第15話 朧月
ルーシェがクロノスと再会する直前に遡る。
ロキはベッドの上に寝転んだまま、眠れない状態が続いていた。
(いつもの枕じゃないと眠れない)
彼は外泊先ではあまり眠れないタイプだった。
仕方なく宿のロビーの方へ歩く。ロビーなら話し相手になってくれそうな者がいると知っているからだ。
「お、ロキじゃん。元気してたか?」
「あぁ。お前も元気そうだな、アウラ」
嬉しそうに笑うアウラは、ロビーにある小さなソファーに腰かけていた。
若者風のファッションに身を包んでおり、髪は茶に金色のメッシュが混ざったウルフカット。茶色い瞳は、友人と再会した喜びからか爛々としている。
「さっき教会でアンタを見かけたときマジで驚いたぜ! 本当に大精霊様のとこの生徒になったのか?」
「そうだ」
ロキは自分が学園に入った理由、学園長が視た未来、クロノスについて全て話した。
アウラの反応は「クロノスかーー!」だった。
「そのお嬢さんも災難だったね……それで? クロノスを探しているってことか?」
「探してはいるが、何しろ神出鬼没だ。そう簡単には見つからないだろうな」
「おや、ロキとアウラではありませんか」
そう言いながら駆け寄ってきたのは"学園長"だった。
2人は「面倒なのが来た」と言わんばかりの表情を浮かべる。
「その嫌そうな顔をされることも視えていました。それでもボクは2人に挨拶をしに来ましたよ」
「さすが学園長だーー!! えらーーい!!」
学園長は「はいはい、ありがとうございます」と軽く流しつつ、ロキの方を向く。
「サラマンドラから聞きました。クロノスが彼女に祝福をすると宣言しているようですね」
「……そうだ」
学園長は悩んでいるような素振りを見せながら、窓の外を眺める。月は雲に隠されているようだ。
「クロノスの祝福は『物や肉体の時の流れを止める力を与える』なので、癪ですがルーシェが亡くなる未来は変わります。人間の寿命を半永久的にするなど重罪なので、禁じてはいますが……彼ならやりかねないと思ってしまいますね」
「それは」
良いことなのか悪いことなのか。もし彼女が祝福されたら彼女が殺される未来は避けられる……
ロキは一瞬生じた迷いを捨てた。人間の肉体を老いないようになどしてはならない。大切な者には人間として幸せに生きて正しい最期を迎えてほしい。
「でもさぁ、クロノスくんの祝福前に別の要因で彼女の命が脅かされることもあるかもしれないんだよね?」
「その可能性も出てきましたが……ん?」
大精霊は頭を押さえ始めた。これは未来が視える予兆である。
「あと数分後、宿の外、南側の道でクロノスがルーシェに祝福をします!!」
大精霊の言葉が終わらない内に、ロキはホテルの外へと駆け出した。
「ガチでヤバい感じ!?」とアウラは焦りながらも笑顔を崩さずに後ろを走る。
ロキとアウラが目的地についたとき、クロノスはルーシェに向かって手を伸ばしていた。
咄嗟にルーシェの目を塞ぎ、ポケットから取り出した石をクロノスめがけて投げる。
「くっ……これは……」
彼はただ投げたのではない。風の魔法で加速をかけたため、投げた石は銃弾と同等の速度が出ていた。石は砕けながらクロノスの肉体を貫通する。
アウラは「うっわ。風は俺の担当だけど、その使い方はヤバいと思うよ」と引き気味に笑う。
ロキはルーシェに「眠ってくれ、頼む」と言いながら、強力な睡眠効果のある薬草を染み込ませたハンカチを口元に当てた。
儀式の際は自然と寝落ちしたために使わなかった物が、このようなところで役立ってしまったようだ。
意識を手放し、体勢を崩しかけたルーシェをロキは優しく支えた。
あの夜、自らの精神を一時的に移した小鳥にパンを差し出した優しい少女は、とても軽かった。
「キミは……はじめまして、だね。悪竜くん?」
クロノスはゆっくりと立ち上がった。貫通した際にできた傷は、既に塞がっている。
「お前のそれ、タチが悪いな」
「2人とも、アウラくんのことおいてお話しないでほしいな?」
