第21話 家族ごっこ・主従ごっこ

「どうして我らが捕まるのだぁぁぁぁぁ!」

「罪なき善人なのにね……私たち」

「まぁ、潔白かと訊かれたら少し困るぜ」


 現在、私たちはグランディール帝国東にあるソレイユ城の地下に幽閉されている。罪状は不法入国だ。


 森に入ったところまでは順調だった。

だが、今日という日に限って国境付近を警備する兵士が多かったのだ。そして見事に捕まってしまった。


 精霊は人間に危害を加えることは禁止されている。

 逃げるしかなかったけれど、逃げた先が崖だったからどうしようもなかったのだ。


「いやぁ、さすがに2人を抱えて飛ぶのはアウラくんきついよ」

と、城に連行される際にアウラさんが言っていた。

兵士たちは「え、飛ぼうとしていたの?」という目で見てきた。ヴィアちゃんと私は目を逸らすのに必死になった。


 私とアウラさんはまだしも、ヴィアちゃんまで入れられるのは意外だった。

流石にひどくないか?それとも、子どもを間諜だと疑うくらいに兵士たちの精神的余裕がなくなっているのか?


「我みたいに可憐でどう見ても牢屋が似合わぬ美少女を、何故!? 斯様なところにぃーー! んぎゃーー! 虫ぃぃぃ!!」

「声が大きすぎます! 見張りが戻ってくるでしょう!? そこの…………え、ヴィアちゃん?」


 声をかけてきた女性は、本で見たアテナ・エルフィンそのままだった。ノーブルと同じ金色の髪に青い瞳。

『可愛い』というよりかは『美しい』が似合いそうな彼女の顔は、驚きを隠しきれていなかった。


 彼女は私たちの牢屋と通路を挟んだ向かい側の牢屋に入れられている。


 ヴィアちゃんは

「きさまぁぁぁ! のこのこと出歩いて拐われおって! 我がどれほど心配したかと!」とぷんぷん怒っている。


「ヴィアちゃん、心配かけてしまってごめんなさい。ところで、そちらの方は? もしかして……」


 ヴィアちゃんはここに連れてこられた経緯を説明した。説明をきいたアテナ様は困ったように笑っていた。


「原因である私が言ってはならないのかもしれないけれど、ヴィアちゃんの策に乗ったのが敗因ですね」

「なに!?」


 ヴィアちゃんはまたぷんぷんと怒っている。やはり可愛い。


 ん? アテナ様の隣の牢にも人がいるな。

暗くてよく見えないが奥で寝転んでいるようだ。

私たちの声に気づいたのか、その人は奥から通路側に出てきた。


「おい、どうしてルーシェもいるんだ」


 嘘。この1週間ぶりに聞く声は……


「ロキ!!無事だったのね!」


 ロキはアテナ様の隣の牢屋にいた。

なんともいえない再会だ。牢屋でなければ感動的だったかもしれない。


 アテナ様は「再会できてよかったわね」とロキに微笑みかけていた。

「場所は最悪だがな」

とぶっきらぼうに返しつつも、心なしか嬉しそうだ。


「ロキ様からあなたの話を聞いていたわ。だからあなたを見たときに、もしかしてって思ったの」


 思わずロキの方をガン見してしまう。

「え、どの話をしたの……」

「たいした話はしていない。というか大精…あいつから連れてくる許可はおりたのか」


「アウラを連れることと、傷一つつけないという条件つきだがな」


 アウラさんは

「ロキー! 元気してたかーー?」

と満面の笑みで勢いよく手を振っている。

「どうしてお前まで……」とため息をついていた。


 私はアテナ様が幽閉されている場所を知っていたので、脱走の手助けに使えそうな道具を持ってきていたのだが、すべて没収されてしまった。ロープとかは確保しておきたかったのだが。


