第19話 寂しい春休み

 ロキが学校に来なくなった。


 一緒にパフェを食べた翌日、私宛だと使用人から渡された手紙には

「野暮用で1日だけ学校を休む。お前の守りは他の精霊に頼んだから安心しろ。必ず戻る」と書かれていた。


 私が受け取った時には、既に彼は用事を済ませに行っているのだから待つしかない。

1日で終わる用事なら大丈夫だろう。

 そう思っていたが、その手紙をもらってから一週間経ってしまった。


 精霊は不老不死である。

手紙にも必ず戻ると書いてはいたが、心配であることには変わりない。


 そして、最近ノーブルの様子がおかしい。なんとなく触れて欲しくはなさそうなので、クレアも私もあえて触れずに一緒にいるが……心配していた結果、クレアの元気もなくなってきた。


 明日から春の休暇期間が始まるというのに、この様子だと皆で遊びに行くのは難しそうだ。


 放課後


 ロキの入学を受け入れた学園長なら何か知っているかもしれないと思い、私は学園長室に向かっている最中だ。


 後少しで扉の前……というタイミングで、学園長室から1人の少女が出てきた。10歳前後と見受けられ、服装は貴族の娘が着るような豪奢なワンピースだった。明らかに生徒ではない。


 目が合う。気まずいな……


 先に口を開いたのは少女の方だった。


「学園長ならさっき出ていったぞ。一足遅かったと言うやつだ」

「あ、ありがとうございます」


想像よりしっかりとした話し方だ。

やはり見た目で判断してはいけないな。


「それにしても、貴様の守りは些か退屈だな」

「もしかして、あなたは……」


 少女は静かに頷いた。

あぁ、彼女も精霊なのだろう。そしてロキの代わりに私を見守ってくれていたのだ。


「話がある。ついてこい」


 言われるがままついていったら、私の屋敷近くの湖に着いた。

 

「なんで湖に……」

「おい人!」


人間!とか人の子!ではなく「ひと!」と来たか。


「はい、人です。一応ルーシェという名があります」


 面倒な予感はしたが、もしかしたらロキが学校を休んでいる理由が分かるかもしれない。話を聞いてみよう。


「我はヴィヴィアン。水の精霊だ。我はロキの捜索と、ある人間の救出をするゆえ、貴様を呼んだ」


 どうやらロキの居場所はヴィヴィアン様にも分からないらしい。

……行方不明の理由に心当たりはあるようだが。


「拐われた人間の名はアテナ・エルフィンだ」


 嗚呼、消えていた記憶がまた戻った。


 アテナ・エルフィン。エトワールシリーズの「グランディール帝国編」における主人公。そして、ノーブルの姉だ。


 少し頭痛がする。もしかして記憶が戻る度にこうなるのだろうか。薬を常備しないといけないの?


「アテナはグランディール帝国の次期皇帝に嫁いだ直後、後継者争いの内乱に巻き込まれて隠れ家での生活を余儀なくされた。我は縁あってアテナと交流していたのだが、先日、アテナは次期皇帝の弟を支持するものたちに拐われたのだ!」


 うん、本で読んだとおりだ。確か小説では弟派のものたちの根城からなんとか脱出するけれど、もちろん私以外は知らない。ヴィヴィアン様やアテナ様の婚約者からすると心配で気が気でないだろう。


 すべては兄弟の次期皇帝争いから始まった。

 元々、弟のカルティエは皇帝一家に反旗を翻したい者たちが集まった組織『シャガ』との交流があった。

 皇帝の引き継ぎをする際に

「真の皇帝は自分だ」と主張を始め、シャガと共に内乱を起こしたのだ。

 そして、グランディール家の人間であるにも関わらず、グランディール家を終わらせることを宣言した。


 現在、国民の2割はシャガを支持しているらしい。しかも、徐々に支持者が増え続けているのだとか。

理由は人それぞれだが、彼らの活動を支持する者は意外といるのだ。


 結末はというと、アテナの活躍もあって皇帝の座は兄であるプレンが手に入れる。そしてカルティエは他のシャガの者と共に処刑される。

カルティエの登場はそこまでで、後はプレンが皇帝になった後に降りかかる試練を2人で乗り越え絆を深めていく話が続編として展開されていた。


 兄であるプレンと心優しいアテナが本当に処刑を命令したのか。何故幽閉ではなかったのか。

ということはよく読者たちが考察していたな。


 確か……カルティエには特別な能力があり幽閉は難しかったとか、プレンは実は冷酷で腹黒いとか。

あとは続編を書くにあたってカルティエの立ち位置に悩むからとか。

あの人は『悪役の最期は残酷に』がポリシーだが、そんな理由で退場させないだろうと思う。


 アテナは知らないが、過去のプレンには時に冷酷と思われるエピソードがあったりするので、冷酷だったから実の弟にも容赦はしなかった説を私は推している。


 ヴィヴィアン様はアテナ様が拐われるところを目撃したらしい。精霊は人間への攻撃は禁止されているのでとても悔しい思いをしたようだ。

 

