第27話 明けの明星
逃亡者たちはなんとか追手を巻くことに成功したが、辿り着いた先はソレイユ城から南西にある小さな村だった。山と畑に囲まれた自然豊かな村のようだ。
村の人たちは彼らを一目見るなり「森で迷ったのかい?」と聞いた。彼らが「エルフィン王国との国境の森で迷った」と話すと、それ以上は何も訊かず温かいお茶を渡してきた。
そして、軽食と旅の者が泊まるための小屋も提供した。小屋は木で作られており、小さいが夜を越すには十分なものであった。
小屋に入り、村人たちが家に帰ったのを確認した一行は、人数分用意されていた椅子に座り込んだ。
「なんとか逃げきれたね」
「はい、まさか私も連れて逃げるとは思いませんでしたわ……」
アテナからすれば、茶会が始まると思いきや逃亡劇が始まったのだ。驚くのも無理はなかった。
ヴィアは「貴様を置いていくわけないだろ!」と力強く言ったが、直後には「ルーシェ……」と大切なものを取り上げられた子供のようになっていた。
ルーシェの逃亡がルリに妨害されていたことをこの場にいる者たちは知らない。部屋に入ってきた兵たちに捕まったという認識のようだ。
「大丈夫。カルティエはルーシェちゃんのことを殺したり痛い目に合わせるようなことはしないと思うぜ……だからといってのんびりしているわけにもいかないけどね」
「エルフィン王国に逃げる予定だったのに、南西の村に着くとは……やはりあの分かれ道で間違えたかの」
「ルーシェちゃんが残っている今、危険をおかして国境を越えるよりもプレン様のいる城に向かう方が良さそうですね。距離もそちらの方が近いですし」
アウラはロキの様子を窺う。普段以上に考えていることを読み取ることが難しかったが、長年の友人である彼には想像がついていた。
「皆が寝ている間に抜け出して1人で助けに行くなんてやめなよ? 禁止されていて本気を出せない状態なんだから1人で行くのはリスクがあるぜ」
「……俺はそんなに分かりやすかったか?」
「うん」
「そうか……お前のことだから夜通し俺のことを監視してきそうだしな。ちゃんと大人しくするさ」
アウラは「成長したなぁ」とロキの背中を叩いた。ロキの推測通り、夜通し監視するつもりだったのだろう。アテナに聞かれないように小声で会話する。
「ルーシェの夢に入り込みたいたいところだが、村人たちも信用できるかまだ分からない。何かあったときすぐに動けないのは困るな……」
「とりあえずオレが外を見張っておくぜ。それに、ヴィアもいるんだから安心しろ」
ロキは目を閉じて意識をルーシェの夢の中に移す……が、なぜかうまくいかない。それが焦りを呼び更に夢に移るのが困難になったようだ。
「どうしたんだ? 夢に入れなかったのか?」
「あぁ。こういうときは大体相手が精神的疲労やストレスを感じている時だな。もちろんあいつは気がついていないだろうが……いつもより夢への介入を拒む力が強いようだ」
1番安全で楽な連絡手段が封じられてしまった。彼らに今できることは1つ。
「……寝ようぜ!」
ロキとアウラが交代で見張りをしながら眠ることになった。雑魚寝というものに慣れていなかったアテナだが、ヴィアの子供体温のおかげもあってかぐっすりと眠っているようだ。
「アウラ、交代だ」
「りょーかーい」
そう言いつつもアウラは動こうとしなかった。ロキもこれ以上は促すことなくアウラの隣に座る。
2人は黙っていた。彼らにとっては沈黙も心地よいものだった。静かに夜空を見上げる。
「なぁ、この状況で訊くことじゃないけどさ」
「なんだ」
「アンタは……どこを目指しているんだ?」
「どこ、とはなんだ」
ロキには質問の意図を探った。アウラが知りたいのは逃亡の行く末というわけではないようだ。
大精霊の未来予知にあったルーシェの殺害を防いだら。クロノスの祝福を阻止して諦めさせられたら。運命の精霊は大精霊に課された使命を終えたら何処へ進むのか。風の精霊は彼の真意を確かめようとしていた。