 正直、今の状態での脱出は難しいだろう。


 そもそも小説のアテナ様はどうやって脱出していたかな。

確か、ご飯を持ってきた騎士が彼女の身の上話を聞いて同情して城から逃がしていたんだ。

城を脱出したあとは、兄側の土地まで走り続ける。アテナ様は風属性の魔法を使えるので、とても速く逃げることができたのだろう。


 今のところ見張りの人が私たちの話を聞こうとしている感じはない。そもそも騎士ではなさそうだ。

あと、小説内ではアテナ様1人だったので目立たずに脱出が成功していたが、5人で抜け出すのは確実に目立ってしまうだろう。


 せめてアテナ様だけでも脱出できたらいいのだけど。


「ロキはカルティエ様に会ったの?」

「まだだ。事情聴取すらされていない」


 なら、今のうちに不法入国した理由を考えてしまおう。うまくいけば釈放されるかもしれない。


「いっそのこと道に迷ったことにしない?」

「一般人として同情を買うつもりか?」


 ロキたちは

「そう簡単に信じてもらえるだろうか」

と考え始めていたが、アテナ様がすぐに賛成してくれた。


「私はアリだと思うわ。ここの人たちはあなたたちを間諜だと疑がっているようなので、道に迷ったことにして信じてもらえれば案外簡単に解放されるかもしれません」


「魔獣を追い払うために森へ行ったっきり、行方不明になった兄を探す貴族の娘ヴィアちゃんと使用人のルーシェちゃん&オレ……エルフィン王国の貴族について調べる余裕はここの人たちにはないだろうし、案外いけるかもね」


 私たちについては設定でゴリ押しするとしても、アテナ様を牢屋から出す方法も考えなければ。

 そう話し合っていたら大勢の足音が聞こえてきた。

牢獄で大人数の足音がするときは、身分の高い者が来ることを意味している気がする。


「ソレイユ城の主であり、真の次期皇帝であられるカルティエ様だ!」


 アテナ様は文句を言いたいのをこらえているようだ。

元々はアテナ様の婚約者、プレン様が皇帝の地位を継ぐことが決まっていたのだから異論を訴えたいのは当然だろう。


 見張りが紹介したあとに入ってきたのは『暗黒』の2文字が合いそうな風貌の男だった。


 カルティエ・グランディール。

彼こそが「グランディール帝国編」の悪役である。深い紫色の髪に黒い瞳。全身真っ黒な服を着ている。

右目には眼帯が。ロキと服の趣味が合いそうだ。


 カルティエはアテナ様を一瞥したあと、私たちを値踏みするように見てきた。


「不法に我が国に入ってきた賊と聞いて、どんな者たちかと思えば……子どもとまだ成人前の娘、そして……」


 カルティエがロキの顔を見た瞬間、「俺は成人で合っているぞ」とロキは真顔で挙手した。

「オレも成人済です!」とアウラさんも続く。


「そうか。何やら話していたようだが、お前らは知り合いか?」


 ここからはアウラさんの舌にすべてがかかっている。お願いアウラさん……


 アウラさんはさっきまでの軟派モードとは違い、物腰柔らかな紳士のような笑顔で話し始めた。


「オレから説明させてもらいますね。オレはアウラといいます。こちらは10歳になったばかりのヴィアお嬢様。そして使用人でオレの同僚のルーシェちゃんです」

「我……わたくしはそちらの牢にいるロキお兄様が森で行方不明になったと聞いて、使用人たちと探していたのですわ」


 2人は芝居の才能があるかもしれない。余談だが、私は中学校の文化祭でいじわるな義姉を演じたことならある。


 カルティエ様は話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。正直意外だ。

どうやら信じてくれたか……?さすがに厳しいか?


