第28話 ルシエル
私はルシエル。そう、カルティエ様の婚約者ルシエルだ。
「協力者に会ってくる」とカルティエ様は城から出ていってしまった。どうやらシャガの人たちに会いに行ったらしい。
なんだかんだ言って一番話しやすい人がいなくなってしまい、孤独感が強くなってきた。
メイドたちとも距離感を感じる。あぁ、クレアたちに会いたいわ……
午前は部屋に籠りっきりだったので、午後は庭で花を眺めた。メイドたちからの監視はない。カルティエ様が気を利かせてくれたのだろう。
「きれい……」
いや、ぼーっと眺めている時間はない。これからどうするべきか考えなければ。
城からの脱出はまだしない。ルリが納得しないだろうからだ。
1週間後には無理矢理にでもここをでると宣言はしたが、ルリが妨害してくる可能性も考えておこう。
そして、私は皆が助けに来てくれると信じている。
最も重大なのはカルティエ様の処刑を回避させることだ。正義感とかではなく、これはただの自己満足である。
私がプレン様の説得を……できるかなぁ。難しいよなぁ。
プレン様は小説では穏やかで紳士的でありながら、どうにも腹黒さを感じた。直属の部下が「頭が切れ、冷酷だと思ったことがある」と言うエピソードもあるのだ。弁舌では彼に勝てないだろう。
そうなれば、カルティエ様が何故シャガの人たちと交流を始めたのか。そして、優しい彼が兄に宣戦布告した本当の理由を解明するしかない。きっとそこに状況を打開するヒントがあるはずだ。
ルリの正体を調べたくもあるが、これはロキたちと再会してからにしよう。不本意だが今は望み通りに動かなければ。クロノス様についても解決していないというのに、また課題が増えてしまったな……
足音がする。メイドか兵かはたまた騎士か。
「あんたがルシエル様だよね?」
私に声をかけてきたのは若い男性だった。格好からして騎士と思われる。
「あなたは……」
「僕はロン。カルティエ様直属の騎士だ」
ロン?どこかで聞いたことがあるな。
ロンという名の騎士って……
「あ! あなた……」
「ん?」
そうだ、彼こそが小説内でアテナ様を逃がした騎士だ。
これはチャンスでは!?
彼からカルティエ様について聞き出せるかもしれない。
「なぁなぁ、あんたってエルフィン王国から来たんだろ? 僕はこの国から出たことがないんだ。よかったら王国について聞かせてよ!」
小説でもこうやってアテナ様から話を聞いて、最後には同情していたなぁ。
「分かった。話すわよ」と言って、王国での生活について話した。学園でのことなど他愛もないことだったが、ロンは目を輝かせていた。
「あんたの話はおもしろいな! 話してくれてありがとう!」
「じゃあ、代価として私の質問に答えて」
「もちろん! あ、ここから逃げる方法とかはなしだぞ」
「はいはい。私が聞きたいのは"ルシエル"という名前についてよ」
ロンが固まった。どうやらこの名前には秘密があるようだ。
「その様子だと、実在の人物の名前だったりするのかしら」
「いいか、僕が話したということは誰にも言うなよ。ルシエル様は……カルティエ様の恋人の名前だ」
「恋人?」
カルティエ様に恋人がいたとは。
だが、実在する人の名前を私に名乗らせているということは……
「ルシエル様って……」
「あぁ、1年前に亡くなったよ。彼女のことを知っているのはこの城にいる人たちだけだ。プレン様や国民たちは知らないよ。本当に信頼できる人にしか話していないそうだぜ」
ロンから教えてもらった話だと、カルティエ様は城下町の酒屋で働くルシエル様と恋に落ちたらしい。城を抜け出し、酒屋に通い続けたようだ。
彼はルシエル様を深く愛していた。ルシエル様もカルティエ様を大切に思っていた。
だけど、彼女は急死した。原因は不明だったらしい。
その件があってからカルティエ様はシャガの人たちと交流を始めた。
「カルティエ様もグランディール家の一員ではあるけれど、どうやらプレンに不満があるという共通点で意気投合したらしい。そして、彼女が亡くなった原因を一緒に調べているんだってさ。最近分かったらしいけど、殺されたようだよ」
「殺された……」
「あれからだったな。あの方が笑わなくなったの。グランディール城でカルティエ様に仕えていた人のほとんどがこの城までついてきたよ。僕もその1人ってわけ。……なんだか放っておけなくてさ」
先代の皇帝が亡くなり、プレン様が皇帝になると発表される直前にカルティエ様が「自分こそが皇帝なるべき人間だ」と宣言したそうだ。
「これで満足か? 頼むから僕が話したことは秘密にしろよ!」
「えぇ、もちろんよ。教えてくれてありがとう」
交代の時間だということでロンは庭を去った。
彼も本当は地位の高い家の次男だ。だから兵ではなく騎士の称号を持つ。プレン様を支持する親を裏切ってまでこの城に来たのだ。カルティエ様は本当に慕われているのだと思う。もちろんプレン様も人格者として慕われている。
プレン様もカルティエ様も悪人ではない。だというのに2人は対立し、兄が弟を処刑するという結末を迎えてしまうのだ。今の私にとっては物語ではなく、現実なのだ。できればそのような状況は避けたい。
夜になってからカルティエ様は城に戻ってきた。使用人たちが恭しく出迎えをする。
「お前までいるのか」
「一応婚約者なので」
夕食も共に食べたが、私たちの間に会話はなく、とても気まずかった。
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