第35話 再会

 センが恭しく奥の部屋の扉を開ける。


 中から現れたのは


「プレン様!?」


 グランディール帝国次期皇帝だった。穏やかな顔つきながらも、どこか頼もしさを感じさせる。

 プレンは喜びを隠さずにアテナを抱きしめた。


「アテナ……無事でよかった」

「心配かけてしまい申し訳ありませんでした」

「いい。君が無事ならそれでいい」


 精霊たちは静かに2人の世界を眺めていた。

センが咳払いをしたことによって感動の再会は一旦中断となった。


「再会できて何よりだけど、まずはキミたちの事情を聞かせてくれないかな」


 プレンとセンはアテナ以外の3名を見る。

センは先ほどまでとあまり変わらないようだが、プレンはまだ完全に信用してはおらず値踏みしているようであった。


初対面の人間を値踏みする目で観察するのは弟と同じらしい。


「これはこれは次期皇帝殿。お会いできて光栄だ。オレはアウラ、こっちはヴィアとロキ。オレたちはヴィアに頼まれてアテナ嬢を城から連れ出した。ほら、ヴィアから話して」


アウラが全てを話すと思い油断していたヴィアは一瞬驚いたが、すぐにいつもの強気な笑みを取り戻す。


「我は友であるアテナが目の前で拐われたから腕の立つこの2人とルーシェという娘に助力を頼んだのだ」

「私からも説明を」


 アテナが隠れ家でヴィアと出会ったこと、カルティエを支持する者たちによって拐われたこと、そしてヴィアたちが連れ出してくれたことを話した。


「我らは次期皇帝争いに手を貸すつもりはないからな。独自で動かせてもらった」

「……アテナを助けてくれたこと本当に感謝している。どう恩を返せばいいのか」

「そうだな。お前たちに頼みたいことがある」


 今度はロキがルーシェのことを話した。プレンはセンに目をやる。

「どういうことだ」と言いたげでもあった。

センは「知らないよ!」と大声をあげた。

シャガの者たちにはルーシェのことは伝わっていないらしい。


「ルーシェのことは必ず助ける。セン」

「分かってる。この後カルティエに訊いてみる」


 ルーシェについてプレンが約束してくれた後、センが話し始めた。


「そういえばカルティエに婚約者ができたことは聞いた? その婚約者についてだがシャガのリーダーであるボクにも詳しい情報が入っていない。知っているのは"ルシエル"という名前だけなんだけど……」


 そこまで話した後、なんと続きを言えばいいのか分からないといった表情をしているセンにアテナが「何か言いにくいことでも?」と問いかける。


「実はさ……カルティエ様から依頼されて、とある殺人事件について調べていたんだけど、被害者の名前がルシエルなんだ」

「それって」

「これはシャガの中でもボクしか知らないが、被害者のルシエルはカルティエの恋人だった」

「え!?」


 一番大きな声をあげたのはプレンだった。実弟の恋人の存在も死別したことも何も知らなかったからである。


「プレン様にも話していなかったことは謝るよ。凶器が衛兵などに支給される剣であることと、目撃情報から犯人がキミの関係者の可能性とカルティエの部下の両方の可能性があるものの、どちらかの特定はできていない段階だったから、独断で黙っていた」

