第37話 気合いで乗りきろう

「ルーシェ様、城の前に馬車が控えております。カルティエ様と共に……」

「うん、分かった。私としてはミシェルが横にいてくれると嬉しいのだけど」

「はぇ!?……いえ! 本日は騎士が護衛として行きますが、私たち使用人は城で待機ですので……」


 ついていきたい……でも我慢!といった気持ちがやや隠しきれていない。

少し寂しいが留守は彼女らに任せよう。


 馬車が待機している場所に行くと、すでにカルティエ様がいた。どうやら私待ちだったようだ。


「お待たせいたしました」

「あぁ。行くぞ」


 カルティエ様の手を借りながら馬車に乗る。


 少し後に馬車が動き出した。


「それにしても……」

「はい」

「顔を隠すと更にルシエルのようだ」


 使用人たちからも言われたが、どうやら髪色が同じらしい。カルティエ様が私にルシエル様を演じさせていることにも頷ける。


「このベールですが、怪しまれませんか?」

「怪しまれるだろうな」

「えぇ……」

「堂々としていろ。どうせお前に話しかける人間なぞそうそういないからな」


 突然現れた婚約者に興味はあるだろうが、直接話しかけるチャレンジャーはあまりいないだろう。

堂々としておけば意外と怪しまれないかも?


「なにかあったらフォローしてくださいね」

「……期待はするな」


 その後も雑談を続けていたが、御者の「そろそろですよ」という声によって終了してしまった。


 私たちは馬車だから半日でグランディール城に着くが、ロキたちならきっと隠れながら徒歩で行っただろうからすごく時間が掛かったはずだ。


「身だしなみよし。ベールよし。根性よし」

「最後のいるか?」

「重要です。結局は根性と気合いですから」


 馬車から城下町を見た私は言葉を失った。

 エルフィン王国の城下町とは比べられないくらいに人がいないのだ。少しだけ商人らしき人たちが歩いているだけ。


「混乱によって治安が良くないとは聞いていましたが……」

「精霊に見捨てられると云われるわけだ」


 精霊に見捨てられる。知っているようで知らない。そんな不思議な感覚に襲われた。


「知っているか。精霊は人間同士が争い合うのを嫌うという話がある。そんな国は見捨てられるとな。私はきっと精霊に1番嫌われる人間だ」


 何も言えなかった。私の知る精霊たちは嫌うというよりも、悲しむ気がする。

 精霊に見捨てられたらどうなるのだろうか。

問う前にカルティエ様は言った。

「見捨てられたら国民が祝福されることはないだろうな」と。


「どこで知ったのですか」

「昔、ある女に言われた。どうやら精霊について研究しているとか言っていたな」


 カルティエ様はその後は何も言わずに城下町を眺めていた。


「これが私の行いの結果か」

「……」

「分かっている。責任をとらねば」


 きっと小説でのカルティエ様も同じように考えて処刑を受け入れたのだろうか。


 私は無力だ。賢くはないし特別才能に秀でているわけでもない。ただ彼の恋人に似ているだけ。


 彼が処刑されないように、と思っているが結局私はカルティエ様の助けになっているのだろうか。


 城の前に大勢の騎士や兵たちがいることに気がついたカルティエ様は笑った。

この笑い方は嬉しいという感情ではなく、彼の気持ちが昂ることを表している。

そういうことが分かるくらいには彼のことを私は知ったのだ。


「ハハッ。丁重なお迎えだ」

「ここからが勝負本番ですね」


 ベールをしているといえども、考えを、感情を、悟られてはならない。


 無表情を意識しながらゆっくりとカルティエ様と共に歩く。


 騎士たちは緊張した面持ちで出迎えてきた。


 案内されるがまま謁見のための部屋に入る。


 玉座に座っているのはプレン様。その横にはアテナ様も座っている。よかった。無事に辿り着いたのね。


 壁側にはロキとアウラさんとヴィアちゃん。

まだ私の正体には気がついていないようだ。


「"久しぶり"で合っているか」

「そうだな。君が城を出てからは一度も合っていなかったからな……そちらの女性は」

「聞いているだろ。婚約者のルシエルだ」


 あれ? プレン様の様子がおかしい。なんとなくだが、一瞬だけ表情が和らいだ。

私のことを心配しているかのようにも思える。


「投降するつもりか?」

「いや、私にはやるべきことがある」


 カルティエ様が私に目配せをする。

プレン様の横にいる大臣たちを見ると、明らかに私を見て青ざめている人がいる。

事前に聞いた情報と一致する。彼こそがインサニア大臣だ。


 私は無言でインサニア大臣に歩み寄る。

騎士たちが止めに入ろうとしたが、プレン様が制止した。私1人取るに足らないと思っているのか。はたまた目論みに気づいているのか。


 インサニア大臣は「ヒィ! 来ないでくれ!」と叫ぶ。さすがに騎士たちも怪訝な顔をで大臣を見始めた。プレン様やアテナ様たちは表情を変えない。

私はただの婚約者だというのに反応が過剰すぎるのだ。


「あらぁ? 私はインサニア大臣にご挨拶をと思ったのですけど……そのような態度をとられると悲しいですわ」


 ルシエル様に会ったことはないから、彼女の言動を再現することはできない。

でも、大臣は直接ルシエル様に会ったことはないはずだ。


 思い出せ。悪役令嬢ルーシェの振る舞いを。

 私は復讐に来たのだと思わせるのだ。

 


 さぁ、とびっきりの悪役になろう。

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