第29話 あなたの寝顔はSSR

 眠ったらロキたちに会えるかもしれない。

だというのに、今日という日に限って眠れなかった。ロンから聞いた話のことで頭がいっぱいになったからだ。


 そうだ。カルティエ様の部屋に行こう。

ルシエル様のことを直接訊いちゃおう。

というかすっごく彼に言いたいことがある。これを言わなければ眠れない。


 廊下に出るとちょうどカルティエ様が自室に入りかけていた。


「ちょっとお話しませんか?いやしましょう」と問答無用で彼の部屋に押し入る。


「夜分に男と2人きりになるとは、褒められたことではないな」

「あなたはそういうことはしないでしょう?」


 躊躇うことはなく、部屋に置かれているソファーに座る。ため息をつきながらカルティエ様も正面のソファーに座った。


「話とはなんだ」

「率直に申し上げます。大切な名前を他人に名乗らせるのは感心できませんので、ルシエル様の名はお返しいたします。今から私はただのルーシェです」

「誰かに訊いたのか」

「偶然知りました」


 本当のことは言わず、話を続ける。

これは優しき騎士ロンのためでもあるのだ。


「教えてください。どうして私にルシエル様の名を名乗らせたのか。そして、あなたが何をしたいのかを」

「……ルシエルは殺された」


 聞いていた通り、ルシエル様は何者かに殺されたようだ。


「犯人は?」


 カルティエ様は鋭い眼光で「私に恨みがある人間だと推測している」と教えてくれた。目の前にいる彼からは犯人への憎悪を感じた。


「あの頃の私は皇帝の地位に興味はなかった。父上に結婚を反対された時は、グランディールの名を捨ててルシエルと生きようと覚悟もしていたがな」


 カルティエ様は幾つかの資料を見せてくれた。それは1年かけてルシエル様が殺されたことについての情報をまとめたものだった。


『ルシエルが殺された日は、大雨で町を出歩くものはほとんどいなかった。ルシエルが働く酒屋の近くに住む者が慌てた様子で走り去る男性と思わしき人物を目撃した。手には剣を握っていたとも話している。他に目撃情報は得られていない』


 別の資料に目を通す。どうやら死因についてのようだ。


『死因は大量出血。検証の結果、一般家庭にある料理包丁やナイフではなく、兵士や騎士が持つ剣が凶器として使われた可能性がある』


 目撃情報にもあった通り、犯人は兵や騎士かもしれない。これはとても重要な情報だが、犯人は自分の身分を隠す気はなかったのかは疑問に思う。


 最後にルシエル様についての情報が書かれた書類を読んだ。


『ルシエルは成人する年に母親を亡くした後、酒屋で働き生計を立てていた。器量がよく、いつも笑顔を絶やさないルシエルは瞬く間に酒屋の看板娘となった。"この酒屋において身分は関係ない"などのルールを定めることを店主に提案したことによって、思想や身分を気にせずに食事を楽しめる人気店にすることに成功している』


『カルティエとの交際は彼の信頼する部下と酒屋の店主にしか話されていなかったため、どこから2人の関係を知ったかは不明』


 すべての書類を読み終えた。ルシエル様って……


「すっっごくいい人じゃないですか……どうしてルシエル様みたいな善人が殺されないといけないのでしょう……」

「私もそのようなことを何度も考えた。書類にも書かれているように、剣を持っていたことから兵や騎士が殺したと思われる。そして、ここ数年は兵たちの入れ替えはほとんどなかった。犯人は今も兄上の部下として城にいる可能性が高い」


「私はお前にルシエルと名乗らせ婚約者にすることで、その部下を炙り出そうとした。ルシエルという名の婚約者ができたことを知った犯人はさぞ混乱するだろうと思ったのだ」


 カルティエ様はルシエル様のことを信頼できる部下たちにしか話していない。なので、ルシエル様のことを知らないプレン様たちは"婚約者が現れた"ということに驚くだろう。


 しかし、殺した犯人だけは違う。犯人だけは"ルシエルが婚約者になった"ということに驚くはずだ。

自らの手で殺したはずのルシエル様が甦った。または生きていた。焦るだろう。自らの罪が暴かれるかもしれないから。


「自分が殺したことをバラされると焦った犯人は私のことを調べ始めたり、最悪の場合もう一度殺そうと動くと踏んだのですね」

「そうだ。お前は巻き込んでしまったことはすまないと思っている」

「ここでの食事代ということにしておきます。ですが」


 これは話すか迷った。彼は怒るかもしれない。けれど、考慮しておくべきことだ。


「私は、犯人がプレン様の部下だと決めるのはまだ早いと思います」

「……」

「カルティエ様とルシエル様の関係を知っているのは、あなたが信頼している部下と酒屋の店主だけ。凶器からして店主ではないでしょう。もちろん、プレン様の部下がどこからか話を聞いた可能性もありますが、犯人はあなたの部下かもしれませんよね?」