「我は弟派の人間たちに一度顔を見られてしまったゆえ、表立って探すことが難しい。本当は他の五大精霊も考えたが、生誕する人間への祝福に支障をきたすわけにはいかぬ。それでロキに相談したのだ」


「それくらい楽勝だ。居場所が分かり次第すぐに戻る」

とエルフィン王国を出たきり行方不明になったらしい。

ヴィヴィアン様が声真似までして当時のロキの様子を教えてくれた。

 ロキったら華麗なフラグ回収をしちゃったわね……


「精霊は死ぬことはないが、我が頼んだのだから責任はとらねばな。明日、ここを出立してアテナを救出しにいく。救出に行く見返りとして貴様を見守っていたからな。一応貴様にも相談しようと考えた次第だ。サラ姉……サラマンドラにでも貴様の守りを頼もうと思う」


 確かにサラマンドラ様に守ってもらえるのならば安心だが……どうにも落ち着かない。


 これは春休みを返上する必要がありそうだ。


「あの、完全に戦力外ですけどついていってもいいですか?」

「え!? 貴様に何かあったら大精霊様に怒られるしなぁ……」


 完全に思い出したわけではないけど、本で内乱の内容とかも把握はしている。アテナ様がいる場所についてもだ。

さりげなく彼女をアテナ様がいる場所まで誘導できるかもしれない。それに…… 


「ロキが心配ですし、ノーブルも最近様子がおかしいから……」

「ノーブル……あぁ、アテナの弟だな。何度か会ったことがあるから分かる。恐らく姉と音信不通になったからだろう。対立を避けるためか、国民には黙っておくつもりらしいな」


 私を連れていくかについて、ヴィヴィアン様はすごく悩んでいる。なんだか申し訳なくなってきた。


 沈んだ空気を消し飛ばすように、爽やかな風が私たちの周りに吹いた。


「おっ! いたいた! 大精霊様が言っていたとおりだな」


 上空から物凄い勢いで着地したのは見たことのない青年。何故か声に聞き覚えがある。

 茶色の髪に金色のメッシュ。2020年前後の若者風の服を着こなしているイケメンだ。


「久しぶりだねヴィヴィアン。で、そこのアンタは……一応はじめましてだな」


 青年は軽く手を上げて

「アウラだ。風の精霊であり、ロキのマブダチでもある。よろしくなルーシェちゃん!」と微笑む。ヘラヘラ笑顔が胡散臭い。

何故私の名前を知っているのだろうか。


「よ、よろしくお願いします」


「で、何用だ?」

「大精霊様から伝言だぜ!」


 大精霊様からの伝言は


「2人を止めても救出に行ってしまう未来が見えたので、せめて護衛の精霊を連れていくように。『兄弟の争いには深く介入はしないでアテナとロキの捜索だけに専念すること』と、『ルーシェに傷一つつけない』ことも条件です!」


だそうだ。

「地味に難易度が高そうだな……」

とヴィヴィアン様が唸る。


「ロキが行方不明になる未来は視えていなかったから、大精霊様も少し焦っていたぞ……」


 どうやら大精霊様は未来が視えるらしい。そして、未来の私とヴィヴィアン様は意地でもグランディール帝国に向かうようだ。


「ってことで護衛のアウラくんです! よろしく」

「アウラ……まさか貴様が護衛とは……」


「アウラくんを信じろよ!明日の朝、オレの祝福が終わり次第出発して……3日で終わらせよう。うん、いけるいける!ロキさえ見つけたらこっちのものだろ?」


 絶対3日では終わらない。帝国編読者であった私には分かる。


「アウラ様のことは信じたいのですが、万が一祝福の日までに救出ができなかったらどうするのですか?」

「大丈夫大丈夫。別に祝福自体ができなくなる訳ではないから!ただ……自然が豊かで集中できる場所じゃないと祝福はできない。それに、早く事が終わるに越したことはないぜ」


 アウラ様は指をパチン!と鳴らしてウィンクする。


「グランディール帝国は自然豊かだからそこは大丈夫だろう。……よし! 守りが得意な我に逃げ足の速いアウラがいれば、ルーシェを危険な目にあわせることもなかろう。明日の朝、この湖前に集合だ!」

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