第24話 モテる精霊は大変だ

 ヴィアちゃんの個性的な寝相によって叩き起こされた。彼女の可愛らしい手が私の頬をペチペチと叩いている。

 優しくその手をどけてベッドから起き上がり、昨夜メイドから渡されていた服に着替える。

使用人ということにしていたからか、ヴィアちゃんに用意されたものよりも地味な服だ。こっちの方が落ち着くので助かるが。


「ヴィアちゃん。そろそろ起きよう」

「あと30分くれ」


 かなり贅沢な要求だ。カーテンを開けて日光を浴びせる。「眩しいぞ!」とのろのろと起き上がった。


「おはようヴィアちゃん。今日は快晴よ」

「あぁ、朝からこんな日射しだからな。嫌でも分かるぞ」


 ちょうどヴィアちゃんが着替え終わったタイミングで、使用人が朝食を運んできたので2人で美味しくいただいた。

 焼きたてのパンに温かいスープ。ふわふわのオムレツに新鮮なサラダ。ちゃんとしたご飯を用意するとは聞いていたが、ちゃんとしすぎではないか?

うちのシェフに匹敵する美味しさだった。



 基本的にアテナ様とのお茶会タイム以外は監視がないようだ。私たちが善良な一般人であり続けるのであればの話だろうが。


「さて、作戦会議だ。……我らは脱出できるのだろうか?」

「恐らく次期皇帝争いに決着がつくまでは難しいわね。春休みが終わるまでにはなんとか脱出したいけれど……1番の問題はアテナ様。彼女は私たちとは違い、部屋に見張りのメイドが最低1人はいるみたい。カルティエ様はアテナ様をここから出すつもりは毛頭ないようね」


 牢屋から普通の部屋への移動は小説の展開とは異なる。このままだと彼女に同情して逃がしてあげる騎士も現れないかもしれないのだ。他の脱出方法を考えなければならない。


「寝ているときも監視はあるのだろうか」

「アテナ様は反抗の意思をはっきり示されているから、監視されているかもしれないわ」


 脱出どころか監視なしでの会話も難しい。少しでも怪しい素振りを見せたら私たちも四六時中見張られるだろう。


「脱出なんて夢のまた夢だな」

「そうね……ん?夢?」


 アテナ様ってエルフィン王国の王族だよね?つまり……


「ねぇヴィアちゃん。アテナ様もロキから鍵をもらっているの?」

「そうだ。あやつはエルフィン王国の王女だからな。それがどうかしたのか?」

「実は……」


 ロキは鍵が見えた人間の夢の中に入ることができる。そのことを思い出したのだ。

もしかしたらアテナ様の夢の中に入れるかもしれない。


 ヴィアちゃんに説明すると「なるほど! ロキがアテナの夢の中に入ることができたら、監視なしで話せるのか!」と喜んでいた。だが、すぐに深刻な表情を浮かべる。


「どうしたの?」

「とても良い案だが、我らの正体がバレてしまう。言ってはならないというルールはないが、きっと大精霊に叱られるだろうし、アテナはきっと混乱してしまうに違いない……」

「ヴィアちゃん……」


 この案は難しいようだ。落ち込みかけたが「ルーシェの夢の中で我ら精霊が集まって話すことはできるのだ。一歩前進だな!」とヴィアちゃんが励ましてくれた。


「どうにかロキたちに夢の中に入るよう伝えなければならぬな。よし、我に任せろ! メイドたちからの注目はすべて引き受けるからその間にアウラに伝えるのだ!」


 そう言ったヴィアちゃんは勝手にドアを開けた。メイドたちが「どうかしましたか」と駆けつける。私たちは無断で部屋を出ることを禁じられているからか、メイドたちは冷たい視線を浴びせてきた。


「お兄様に会いたいよぉ」

「え? お兄様?」


 ヴィアちゃんのだだっ子モード・バージョン2だ!さすがに通じない気がする。

 だが、半泣きのうるうるな瞳に見つめられたせいか、メイドたちの氷のような視線が少しずつ温かい眼差しに変わっていった。効果はバツグンだったようだ。


「私たちがいるときだけです……カルティエ様には内緒ですよ」

「わぁい! お姉ちゃんたち大好き!」


 メイドたちはノックアウトされたようだ。

ヴィアちゃんの甘えたがりお嬢様モードが板についてきたな。

さっき「酒を飲みたいのだが、この見た目だと中々買えなくてな……」なんて言っていたとは思えない。



「お兄様と一緒にいられて嬉しいですわ!」

「俺もだ妹よ」


 妹のことを名前ではなく「妹」と呼ぶ兄は世界に何人いるのだろう。私はそんなに多くはないと思う。

 

 使用人のふりのため、私とアウラさんは少し離れた場所で並んで立っていた。アウラさんはずっと笑いたい気持ちを押さえ込んでいるようだ。


 私が話しかける前に、アウラさんがメイドたちには聞こえないように小声で話しかけてきた。


「もしかして、何か伝えたいことでもあるんじゃない?今のうちにオレに教えてよ」

「今日の夜、ロキとヴィアちゃんとで私の夢の中に入ってきてほしいの」

「そういえばロキって謎の能力があったね。分かった。けど……どうしてルーシェちゃんがそのことを知っているの?もしかしてロキは……」


 アウラさんが謎の妄想を繰り広げている間にもロキとヴィアちゃんは仲良し兄弟を演じている。その様子を見たメイドたちは癒やされているようだ。


「夢の中では人生相談しかしていないわよ」

「あ、うん、そうですか。とりあえずロキに伝えておくぜ」

「ありがとう」


 ん?ロキたちから視線を感じる。


「助けろってことだね。どうするルーシェちゃん。おもしろいからこのままにしてもいいと、アウラくんは思うぜ」

「確かにおもしろそうだけど、ボロが出たらこれまでの行動の意味がなくなるわ。アウラさん頑張って」


 アウラさんは使用人モードに切り替えてメイドたちに近づく。

アウラさんはイケメンなので、メイドたちは見惚れているようだ。いつもはヘラヘラ笑顔だけど、使用人モードだと柔らかく紳士的な笑顔になる。胡散臭さがほどよく消えていた。


「そろそろアテナ様とのお茶会をさせていただきたいのですが」

「も、もちろんです!」


 メイドたちは「私が案内するわ」と視線で戦っている。勝者はメイドたちのリーダー的存在の人のようだ。

 

 アテナ様の部屋への移動中、メイドさんがアウラさんに話しかけている。


「お名前が風の精霊様と同じですが……アウラさんは……」

「……親がアウラ様の熱狂的なファンなんです。不敬だと猛反対されたにも関わらず、この名前になってしまいました。おかげで恋人もできないんですよ」

「えぇ!?もったいないです。私ならそんなこと気にしないのに……」


 理由が雑すぎないか。メイドたちが信じてくれたのは助かったが、新たな争いが始まりかけている。

「抜け駆けはなしよ!」とメイド同士の空気が険悪になり始めた。ヴィアちゃんが「ケンカするの?」と涙目になったことによってなんとか収まったようだ。


 アウラさんったら罪な方……そして、ヴィアちゃんはいつもこうやってフォローしているのね。


 もちろん、ロキもメイドたちに人気である。

話しかけられるのが嫌なのか、移動中の彼は私の横を離れない。あまりにも私にベッタリだからか「貴族の息子と使用人の女の子。もしかして、禁断の……!?」とメイドたちが噂をしている。断じて違うが否定することも面倒なのでこのままでいいか。

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