 カルティエ様は何か考え始めたようだ。そしてため息をつく。


「兄上の部下のことばかり調べ続けていたが調査はほとんど進んでいないうえ、お前にそう言われてしまったからにはやはり疑わなければならないな。私の部下が殺したと……」

「カルティエ様本人ではなくルシエル様を狙っているあたり本当に性格が悪いですけどね」

「調査した結果を部下たちに話していなくて正解だった」


 自分の部下だという可能性を頭のどこかで気づいてはいたが、認めたくないと目をそらしていたようだ。

調査の結果を話していないことは正解だろう。


 ん?なにか違和感がする……


「しかし、この凶器については公にされていませんよね?」

「恐らく誰かが揉み消している。そのことから兄上の部下かと……いや、内通者がいるかもしれないな」

「単独犯ではなく内通者がいるのならルシエル様のことがバレていたことも辻褄が合います。カルティエ様の部下が内通者になってプレン様の部下にルシエル様の存在を教えていたら……」


 そうなるとプレン様の部下は中々に偉い立場の人間かもしれない。揉み消していることから考えると、事件の捜査をする衛兵たちのトップが怪しく感じる。


「1人心当たりがある。兄上に異常なくらいに畏敬の念を抱き、私を毛嫌いしていた大臣がいた。何かと私の揚げ足をとろうとしていたな。そのうえ彼は衛兵たちや国で起きた事件の責任者も担当していた。こういった話を揉み消せるのは彼しかいない」


 決めつけはよくないが、ここまで条件が合う人なんてそうそう現れないだろう。仮に指示をしたのは大臣だとして、肝心の実行犯は誰だろう。


 カルティエ様が自分の部下が犯人かもしれないという状況に向き合い始めたおかげで、1年の遅れはどうにか取り返せそうではある。


 聡明な彼であれば本来、内通者の可能性に気がつくことに1年もかからないはずだが、優しさゆえに内通者がいることを認めたくない、そしてルシエル様を喪ったショックが大きかったのだろう。


 この調子で犯人を見つけたらすべて解決……


 いや、ちがう。今は次期皇帝争いの最中だ。


 アテナ様がプレン様と再会したらカルティエ様が登場する物語は終わってしまう。

それはカルティエ様の死を意味しているのだ。もちろん本人は知らないことだが、覚悟はしているだろう。


 残された時間は少ない。


「大臣にルシエル様のことを教えて殺人を実行した犯人……兵、騎士……」


 2人で城にいる部下たちの情報を整理した。が、特に怪しい人物は見つからず朝になってしまっていた。


「カルティエ様……窓から見えるあれは朝日ですよね? 日付変わってる……」

「……今日は会談の予定を入れてなくて助かった」


 2人でソファーにうつ伏せになる。


 あのカルティエ・グランディールがシャツをくたくたにしてソファーに転んでいる姿は、とてもSSRな光景だろう。

このまま寝落ちしてしまいそうである。だが、彼の名誉のためにもまだ寝かせてはならない。メイドたちが来るまでにいつものカルティエ様に戻ってもらわなければ。


「起きてます?」と声をかけると「なんとかな」と返ってきた。そのまま会話を続ける。


「ずっと気になっていましたが、なぜアテナ様を拐ってきたのですか?」

「私を支持する国民が暴走した結果だ。該当者たちは先日兄上に捕まったらしい。シャガの者や支持者たちには話しておいたから、もうアテナたちが追われることはないだろう」


 カルティエ様の性格を知ったあとだと、アテナ様を拐った理由が分からなかったが……支持者の暴走だったとは。彼はその責任も負う決意をしているらしい。


 窓の外から声が聞こえた。兵士や騎士たちが訓練をしているようだ。ロンがリーダーとして兵士たちに指示をしている。


 最初はなんとなく眺めていた。けれど私はあることに気がついてしまった。


「……私、犯人が分かったかもしれません」

「なんだと?」


 私が気がついたことをカルティエ様に話した。彼も気がついたらしい。私が抱いた違和感の正体に。


「その話からして犯人はヤツだろうが、他に証拠が必要だな」

「どうしますか?」

「そうだな……」

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