第36話 特殊な仕事

 センによる先導のもと無事にグランディール城に帰還した。

精霊たちにとっては訪問である。


 古きよきを貫いていたソレイユ城と違い、グランディール城は絢爛豪華だ。

不定期でエルフィン王国の城に行く事になるロキでさえ華やかさに圧倒されるくらいだ。


「城の人間たちに"アテナの恩人"として崇められたな……」

「大精霊様には視えていたかな。オレたち叱られないかな?」

「城に着いたあと、我らはこっそりと帰る予定だったのだがなぁ」


 精霊たちは"国の歴史を変えること"には関わってはならないという掟がある。

当初は友人を助けるという目的だったため掟に反してはいなかったが、カルティエとの対立するとなれば別だ。次期皇帝争いに手を貸すことになるので掟に抵触するだろう。


「まぁペナルティがあるわけではないけどな。日々の祝福もきちんとしたからさ」

「俺たちが説教されることは確定だけどな」


 精霊たちはロキに用意された部屋に集まっていた。


「それにしてもルーシェは無事だろうか。我は心配で堪らぬ」

「プレン様は助けると約束してくれた。人間を攻撃することは禁じられているから、彼らの助けを借りられるのは本当に幸いなことだぜ」


 ルーシェに思いを馳せながら用意された紅茶を飲む。ロキはいつもよりお菓子を食べるスピードが遅かった。


「失礼する……我が国の紅茶を気に入っていただけで何よりだが至急伝えたいことがある」

「ふぁんふぁ?ふぁれらにふぉあひっほひゅうひょうな」

「ヴィアちゃん、お菓子頬張っているのね。無理しないで」


 部屋に入ってきたプレンとアテナは、一応落ち着いてはいるが顔つきが真剣である。


「明日、カルティエが婚約者と共に城に来るらしい」

「次期皇帝の座を巡る争いに決着をつけるつもりか」

「そのこともありますが、きっとルシエル様を殺した犯人の告発もあるでしょう」


 カルティエの策に乗って城に招き入れる。そして犯人が明らかになった後、もし彼が法の範囲から外れた方法で裁くというならば止める。


 改めて方針を話し合った後にこの日はそれぞれ用意された部屋に戻って眠りについた。



  一方、城下町にある店にて


「いやぁ、やっぱりビアヘロさんに任せておけば安心だな」

「ふふっ、いつもありがとうね。また機会があったらよろしく」


 無事に商談を終えた商人ビアヘロは予め予約をしていた宿へと向かう。


(見廻りの衛兵が大勢いるから夜でも安心して歩けるな)


 あと少しで宿に着く。そんな時、彼女に前に和装の少女の姿をした者が現れた。

ビアヘロは驚くことなく近づく。


「ルリか。どうした? 私の仕事に不満でも?」

「そんな!? あなたは完璧に成し遂げたわ。拍手をあげる」

「衛兵が駆けつけたら面倒だからやめて」


 ルリは「あらそう。じゃあ何がほしい?」と首を傾げる。


「頼まれなくてもアテナたちは連れていっていたから、報酬はいらないわ」

「ふぅん。商人だって言うから報酬とか利益とか言い出すと思ったんだけど」

「偏見はやめてくれ」


 すべては3日前に遡る。


 店じまいの時間直前にルリがビアヘロのもとを訪れたのだ。


 ちょうど店のドアに背を向ける形で商品を整理していた彼女は悪寒を感じた。振り向かなくても分かる。自分に向けて殺気が送られているのだと。


 慌てることなく彼女は手をあげた。この行為は異世界でも降参の意を示している。


「一介の商人にしては慣れているんだね。よく強盗でも来るの?」

「そんなわけないだろ。王族の友人がいるからね。こういうことを経験したことがあるのさ」


 殺気の主がカラカラと足音を奏でながら店の中を歩く。


「それで? この国の人ではないようだけど、私からお金でも奪うのかい? 生憎今日は大赤字だ。いや今日もだわ」

「大丈夫。そういうことはしないから。衛兵に見られたら面倒だから両手は下げてほしいしこっちを向いてほしいな」


 ビアヘロはゆっくりと両手を下げて振り向いた。光属性を持つビアヘロは生存には長けているが、戦闘は苦手である。もし何かあれば逃げるつもりだ。


 振り向いたことによって殺気の主の姿を初めて見たビアヘロは苦笑いをした。

こんなに美しい少女が殺気をおくってきていたとは。


 ルリは一歩、また一歩とビアヘロに近づく。

その顔にはイタズラっ子のような笑み。


「お願いをしようと思ったの。取引とも言うわ」

「応じなかったら……」

「うーーん、あなたを陥れるのは申し訳ないから……大切なお友達あたりがいいかな?」

「それはお願いでも取引でもない。脅しだ」


「細かいことはいいじゃん」とルリは返した。

今一度言葉の重要性を教えたい気持ちを堪えたビアヘロはため息をつく。


「内容は?」

「それはね……」


現在


「それにしても何故彼らが不法入国だと知っていた?」

「まぁ、色々とね。あのままだと城下町に行けない未来が視えただけ。わたしの計画における難題の1つだったけど、こうも簡単に解決できるとは思わなかったよ」


 浮かぶ疑問は口にしない。訊いてはならないと本能が悟っている。


「君の仕事は終わりだ。分かっていると思うけど他言はダメよ」

「大丈夫。私もまだ死にたくはないさ」


 ルリは「じゃあね」と出会った時と同様、カラカラと奏でながら路地裏へ歩いて行く。


「ふぅ、特殊な仕事だったな……とにかく、アテナが無事に城に着くことを祈っておこう」


 ビアヘロは宿の入り口に向かって再び歩きだした。


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