声をかけられたら俺を呼べよ! お前に何かあったら俺が学園長にボコられる!」とも言っていたので心配してくれてはいるようだ。
どうして学園長が出てくるのかは謎だけど。
………そういえば、大事なことを忘れている気がする。
いや、王子からの求婚を断るよりも大事なことなんてない。気のせいだろう。
パーティーが盛り上がってきた頃、王子との約束の時間になった。ロキに「そろそろです」と伝え、静かに広場を離れる。
待ち合わせ場所は広場から少し離れた校舎裏だ。
私が校舎裏に来た時には既にノーブル王子は到着していた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。待たせてしまいましたよね」
「いや、僕も先ほど来たばかりだ。気にしないでくれ」
裏のない優しい笑顔。この人と結婚できる人は幸せだろうな。少なくとも私ではない。
「ルーシェ、返事を聞かせてくれ」
さぁ言うのよ私! 「お断りします」と!
口を開きかけたその時
「やめてください!」
少女の叫び声が聞こえてきた。ノーブル王子と私は咄嗟に声のした方向に走り出す。
少し走った先に2人の男子生徒と美少女がいた。
ココア色の綺麗なボブカットで、不思議と見覚えがある活発系美少女。銀髪儚い系ルーシェとは真逆である。
どうみてもこちらの美少女が、2人の男子生徒から逃げようとしている。
うん。情状酌量の余地はなし。彼らは有罪だ。
「君たちはなにをしているんだ」
王子が怒気を強めて声をかけたことで、男子生徒たちは慌てて走り去っていった。
追いかけようとする王子を目で制止する。
私たちを観察していた者の気配が消えたので、今頃ロキが男子生徒たちを捕まえていることだろう。
「まずはこちらの方を優先しましょう」
「……そうだな。君、ケガはないか?」
「はい、助けてくださりありがとうございました。私はクレア・マーガレットと申します。光属性クラスの1年生です」
クレア・マーガレットというのね。主人公と同じ名前だわ。同姓同名かしら。
……現実を見るんだ私。目の前にいる彼女こそ小説の主人公だ。
忘れていた。物語の序盤に、歓迎パーティーで男子生徒に絡まれている主人公を王子が助ける場面があるのだった。
どうしてこんな重要なことを忘れるかなぁ私は……お買い物リストとはわけが違うのに……
クレア・マーガレットはエルフィン王国編の主人公だ。
3年近くルーシェに嫌がらせをされながらもノーブル王子にアプローチを続け、最後には王子と結ばれるヒロイン。
パーティーでの出来事がきっかけで王子に一目惚れした主人公の、血と汗と涙に溢れた学園生活が幕を開ける。というのが本来の小説の内容だ。
嗚呼、最悪だ。今世において会いたくない人その2に出会ってしまった。
その1はもちろんノーブル王子である。
いや、もしかしたらクレアはノーブル王子に惚れていないかもしれない。三角関係にならなければ私の死の可能性はなくなるはず。
……王子を見つめる彼女の頬にほんのり赤みがある。恋する乙女の顔だ。
うん、フラグが立ったな。短い人生でした。
「僕はノーブル・エルフィンだ」
「ルーシェ・ネヴァーです。よろしくお願いします」
私は上品な笑みを浮かべる。上品な笑みの定義はよく分からないがきっと大丈夫。
我ながら芝居の才能があるかもしれない。冷や汗がバレないようにしないと。
「エルフィン様とネヴァー様ですね。改めてお礼申し上げます」
クレアは深く頭を下げた。目の前にいるのが一国の王子と、その王子に求婚された令嬢だというのに、その部分には全く反応しなかった。
クレアの立場などを気にしない姿勢に、登場人物たちは惹かれたのだろうな。
「どうか顔をお上げになってください。あなたは何も悪くないのですから」
「ルーシェの言うとおりだ。顔をあげてくれ」
私たちに促されたことでクレアはやっと顔をあげた。彼女の目は痛みを感じそうなくらいに眩しく、美しかった。
「絶対ノーブル王子に惚れてるって思うわけなんですけど」
「俺がナンパ男を取っ捕まえている間に限って、そんな面白いことが起きていたのか」
パーティーが終わり、クレアと王子が迎えに来た従者と共にそれぞれ帰っていくのを見届けた後、1人で門の近くに立っていたらロキがやってきたので、クレアについて話したのだ。
反応は予想通りだった。
ちなみに男子生徒たちは先生と家の人にすごく叱られて退学らしい。入学は義務でも退学という制度はあるらしい。これは小説と同じだ。
彼らは普段から貴族の女の子を狙ってカツアゲという犯罪行為をしていたようだ。なんだか治安が悪くないか?
門の外に目を向ける。貴族の生徒たちは護衛や従者、庶民の生徒たちは家族が迎えに来ており、皆パーティーの思い出を楽しそうに話しながら帰り始めていた。
詳しくは知らないが、毎年恒例の「新入生歓迎パーティー」が終わったあとは鞄のひったくりに遭う生徒がいたりするらしい。
カツアゲといい、この国はあまり治安が良くないのかもしれない。
そのため、ほとんどの生徒は従者などが迎えに来ていた。
私はというと、いつものごとく両親から放置されているため1人徒歩で帰ることになっていた。
姉と兄は心配してくれてはいたが予定があって来られないらしい。2人は社交界で活躍する我が家のエースだ。こうなることは当然だろう。従者たちも姉や兄の用事についていっている。
というか、"私に従者は不要"と伝えてしまっているのでこの状況の1番の原因は私な気がする。
まぁ、そんなに距離はないし1人でも大丈夫だろう。
「王子の求婚を断り損ねたわ。また改めて話さないと」
「そのときはまた呼べ。近くで見たい……ところでお前、迎えは?」
「来ませんよ? このまま帰ります」
ロキの顔が怖い。
屋敷の中を爆走した結果、盛大に転けて骨折した私(6)を叱ったときのお母様みたいな顔だ。あのときは私のこと放置していなかったんだけどなぁ。
「送る」
ロキはズルズルと私を引きずって歩き始めた。
端から見れば帰りたくないと駄々をこねる子供と、どうにかして家まで連れて帰ろうとする親のような状態になっていることだろう。
「別に私を狙う人なんてそうそういませんよ。狙うならお姉様かお兄様でしょうから」
「いいから行くぞ! あとお前、時々素を隠せていないからな。敬語で話さなくていい」
やっぱりロキは心配性だ。本人は人間の苦しむ顔が好きとか、私がどうなるのか気になるとか言っているが、面倒見の良さが隠しきれていない。
というか私が王子に求婚されてからずっと気にかけてくれている気がする。あの時の小鳥は彼のような気がしているが、それについては本人が言うまで黙っておこう。
ただ、1つだけ彼に言いたいことがある。
素で話してもいいと言うのならばそうしよう。
「私の家、逆方向だよ」
「そういえばそうだっ…じゃない、それを早く言え」
屋敷の目の前についた。さすがにここでお別れだ。
「送ってくれてありがとう。そういえば、ロキはいつもどこに帰っているの?」
「すぐ近くの森に家がある。時々魔獣はいるが俺のことは襲わないし、精霊は自然に囲まれて眠るのが落ち着くからな」
彼にとっては日常ではあるだろうが、1人で家に帰るのは寂しくないのだろうか。
いつか、彼が帰ってきたときに「おかえり」を言う人が現れるといいのだけど。
「そう。とても強いあなたには必要ない言葉かもしれないけれど、気をつけて帰ってね」
ロキは手をヒラヒラと振りながら帰っていった。
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