「間者ではないのだな」


 カルティエ様は最後の確認だといわんばかりだった。ロキが力強く頷く。


「あぁ、妹たちの言うとおりだ。俺は屋敷に近づいてきた魔獣を追い払うことに夢中になってしまい、森の奥まで入ってしまった。すでにそこはグランディール帝国の領地だったため、捕まってしまった」


「……エルフィン王国の貴族には世話になっている。故意ではないこと、そして幼い娘がいることに免じて不法入国については不問にしておこう。だが、まだ帰すことはできぬ」


 信じてくれたようだが、解放はしてくれないようだ。

そう上手くはいかないか……


「知っているだろうが、現在我が国ではトラブルが起きていてな。お前らが一般庶民であってもすぐには解放ができない」

「せめて牢獄はやめてほしい」

「そこは善処しよう。次はアテナ。お前の処遇についてだ」


 アテナ様はカルティエ様を睨み付ける。それに動じることなくカルティエ様はアテナ様のいる牢へ近づいた。瞳には未だ感情はない。


「お前が私の元につくのであればここから出そう。まだ間に合うぞ」

「お断りいたします!!」


 彼女はプレンに惚れているのだ。小説に「初対面で優しくて聡明なプレンに一目惚れしていた」と書かれていた。アテナが意思を曲げることはないだろう。


「そうか、残念だ。この者は引き続き牢にいてもらうとしよう」


「やだぁぁぁぁぁぁ!!」


 その場にいた全員が叫び声の主を見る。ヴィアちゃんが大泣きして地面に寝転び手足をバタバタさせていた。


「アテナお姉ちゃんと一緒がいいーーーー!!」


 そうか!

ヴィアちゃんは自分が幼い見た目で大目に見てもらえるのに全力でのっかってるんだ!!私もこの嘘泣きの波に乗るしかない!!


「こらヴィア様!! わがままはいけません!! ……申し訳ありませんカルティエ様。先ほど少しアテナ様とお話してからどうも懐いているようで……ロキ様からもお願いします!!」

「ヴィア、やめるんだ」


 ロキお兄様の制止はは少し棒読みだ。

あまりやめさせようという気概が感じられない。無理な気がする。


 小説での印象だが、彼は目的のためなら冷酷な手段だって選ぶ男だ。

不法入国は私たちが間者ではないと信じたから不問になったが、さすがにアテナ様については……


「牢屋に入れられて精神的負担が大きいだろう。これ以上幼子の精神的な傷を増やしてしまうのも良くないかもしれない。良い、逃げないと誓うのならばアテナとこの兄妹たちに部屋を用意しろ」


 あれ?OKが出たぞ?冷酷な反逆者のはずなんだけどな……


「あ、ありがとうございます……よかったですねヴィアお嬢様」

「うん!」


「すぐに用意させろ」

「はっ、はい!」


 アテナ様を牢から出すことに驚いて固まっていた兵士たちに、カルティエ様は力強く指示する。


「ヴィアと言ったな。お前は食べられないものはあるか?」

「んぇ? わ、わたくしは好き嫌いなどしな…ませんわ!」


 ヴィアちゃんの返事にカルティエ様は感情が読めない顔のまま

「なら良い」

とだけ言った。


不法入国の件もそうだが、子どもに優しい?小説とは違い、理不尽さがないのだけど……


 まさか、ねぇ……そんな

「実はいい人だった」ていう設定なんて……ねぇ?ないよね?


 ダメだ。あの人ならやりかねん!!


「実はいい人なのに、時代の波の影響、そして不器用すぎて生き方を失敗しまくって、悪として処刑されちゃうって流石に不憫かな?書いたとしても、その事実は伏せるべきかな?? いや、それはダメか…あ、ファンブックに過去を小説にして掲載しようかな?」


 言っていたなぁ!! もしかしてカルティエ様のことだったのか!? こんなところでまた……


 なんかもうカルティエが死ぬのを見過ごせないよ!! 

同じ穴の狢ってことね……

いや違う。ルーシェは根っからの悪だ。

カルティエは善人だった。一緒にしてはならない。


 善人がゆえに苦しみながら冷酷な判断を下し、皇帝になろうとしたんだ。処刑前の言葉は「やっと解放される」だったのはこういうことだったのか……


 これはグランディール帝国兄弟和解エンドを目指さなければいけないのかもしれない。


 ルリの言葉が頭の中に反芻される。


「事前に知っていることすべてが現実になっているわけではない」


 この世界にいる人の生い立ちや性格、出来事すべてが小説と同じというわけではない。だって彼らは実際に生きているのだから。


 隠された戦いが再び始まってしまったのだ。

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