グランディール帝国編

第18話 グランディール帝国

 グランディール帝国はエルフィン王国の西側に位置する、エトワール唯一の帝国である。自然豊かで観光地としても人気の国だった。


 現在では内乱が起きている影響で「このままだと精霊に見捨てられる国になる」といわれている。


 そんなグランディール帝国の東にある、小さな城の地下牢に1人の女性が幽閉されていた。


 その者の名はアテナ・エルフィン。


 エルフィン王国の王女である彼女は様々な国から縁談を申し込まれていたが、成人しても婚約をすることはなかった。理由は「鍵が見える人が現れていないから」だそうだ。


 弟は「義務感」から鍵が見えた相手に求婚していたが、彼女は違う。鍵が見えた相手と結婚したいと心から望んでいたのだ。


 グランディール帝国の次期皇帝との縁談を申し込まれた際も、「鍵が見えなかったら断る」と彼女は決めていたが……なんと、次期皇帝プレンはアテナの鍵が見えた。そして、とても温厚で情の深い人間であった。


 プレンこそ自分の伴侶にすべき人だと確信し、喜んで婚約した。


 しかし、婚約が決まった直後、グランディール帝国で内乱が起こった。


 アテナの婚約者である次期皇帝プレンと、彼の弟であるカルティエが対立したのだ。

 カルティエは「兄は皇帝にふさわしくない」と自身を支持するものたちを集め、グランディール家に反意を持つ組織『シャガ』と手を組み、宣戦布告をした。


 もちろんプレンは一歩も譲らなかった。平和主義者であるプレンは話し合いで解決を考えていたが、カルティエがそれを許すかはアテナには見当がつかなかった。



 内乱に巻き込まれないようにと、隠れ家での生活を余儀なくされたアテナは、3日に一回は最愛の弟に手紙を書いていた。他の国との物流の規制が厳しくなっているので送ることは叶わず、最初は日記……または遺書代わりとして書いていたのだ。


 だが、「ひまつぶしに良い」と突然現れた10歳前後の子供が手紙を届けはじめた。

 子供扱いして、「お嬢ちゃん」と呼ぶと本人は怒り「せめてヴィアと呼べ」というので、アテナは「ヴィアちゃん」と呼ぶようにしていた。


 ヴィアは何故か自由に出国と入国ができている。

 あんなにフリフリで豪奢なワンピースだというのに目立たないものなのか。

子供1人でエルフィン王国の城まで往復しているのか。どうやってノーブルに届けているのか。


 アテナはヴィアについて様々な疑問を抱きながらも、彼女は人間ではないことを察していた。


 ヴィアが手紙を届けることを提案した当初、子供にこんなことさせられないとアテナが言った時に、「見た目で判断するな。我は貴様より長く生きているのだ」とヴィアは返したのだ。10歳の言葉には思えない。


「やっぱりダメ。私のせいでケガをしたら……」と言ったアテナから、「我は勝手にするから気にするな!」とヴィアが半ば強引に手紙を奪ったのが始まりだった。


 また、ヴィアはグランディール帝国やエルフィン王国、そして他の国の歴史に詳しかった。

その語り方は彼女が直接歴史が動く瞬間を目撃したかのように感じさせた。


 ヴィアとの交流を重ねるうちに、彼女は信頼できるとアテナは考えた。


 弟からの返事は、ヴィアから口頭で聞いていた。

 返事の内容は、ほとんどがアテナの身を案じているという旨だった。そして、どうにかして父親である国王に働きかけ、アテナをエルフィン王国に連れ戻したいという思いも書かれていた。


 しかし、アテナにはエルフィン王国に帰るという考えはなかった。ただでさえ自分は隠れ家で安全に生活しているのに、そう易々と愛する人を置いて母国に帰ることはアテナ本人が許せなかったからだ。


 

 時々プレンから送られてくる手紙を読み、ヴィアから世界の歴史や物語を聞く。

そして弟からの返事を聞くことがアテナの支えであり日常でもあった。


 ある日、その歪な日常も壊される。


「アテナ様、あなたには人質になってもらいます」


 少しだけなら、と隠れ家を出て散歩をしようとしたアテナはカルティエ側の人間たちに連れ去られたのだ。


「貴様ら、その者に何をする! アテナ! 我が必ず……!!」


 ヴィアの声はアテナに届かなかった。それは彼女が意識を失ってしまったからだった。



 そして現在に至る。


「兵士さん」

「……」

「今朝のパン、パサパサすぎて美味しくなかったのですけど」


 アテナの苦情に対して見張りの兵士は無視を決め込む。だが彼女はめげずに毎日兵士に話しかけ続けた。そうしないと、声の出し方を忘れてしまいそうだったからだ。


 カルティエが管理する城ではあるが、城の主は未だにアテナに会いに来ない。彼女から引き出せる情報などはないと考えているのかもしれないと城の兵士たち、そしてアテナ本人も考えていた。


 その日の昼、アテナに仲間ができた。

 隣の牢屋に、ある青年が入れられたからだ。


 青年は黒髪を無造作に整え、吸い込まれそうな美しい目の持ち主だった。

 アテナはプレンにぞっこんなため心が動くことはなかったが、客観的に見ても青年はイケメンだと感じていた。


「こんにちは、新入りさん。あなたは何故こんなところに入れられたのかしら?」

「…………不法入国だ。ヴィアに絶対にバレないと言われた道を通っていたんだがな」


「あいつ、本当にこの国に在住して500年目なのか?」という青年の呟きは彼女の耳には届いていなかった。共通の知人がいるという驚きで頭がいっぱいになっていたからだ。


「え!? ヴィアちゃんと知り合いなのですか!?」


 アテナの問いに青年は頷いた。どうやらヴィアに頼まれて、アテナの行方を調べようとグランディール帝国に密入国したら捕まってしまったらしい。


「なんだか私のせいで……申し訳ありません」

「気にするな。捕まったのは俺のミスだ。それに、他にも用はあったからな」


 どうやら、青年はアテナ以外にも探している人がいるようだ。アテナは見つけてどうするのかと問いかけると、「とりあえず半殺しにする」と青年はサラッと言った。


(あ、このイケメンさんはヴィアちゃんと同じで、人間ではないのかもしれない)


 アテナはそう思ったが、深くは触れないことにした。

「見つかるといいですね」とだけ言う。


 物騒な発言もあったが、ヴィアと同じように彼のことは信頼してもいい。アテナはそう判断した。


 彼女は牢から出ることを諦めていない。仲間が増えた今、その熱意は更に増していた。

 

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