第23話 お泊まり会

「なあロキ……」

「言うな見るな」


 2人の眼前に広がるのはダブルベッド。大きさだけでいえば可能である。何がとは言うまでもない。睡眠のことである。

だが、意地とプライドが男たちを寝かさなかった。


 何度見渡してもこの部屋にはベッドは1つしかない。物の時間の流れを操ることができる精霊はいても、物の複製ができる精霊はいないのだ。


 2人がベッドを見つめ始めてから5分が経過した。使用人たちが予備のベッドを運んでくる気配はない。


「予備を持ってきてもらうように頼むか?」

「いや、部屋もなんとか用意できたみたいだから難しいんじゃないかな。はは……オレは床でいいぜ。旅をしているときに、野宿もよくしていたし」


アウラはベッドに置かれていた枕を取って床に寝転んだ。先手を取れたことに安堵しているようだ。


「俺も床でいい」


 ロキもベッドで眠る気はないようだ。枕を脇に抱える。

アウラは立ち上がり「遠慮しなくていい! オレとアンタの仲だろ!?」と叫ぶ。


 2人は火花を散らす勢いで睨みあった。

殴り合いが始まると勘違いしてしまうぐらいの緊迫した空気が漂う…枕がその空気を台無しにしているが。


「ほら、お前は年上だし。年功序列だと俺が床で寝るべきだ」

「大精霊様以外の精霊に年功序列もクソもねーよ! アウラくんのことは気にしないで? な?」


 2人は押し合いになった。この場にルーシェがいたならば「手押し相撲を思い出すわ。子どもの頃よく遊んだなぁ」と言うことだろう。

残念ながら、ここにいるのはエルフィン王国の歴史よりも永い時を生きている成人男性2人だ。一言でいうならば、大人げない争いである。


「ロキ、お前いつもより頑固だな?堂々とベッドで寝るかと思ったけど」

「そんなことはない。助けに来てくれたお前への感謝の気持ちだ」


 両者ともに「一度床でいいと言ってしまったから引くに引けない」という状態になってしまった。


 虚しい戦いである。


「あ、本当はルーシェちゃんと同じ部屋がよかった? なんかごめんな!」

「気色悪いこと言うなバルコニーから突き落とすぞ」

「早口なお前の方が気色悪いぜ。あと普通にびっくりした! オレの顔スレスレに枕を投げないで! 危うく顔面でキャッチするところだったぜ!」


「俺たちはそういう関係ではない」と言いながらロキはアウラから枕を回収した。そして、アウラが寝転んでいた方とは反対側の床に枕を置く。


「ベッドを仕切り代わりにして寝るやつなんて、オレたちぐらいしかいないだろうね」

「そうだろうな」


 部屋の明かりは消えており、月の光が部屋に差し込む。


「大精霊はどこまで視えているんだ」

「オレが聞いた話だと、この件に関してはルーシェちゃんたちがアテナ嬢の救出に行くことしか視えなかったらしい。お前が行方不明になっていることもヴィアから聞くまでは知らなかったってさ」


 未来が視えていなかった時にロキは失踪した。本人は「1日ですべてを終わらせるつもりだった」ということで報告していなかったため、どのような脅威があるのか分からないということでアウラが派遣されることになったようだ。


「最近、視える回数が減っているらしいぜ」

「原因は?」

「不明だってさ。だからこれからどうなるのかは本当に分からない。けど、オレの役目はこの国の救済じゃない。アテナ嬢を助け出してアンタたちを無事にエルフィン王国まで連れ帰ることだからな」


「またお前には助けられてしまうな」とロキが呟くと「オレとお前の仲だろ?」と風の精霊はいつもと同じようにヘラヘラと笑った。


「あ、そういえば大精霊様ってオシャレだよな」

「は?」

「今回、ヴィアたちの護衛をするよう命令されたときの大精霊様は和服を着ていたんだよ。ウルで会った時はシックなワンピースだったから、持っている服の幅が広いなって思ったわけ」


 ロキは黙り込んだ。ベッドが隔てているためお互いの表情は見えない。


「もう寝ちゃった?」

「……そいつ本当に大精霊か?」

「服は違っても声や顔、髪色は同じだったからな。さすがに見間違えたりはしないぜ」


「そうか」と答えたきり、2人の会話は途切れた。


「ルーシェちゃんが和服を着ている姿……見てみたいかも」

「……」

「うん、冗談だから。殺気を抑えてほしいなぁ」

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