第51話 予想外

「あの水魔法を使ったのはどっち?」


 まずい。私はセンさんとの関わりが少ない。彼が私についてどこまで知っているのかが分からないのだ。

本当に私たちの属性について知らないのか、はたまた全て知った上で試しているのか。


 ここで嘘をついてその場をやりすごしたとしても、どこかで必ずボロが出る。


 ロキはなんともない顔をしている。何か策でもあるのだろうか。


「俺が使った」

「あれ? 以前キミたちは炎属性のクラスに所属していると聞いたけどなぁ」

 

 セン様はすべてを見透かしているような目でこちらを見る。

やはり私たちの身辺調査はしていたか。


 ロキは焦っていない。


「お前と同じだ」

「どういうこと?」

「二重属性持ちなんだよ」


 にじゅうぞくせい? 初耳だ。なにそれ。


「へぇ! 炎と水の二重属性か! ほんとだボクと一緒じゃ~ん!」


 どうやらセン様は納得してくれたようだ。私1人だけ話題についていけてない気もしなくはないが、今は気にしないでおこう。


「あ、さっき話すのを躊躇っていたのって…もしかしてルーシェちゃん以外の生徒たちには内緒にしていた感じ? 分かった。お兄さんも黙っておくよ」

「助かる」


 うん、最初から知っていましたけど?という顔をしておこう。細かいことは後でロキに聞かないと。


が、まだ問題がある。


「まぁまぁ歩いているけど…ロキくんってルーシェちゃんと家が近かったりする?」


 セン様は騎士たちに話した通り、私たちを送ってくれるというので、レンガの道を3人で歩く。

私はあと少しで家に着くのだが…セン様に送ってもらっているので、ロキは森の方に帰るに帰れないようだ。

魔獣が出現する恐れがある森に一人暮らしなんて普通はあり得ない。


でも、ロキがこの道を選んだということは…


「あぁ、俺の家はすぐそこだ」


 突然立ち止まったロキは右手側にある1つの小さな家を指さした。

やっぱり、ここを自分の家だということにするのね。


ロキがトントン、と扉をノックして「俺だ」という。

「俺だ」だと詐欺感がするので、名乗った方がいい気がする…


「はいはい」


 出てきたのはノートさんだった。ロキだけでなく私と見知らぬお兄さんがいるので混乱している。


「ただいま、姉さん」

「…お、おかえり」


 ノートさんは空気を読んでくれた。ありがとう…


「うーん、日が沈みかけているしロキくんは休みたまえ。ルーシェちゃんは責任を持ってボクが送るよ」

「そんな、これ以上迷惑をかけるわけには」


 断るに断れない私と警戒するロキを見かねたノートさんが「近くから見守る」と私たちに耳打ちをした。彼女からすればセンさんは本当に誰か分からないから警戒して当然だろう。


「ロキ、今日はありがとう。また明日学校で会いましょう」

「あぁ、セン、頼んだ」

「もちろん」


ロキとノートさんは一旦家の中に入った。

このあと後ろからこっそり見守ってくれるのだろう。


「じゃあ、行こうか~」

「はい」


 セン様と2人で歩き出す。


………気まずい。

私たちにはあまり共通の話題がない。助けてロキ。


 話題に困っていることを察したのか、セン様が口を開いた。


「カルティエは元気にしているよ」

「!?」

「実はエルフィン王国に来てキミに会ったら、伝えたかったんだ。ありがとう、ルーシェちゃん」

「あなたに礼を言われるようなことなんて」


 私の少し先を歩いていたセン様は立ち止まった。日が落ち始めており、彼の身に付ける宝石と美しい赤髪が街灯の光を受けて輝いて見えた。


「キミがいたからカルティエは人を殺さずに済んだしプレンも救われた。ボクの友達を助けてくれたんだ」


 私の前に立つセン様の顔は見えない。彼は振り向くことなく話続けた。


「幼い頃のカルティエは病弱だったからずっと部屋で毎日を過ごしていた。プレンは次期皇帝として多忙な日々を送った。結果、2人は成人するまで1度しか顔を合わせたことがなかったんだ。ボクは親同士が友人で幼少期からプレンと共に過ごしたからあいつら兄弟の関係はよく知っている。