「キミのこともちゃんと見えているよ……アウラくんは味方だろう?」
アウラはヘラヘラと笑ったまま「オレはロキの方かな」と即答する。
「それは悲しいな……ただ、人助けをしたいだけなんだけど」
「お主のそれは人助けとは言わぬ。罪なき人間に暗示をかけ、ルーシェの幼少期の記憶を消した。そして、彼女の寿命を半永久的にしようととしている。これは重罪だ」
怒りを隠さない声音で合流したのはサラマンドラだった。昼間とは違い、"優しいお姉さん"はお休みのようだ。
「あー、姐さんを怒らせたってことは勝敗は見えているね」
「これはピンチってやつかな?」
クロノスは焦ることなく笑う。
「念のため持ち歩いていてよかった」
時の精霊は、軽く笑いながらどこからか小さな豆のようなものを取り出した。そして、宙に放つ。周囲に煙が充満した。
「アウラ」
「分かってる!」
強風を起こし、煙を消し去ったがクロノスは消えていた。
「逃げられたかぁ。うーーん、やっぱり初手で炎いっとけばよかったかな?」
「姐さんの切り替えの速さがオレは怖い」
「何か言った?」と言われ「ナニモ?」とアウラは返す。ロキはルーシェがまだ目覚めていないことを確認していた。
「サラマンドラ、悪いがルーシェを客室のベッドに眠らせておいてほしい」
「いいよん☆レディを気遣えるロキくん最高だね!」
サラマンドラはルーシェをおぶってホテルの方へ歩きだした。
「なぁ、ロキにとってあの子は何?」
「最初は借りを返すため、それと興味があったから近づいた。その後は、殺される未来を変えるためにクラスメイトになった。精霊の気まぐれに巻き込まれていたから、守らなければと思って傍にいた。今は……分からない」
「そうだよな。初代国王と王妃以外の人間に関わるのは初めてだもんな……大丈夫、今のアンタは悪竜じゃない。運命の精霊、そしてアウラくんのマブダチのロキだ。何かあったらすぐに助けに行くからな」
「感謝する」
風の精霊はヘラヘラと笑いながら空を飛んでいった。
それを見送った運命の精霊は、ホテルへと歩きだす。
大精霊の案内を受け、サラマンドラは無事に客室に辿り着いた。同室の少女を起こさないよう静かに移動する。
「これでよし」
「……サラマンドラ様?」
ルーシェはゆっくりと瞼を開いた。サラマンドラはばつが悪そうに笑う。
「ごめん、起こしちゃった?」
「大丈夫です。クロノスは」
「安心して、ロキくんが追い払ったよ」
「そうなのですね」と微笑むルーシェ。またすぐに眠ってしまいそうだ。
「もしかして私、眠らされていました?」
「……ううん、疲労で気絶していたみたいだよ。大丈夫、ロキくんが守ってくれる。もちろんアタシもだよ」
地面に溜まった血液と、眠っている彼女を見たサラマンドラはロキの意向を察した。
(ルーシェちゃんが血を見る必要はない。っていうのアタシにも分かるよ)
「ありがとうございます」と呟いたルーシェは、ゆっくりと瞼を閉じた。
「おやすみ、ルーシェちゃん」
炎の精霊は優しく彼女の頬を撫でて、物音1つ立てずに部屋をあとにした。
部屋の外には大精霊が気配を消して立っていた。
「うおっ、待っていたんだ」と驚きながらも、サラマンドラは大精霊と横並びになって歩き出す。
「大精霊様も大変だよね。自分の手で助けることはできずに、こうして私たちだけに伝えることしかできないなんて」
「確かに……視えるタイミングは未だに分かりませんし、そのことについてもやるせない思いをすることはありますが、ボクの分まであなたたちが暴れてくれますから。これからもお願いしますね」
「りょうかーい☆じゃあね! またお茶会しましょー!」
「はい、それではまた」
これからどうなっていくのか。大精霊は未だに視ることができていない。
見上げた夜空には、朧月が浮かんでいた。
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