第20話 いざ、グランディール帝国へ 

 夜、姉に明日から2週間ほど旅行に行くと話した。


「え、旅行? 本当に唐突だねぇ……怪しさしかないし心配だけど…わかった。この服オシャレで動きやすいし、もう使わないから汚れてもいいよ。あげるわ!」


 疑念を持たれたがゴリ押しした結果、少しカジュアルな服をゲットできた。


 普通ならば「2週間!?」となるはずというかなっていたが、私のことを信頼してくれている、または親が嫌で家にいたくないのかもしれないと気を遣ってくれたかのどちらかだろう。


 親は

「お金を持っているのなら勝手にしなさい」としか言わなかった。想定済みだ。


 翌朝、ヴィヴィアン様に言われた通りに湖の前へ行く。


 湖にはまだ誰も来ていなかった。小さなベンチがあったのでそこで一息つく。


 少しだけドキドキしてきたな。深呼吸をしよう。


 新鮮な空気を思いっきり吸い込む。そしてゆっくりと吐き出…… 


「本当にグランディール帝国に行くんだね」


していたら、私の隣に知らない少女が座っていた。


 長めの髪は1つに結っており、フリルなどを使って可愛くアレンジされた和服を着ている。そして彼女は底の知れない深さのある目を持っていた。


 音もなく隣に座ってくるなんて、彼女は人間ではないのかもしれない。

段々こういう状況に慣れてきてしまった。


「なぜ私がグランディール帝国に行くことを知っているのですか」

「敬語じゃなくていいよ。ふふっ、わたしは少しだけ未来が視えるんだ。あいつの劣化版ではあるけどね。安心して。グランディール帝国であなたが死ぬことはないから……あっネタバレになってたらごめんね?」


 少女は両足をプラプラと上下に揺らす。

「あなたは精霊なの?」と聞いたら首を横にふった。


「違うよ。わたしのことは……んーと、欠けてしまった……うん、破片みたいなものだと思って。とりあえず、わたしはあなたの味方だよ。あいつとは違って駒を動かす必要はないから、いつでも頼ってね?」

「言っていること全てが分からないわ」


 アハハ!と彼女は笑っている。細かい解説はしてくれないようだ。


「やっぱり難しかった?まぁ、今はまだいっか。わたしは周りからルリって呼ばれているよ。よろしくねホ……ルーシェちゃん」


「今回はここまでかな。あいつの未来予知の妨害も地味に疲れるしなぁ」

とよく分からないことを呟きながらルリは立ち上がった。

そして、私に背を向け歩きだす。


「また会おうね。アドバイスするとしたら……事前に知っていることが、そのまま現実になっていると信じこんだりはしないように。当たり前の事だけど、ルーシェちゃんの望む結末に辿り着きたいのならば絶対に忘れちゃダメなことだよ」


「あと……たまにはリスクを負ってみるのもよし。どーせちょっとしたことなら駒たちが守ってくれるからね」


「えっ、ちょっ待って……!!」


 ルリは振り返ることなく森の方へ歩いて行った。

数秒後には森に吸い込まれたように見えなくなった。


結局、ルリは何者なのだろう。精霊ではないのに未来が見えるというのか。

……精霊に祝福されたとか?


「待たせたな! 出発するぞ!」

「アウラくんの祝福は無事に終わったぜ。早速行こう!」


 ルリがいなくなってから1分も経たないうちに、アウラ様とヴィヴィアン様が湖に来た。


「おはようございます、ヴィヴィアン様にアウラ様」

「うむ。ルーシェ、我に対して固くならずとも良い。我の正体を教えていないのもあったが、アテナは我のことを「ヴィアちゃん」と呼んでおった。貴様も自由に呼べ。敬語も不要だ」


「ヴィアちゃん!」

「それでよい」


 ヴィアちゃんは満足気だ。……彼女はアテナ様と仲が良かったんだろうな。

アウラ様が「オレも混ぜて~」とニコニコしているので「アウラさん」と呼んでみる。

「今はそれでよしとしよう!」と言われた。さん付けに不満があるのなら次はちゃん付けにしよう。


 そういえば、小説ではアテナに謎の協力者がいてエルフィン国と連絡を取ったという話があったけれど……協力者はヴィアちゃんだったのかもしれない。


 出発前にヴィアちゃんとアテナ様の出会いをきいてみることにした。


「ヴィアちゃんはどうやってアテナ様と知り合ったの?」

「あやつの隠れ家の近くにある湖がお気に入りでな。人間がいる気配がしたから様子を見に行ったら、バッタリと……」


 彼女は弟宛の手紙を破って燃やそうとしていたらしい。彼女の身の上、そして手紙の宛先を聞いたヴィアちゃんは届けるようにしたという。


「我は人間の祝福以外にやることはないからな。エルフィン王国はそう遠くはないし散歩代わりにちょうど良いと思い、弟に届け始めたのだ」


「そういえば、ロキにノーブルが心配だから行くのかと聞いたら『それもあるが、クロノスがグランディール帝国にいる可能性もあるからな』と言っておったぞ」


 クロノスの名を聞いて、儀式の日の夜を思い出した。彼が大精霊に課された掟を破ってまで私に祝福したい理由はよく分からないが、祝福はいらないと伝えなければならない。


「そうか、ルーシェはあやつに目をつけられていたのだな」

「うん。私の何を気に入ったのかは分からないけれど」

「貴様はまぁ…………単純そう、コホン、純粋で素直そうだからな」


 なんだか褒められていない気がする。


「そろそろ行くぞ」

「そういえば、どうやって入国する? 確か内乱のせいで制限があるよな?オレ、何も聞いていなかったわ」


 アウラさんの問いにヴィアちゃんは自信満々に答える。


「安心しろ!我はいつも堂々と出入りしていた!」

「川の水と同化していただろ……」


 アウラさんに指摘されてムスッとしている。川の水と同化について詳しく聞きたいが今はそれどころではない。


「あぁ! 国境の中でも森の方は魔獣がいる関係で監視の人数が最低限になっておる。我らがいればルーシェも喰われることもなかろうからな。その森を通って一旦我のお気に入り湖に行こう」


 この世界における魔獣は

「魔法でなんとか追い払える。運が良ければ倒せる」

という存在だ。私が立ち向かったとして勝てるわけはないが、兵として訓練した人ならば勝てるだろう。


「さぁ、アテナ救出作戦開始だ!行くぞルーシェ!アウラ!」


 ヴィアちゃんはビシッと腕を上に突き上げて叫んだ。

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