ボクがスパイとして潜り込んだのも、プレンが信頼できる人間だったからだ。カルティエと会ったことがないのも結果的によかったのかもなぁ」


 どれも初めて知ったことだ。そもそも小説では、セン様は名前も出ない存在だった。シャガにスパイがいる描写はあったが、まさかリーダーだったとは。


 セツナと同じで小説とは異なる人生を歩んでいるのだろう。


 プレン様のほとんどの臣下たちにはただの友人としか伝えておらず、セン様の本当の役割を知らなかったらしい。


「カルティエに言われてルシエルについて調べて色々知った。なのにプレンにすぐに報告ができなかった。プレンに切り札だと言われ信頼されていたのにな」


セン様はやっとこちらを向いたと思ったら自嘲するような目をしていた。

ただ、視線はどこか遠くに送られているようだ。


「知らぬ間に弟には大切な存在がいて、そして失って…それをきっかけにシャガ側についたと知ったら皇帝の地位を諦めるのではないかと、恐れてしまった。あいつなら突き進むに決まっているのにな」


「そしてルシエルを殺した犯人も突き止められずにカルティエは皇帝の座を奪うことを宣言してしまった。ボクがもっと上手くやれてたらって思ったんだ。そうすれば、キミたちを巻き込まずに、ルーシェちゃんがルシエルのふりをするなんて危険なことをせずに済んだのにって」


 セン様はずっと、罪悪感を抱いていたのだ。

「自分がもっと上手くできれば」と。

大切な友人とその弟。本当は敵対せずに済んだのに、と彼は1人で…


「ルシエルさんのふりをすることを決めたのは私ですから気に負う必要はありません。それに、あなたがいなかったらシャガの人たちはアテナ様を拐う以上に過激なことをしていたと思います。セン様は1人でそのリスクを背負っていましたが、それはとても苦しくて耐えることが難しいことなのですから」


 これはグランディール帝国を出る直前に、具体的な反グランディール家の者たちの活動内容を聞いたが、小説内の方が過激だった。恐らくセン様が抑え込んでいたからだろう。


 セン様はやっと私の目を見てくれた。


「それが本心っていうのがねぇ…ずるいなぁ」

「?」

「ほんとに16歳?」

「え、そ、そうですけど」


 16歳らしからぬ発言をしてしまっただろうか。16歳って難しい…


彼の懺悔を聞いた後、私たちは再び歩きだしたのだけど…


「何か困ったらボクに遠慮なく言ってね!」

「あ、ありがとうございます」

「上司の命令はテキトーでいいけど、キミが望むならお兄さん頑張るから」


 なんかすごく親身になってくれてる?

さっきまではというか、帝国で少し会ったときは周りと一線引き、笑顔で親しみを出しているのに遠い存在って感じがしていたんだけど…


「気にかけてくださるのは嬉しいのですが、あまり1人で長時間外出しない方がよろしいのでは?」

「え? ボク強いから大丈夫! ルーシェちゃんって本当に優しいねぇ、うちに来ない? 給料いいよ?」

「まだ学生でいたので、ごめんなさい」

「ちぇー、フラれちゃった…まぁこれ以上親密になると、ロキくんもだけどカルティエがうるさそうだし…」


 さっきからこんな調子だ。すごくご機嫌。


 カルティエ様の名前が出たので、近況を確認したいと思い、訊いてみることにした。


「カルティエ様がお元気なのはなによりですが、幽閉生活はまだまだ続くのですよね…」

「あぁ、真相を知った国民の反応は様々でね…皆が落ち着くまでというのもあるし、国を混乱させたのは事実だから罰を受けないといけないのも変わらない。と、いっても城で毎日メイドと茶を飲んでるよ~!」


 きっとミシェルのことだろう。彼女も元気ならよかった。


「ボクが視察に行くって聞いたときは『気に入ったとしても絶対に近づくな触るな』と言われちゃってさ! ボクのことなんだと思っているんだか」

「カルティエ様とお会いになられたんですね」

「まぁね。リーダーと反逆者としてしか話したことがなかったからね。雑談をしに行ったのさ」


 セン様は心なしか嬉しそうに言った。立場が変わった今こそ、本当の友人にきっとなれるといいな。


 家の前についた。送ってくれたお礼を言わなければ。


「今日はありがとうございました」

「これくらいどうってことないよ! ところで、この国の魔獣って頻繁に町に出現するの?」

「いえ、森の外にいるのは初めて見ました」

「そう…気をつけてね。また明日~」


 セン様は背を向け歩きだした。

 私の帰宅後に気づいた使用人たちが出迎えに来たので共に屋敷の中に入る。


 風呂に入り、ご飯を食べ、寝る支度をする。


 ふと、思った。


「ん? 『また明日』?」

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