「いや、君の選択はいつも信用に足るものだ。不満は……ないが……」


 まだ話を飲み込めていないようだ。アテナたちも同様である。

センは話を続けた。


「婚約者についてカルティエ様に訊いても有耶無耶にされる。恐らくだが別の人を婚約者にしてルシエルの名前を名乗らせているのだろう」

「どうしてそこまでして……」

「簡単さ。犯人へのメッセージだろ?」

「そう、復讐のためということだ」


 アウラはさらっと言った。センは頷く。


「さすがは風の精霊と同じ名を持つだけはあるね。聡明だ。いや、名を騙ってるとかではないよね?」

「それが本名なんだよ」


 センとアウラは同じような笑みを浮かべながら、同じことを考えているようだ。遅れてロキとプレンも気がついたようだ。

ヴィアとアテナだけは「つまり?」と首を傾げている。


「ボクの調査では特定できなかったというのにカルティエ様は犯人に目星がついているようだ。そして、そいつがプレン様の部下だということも」


 実際は"ルシエル"と婚約した後に真犯人が判明したのだが、仮に婚約者する前に真犯人が分かっていても、陥れて復讐するためにカルティエは同じ手段を選んだだろう。


「プレン様、心当たりは……」

「カルティエにルシエルという名の婚約者がいると城に伝わった際、1人の大臣だけ様子がおかしかった。明らかに焦っているような。まさか、いや、証拠もない、が」


 プレンは言葉を失った。弟の恋人の命を奪った者が自分の部下だということを知ってしまったからだ。

小説内で描かれていた腹黒さもある紳士像とは少し離れていた。


「私はどうすれば……」

「気に病むことはないとまでは言わない。だが少なくとも事が終わるまでは気を強く持て」


 カルティエが次期皇帝の座に手を伸ばす理由に少し触れることができた一同は、これからのことを話し合うことになった。


「我から提案がある。このままカルティエの策に合わせて動かないか」

「ヴィア、アンタはカルティエがどうするか読めているのかい?」

「いや? でも思い出してみろ。我らが牢から部屋に移されたときのことを」


 ヴィアの言う通りにアテナたちは思い起こす。

泣きわめくヴィアを見た時のカルティエの様子に幼い見た目のヴィアの食の好みの確認。やけに豪華だった食事、1日1回は許されていた茶会。


「そして、我らが城から逃げ出したあと1度も追っ手と遭遇していない。脱走者を探しているといった話もない。あやつにも人の心はある。我らに対しては比較的友好的な対応であった。アテナについても同様だ。結局のところ見逃しているではないか」

「俺たちのことはまだしも、アテナを逃がしていることは気になる。そもそもアテナを捕まえるつもりはなかった? ……カルティエにとってアテナの投獄は想定外ってことか」


「ロキくんの言う通りだろうねぇ」

皇帝のためだけに用意されたティーカップを眺めながら、センはロキの考えを肯定した。


「カルティエがシャガとの会談に来たときには拐うとか言ってなかったからね。恐らく暴走した支持者が拐って城まで連れてきたのだろう」


 センがカルティエから聞き出した内容は「支持する者がアテナを拐ってきたから一応預かる」ということだったらしい。


「不法入国を不問にしたことも、牢から出したことも反逆者がすることとは思えぬ。あやつはプレンに害をなしたいわけではない。恋人を殺した人間への復讐を誓いながらも、権力者を正すため皇帝の地位を求めた人間ではないかと、悪人ではないと我は思う」


 プレンに強い不満を抱いているわけではない。ただ、城に巣喰う悪を取り除いて世を良くしたいがために皇帝になろうとした結果、兄と対立することになった1人の人間。

しかし同時に恋人の仇を討とうとする復讐者でもある。


 プレンは決意した様子で立ち上がった。


「ヴィアの言う通り、カルティエの策に乗ろう。法の範囲内でなら私も犯人を裁く。だが、カルティエが皇帝になることについては認めない。彼が務めではなく復讐として犯人を裁くのならば兄として地位を渡すわけにはいかない」


 皇帝として悪を裁くのではなく、1人の人間の復讐として犯人を陥れるつもりならば皇帝の座はふさわしくない。プレンはそう語った。


 そして、アテナの方を向く。


「どうか私と共に戦ってくれないか」

「もちろん。あなたのこともカルティエ様のことも私は助けたいわ」


「素晴らしい。さぁ、そこの3人はどうする?」

「言っただろう。我らは次期皇帝争いに手は貸さぬ」


「そうだよね」とアテナは少し寂しそうに笑った。アウラが少し目を泳がせ、棒読みになる。


「あー、でもルーシェちゃんを助けるために必要なことなら仕方ないヨネーー」

「そ、そうだな! きっとあの方もルーシェのためならばと目を瞑ってくれるなぁ!」

「俺はあいつを助けられたらいい……分かった! お前らそんな顔するな!」


「うんうん、心強いです」

とアテナは微笑む。

すべて彼女の読み通り……とまではいかないだろうが予想はしていたようだ。


「それにしても、センは何故プレンに味方しているのだ? シャガのリーダーなのだろう?」

「当然の疑問だね。訊くのが遅かったくらいだ。これはプレンから話してもらおう」

「センはグランディール家に反意を持つ者たちが徒党を組むようになってからスパイとして潜入してもらっていた」


 アテナは「えぇ!?」と驚く。アテナとセンは今日が初対面であるからだ。

つまり、アテナと婚約する前から潜入させていたということだ。


 厳密に云うと、カルティエがヘルフェンの者たちと付き合いを始める前、『シャガ』が貧困に苦しむ者や孤児の支援をするための組織から、グランディール家を滅ぼすために動く組織に変わった直後からである。


「ただ一員として動向を教えてくれたらいいと言っていたんだがな」

「なんか皆がボクをリーダーにって言うからねぇ。カルティエについては交流を持ったことも報告はしていたけど目的が不明だったからプレンは見逃すことにしていた」

「シャガを監視するためかと思えばまさか本当に皇帝の座を奪いに来ると思わなかったがな…」


 先ほどセンが眺めていたティーカップを、今度はプレンが手に取る。

気持ちを落ち着けるように紅茶を一口飲んだ。


「彼らの思想はとても危険なものだ。最初は貧しき者を助ける活動をしていたが、どこからか道を間違えてしまった………合理性なんてものは全くない。彼らはカルティエのことも切り捨てる気だ。この国だけでなく、すべての国を支配するという叶うことのない野望を持っているからね。ボクが抑えておいたってわけ」


 センは何年間もリーダーとして振る舞っていた。そして、その成果はもうすぐ発揮されようとしている。

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