「ロキ、アンタはどうしたい? 気が早いけどさ、今ある問題が解決したらあの子たちと別れるのか。今まで通り1人で森に籠る生活を続けるのかを考えておくべきだってオレは思うぜ」
「……俺は今の生活が好きだ。あいつらと毎日学校に行って人間のフリをして過ごす。途中で正体がバレない限りは通い続けたい。卒業後は……まだ考えていない」
人間の中で唯一心を許した初代国王フラムの死。それは精霊になったばかりのロキには大きな傷となった。以降、彼は森に籠り、祝祭の時以外は絶対に人間と関わることはなかった。
そんな彼が人間と関わり生徒として授業を受けるのはアウラたち精霊にとって奇妙な光景であっただろう。
アウラはロキが「今の生活が好き」と言ったことに安堵していた。
ウルで見かけた時から大丈夫だと感じていても、はっきりと本人の口から聞いてみたかったのだろう。
「そっか。アンタが学生として過ごすことが好きだと思っているならよかった。ルーシェちゃんのおかげかな?」
「喋る鳥を助けるようなお人好しのあいつが気になったんだ。初めて鍵に抗おうとした人間でもあったからな。フラムがいなくなってから俺は……ああいう人間を探していたのかもしれない」
力強く、己の選んだ道を歩み続ける人間が再び現れた。その眩しさに精霊たちは惹かれた。
「フラムは悪竜が滅びゆく運命に抗った。ルーシェちゃんは鍵が導いた相手との結婚の運命に抗った。確かに彼らは似た者同士かもしれないな」
アウラは1人で考え始めた。そして突然「うん、そうだ!」とアウラは笑いはじめた。
「変なものでも食べたのか?」とロキは心配する。
「オレ分かっちゃった! アンタはルーシェちゃんのことを気に入っているんだな!」
「は?」
「クロノスに対して怒ったのは、真面目な精霊としての気持ちだけではなくって、ロキ自身がルーシェちゃんのことを大切に思っているからこその怒りだったんだねってこと! うん、アウラくん天才」
「は??」
ロキはわけが分からないという顔をしていた。アウラは笑う。彼は友でもあり弟のようでもある存在の成長を喜んでいた。
「フラムとの別れによる悲しみは大きかった。それによってアンタが森に籠ったことも分かる。でもな、どう足掻いてもオレたちはこれからも出会いの喜びと別れの悲しみを何度も味わうことになる。だから……後悔しないように、今を大切にしないといけないんだぜ」
少しずつ、夜が終わろうとしていた。村の人々が起きる気配はない。
「アンタが望むなら学生生活を続けるといいさ。卒業後は旅をしてたくさんの人間に会ってもいいし、王国に残って働いてみるのもおもしろいかもしれない。どんな道を選んでもオレは味方だ。あ、そうそう! 恋バナ、いつでも聞くからな。お店に来る女の子たちがよく恋愛相談してくるから慣れてるんだぜ!」
「おい、なにか誤解がある気がする」
アウラは「何も誤解なんてないさ。アンタ無自覚なのか? すごい分かりやすいぜ」と穏やかに微笑む。
「よし、ロキは頑張って起きていたんだから寝ろ! そろそろアウラくんに交代する時間だぜ!」
「いや、お前寝てないだろ」
ロキが交代だと言ったのは、話している間も有効であったようだ。
話している時間もアウラにとっては「ロキの仕事の時間」だった。
ロキの仕事の時間が終わったのならば、自らに代わるのが必然だと考えている。アウラはそういう精霊なのだ。
「オレには1人の人間を大切に思い続けることはできないから、アンタのことはすごいと思うよ」
反論させぬと言わんばかりにロキを小屋の中に押し込んだ。
「夜明けが好きなんだ。アウラくんにこの瞬間を独り占めさせてくれ」
「……あぁ、日が昇ったら声をかけろ」
風の精霊は独り夜明けを待ち続ける。
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