第55話 聖女

「セツナはボクの叔母だからね!」


 セン様は衝撃の一言を放った。


「叔母…ですか?」


 セン様とセツナはあまり歳が変わらないように見える。いとこではなく叔母と甥という関係は少し意外だ。


「うん。ボクの母の妹なんだけど、色々あって歳はそう変わらないよ。『魔獣について研究する』と言って、父親と大喧嘩になったんだ。そして勘当!」


 セン様はなんてことないと言わんばかりだが、かなり大変なことだと思う。


「父親は研究者にさせたくなかったのか?」

「そうだね。ボクにとっては祖父だけど…あの人は彼女を良家に嫁がせたかったみたい。元々研究者の夢を反対されてはいたけど、人脈作りの道具として扱われることについても不満を抱いたことが喧嘩になった最大の理由ってワケ!」


 確かに、自分のことを道具としか思ってない人に不満を抱くのはなんらおかしくはない。そのあたりはセツナに同情してしまう。

セン様も「あんな腐りきった家にいるよりは自分のやりたいことやった方がいいよね」と言っている。


「あの、その頃のセツナの性格って」

「それはもう弱々しかったよ! ボクが話しかけただけでビクビクしていたし」


 と、なると…あの飄々とした性格は一体なんなのだろう。


「突然人柄が豹変したりすることはあったか?」

「うーん…一度だけあったかな。祖父との大喧嘩の時は人が変わったようだったな。あんな荒々しい言葉を使うセツナは初めて見たよ」


 セン様が口に出すのを憚られるような言葉ばかりだったそうだ。


「家を出るときには余裕のあるお姉さんって感じだったから…色々とふっきれたのかと思ったよ」

「ですが、空き教室にいたときの記憶がないことは気になりますね」

「そしてまた行方不明か…まさかセンがいることに気づいたからか?」


 ロキがそう言うと「ギクッ」とセン様は固まってしまった。どうしたのだろう?


「まさかお前…」

「いや? 視察として城下町の皆に挨拶するのは当たり前じゃない?」

「つまり身分を隠さずに堂々と出歩いたんだな」


 あぁ…セン様が堂々と町を歩いたことによって町中の人が彼の存在を知った。

そしてセツナも甥が近くにいることを知った。


「でもボクたち仲は悪くないはずだよ? 勘当されて出ていくときもボクとは普通に話してくれたし。研究者になることにボクは賛成していたからね。なのに逃げるなんて…」

「何か会えない、または会いたくない理由があるんだろうな」

「やはり魔獣が暴走している件に関わっているのかもしれないですね…」


 少なくともセン様は不仲ではないと認識しているのだ。視察で来たと知っただけでわざわざ逃げるのは不思議である。


そして性格が変わること。弱々しい性格と飄々としながらも大事なことは譲れない強い性格。


「どうしたものかなぁ…」

「まずはセツナを見つけないと」


 そう話していたら、少し離れたところから何かが疾走する音がした。およそ人間には出せない音だ。


そして、複数の悲鳴が聞こえてきた。


 急いで悲鳴がした方へ行くと、魔獣たちが再び町中に現れて人々を襲い始めた。


「とうとう人間を襲い始めたようだね」


 ロキとセン様は人々を逃がしながら魔獣へ魔法を放つ。


「久しぶりに両方使おうかなっ!」


 セン様は鞄から植物園の種とおぼしき物を取り出し、魔獣に投げつけた。

その直後、近くの植物を急成長させる魔法を使うことで魔獣に蔦が絡み付き、動きを止めることに成功した。また、水で動きを止めたりもしている。


 ロキはというと風で加速させながら石を投げて魔獣を牽制する。


「もしかして、全ての属性が使えたり?」

「さてな」


 2人は息ぴったりだ。それを言ったらロキが嫌がるだろうけど。


「助けて!」


 私も援護をしようと思っていた矢先、近くで逃げ遅れて泣いている子供がいた。


泣き声が聞こえたのか一体の魔獣が子供に近づく。


「ダメ!」


 私は炎を魔獣に放つ。炎は魔獣に的中して無事に倒せた。急いで子供の元へと駆けつける。


「もう大丈夫だよ」

「ありがと…お姉ちゃん危ない!」


 まずい、別の魔獣が来た。セン様とロキが助けようしてくれているが、この距離だと間に合わない。


 まさか、ここで死んでしまうのかな。せめてこの子だけでも守れたら…


そう思い、私は子供からは魔獣の爪が見えることはないように抱えた。


思わず目を閉じたが、痛みはない。

私の前に颯爽と現れたのはふわふわなピンク髪、そして機能美に優れた白い服を着た美少女。


 美少女が何かしらの力で魔獣の動きを止めたようだ。


「今のうちに!」


彼女がそう言った直後、ロキの石が魔獣を撃ち抜いた。


あ、もしかして…


「わたくしは聖女ラナンキュラスですわ! そこのあなた、おケガは?」

「あ、ありません。ありがとうございます」


 そう、彼女はミナヅキ編の主人公だ……けど。


周囲を見渡しても、彼女と共に駆け付けてきた王国の騎士団の人たちしかいない。


 どうして彼女専属の騎士リンドウがいないのだろう?ミナヅキにいるはずの聖女がエルフィン王国にいる理由は?


 いや、まずはここにいる魔獣をすべて討つことを優先しなければ。


 強力な助っ人が現れたことにより、あっという間に魔獣たちは倒された。


「助かったよラナンキュラスさん」

「ラナで大丈夫です。わたくしは聖女としての力を正しく使ったまでですわ」


 ラナさんは誇らしげな顔をしていた。


「お母さん!」


 私が庇った子どもは母親の元へ走った。母親は何度も私たちに頭を下げた。

「この子が無事でよかったです」

そう伝えると「この恩は必ずやお返しします」と言い、去っていった。

あの子が無傷でよかった。


「噂には聞いていたけど、聖女って本当に魔獣を鎮められるんだねぇ」

「えぇ! と、いっても魔法は使えないので倒すのはお願いしますわ!」


 ラナさんはアヴニール出身の令嬢で、魔獣や暴走した土地の魔力を鎮める力を発現させたことによってアヴニール教会から『聖女』の称号を与えられている。

そして魔獣研究で有名なミナヅキに騎士リンドウと共に赴くのだ。


そしてセツナとの戦いが始まる。


更に詳しい事情を聞きたかったけれど、騎士団がいるからそれはお預け…と思っていたが、騎士団たちは魔獣を回収したらすぐに帰った。


ラナさんは

「よかったら詳しい事情をお話させてください」と言って騎士団には着いていかずにこの場に残ることにしたようだ。


噴水広場に戻ろうかと思ったが、魔獣の出現場所に近いということで封鎖準備がされ始めていた。どうやら別の場所へ移動する必要がある。


「どちらに行きますの? わたくし王国に来たばかりで何も分からないのです。宿の場所もよく分かっていなくて」


「ん? キミが持っている宿のカード、ボクの宿泊先と一緒だね。国から招かれた客は同じところに泊まるのかも…キ、キミたちその目はまさか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る