第16話 他人の部屋に入るときはノックをしましょう

「ルーシェ様、そろそろ起きてください。今から準備しないと集合時間に間に合いませんよ!」

「また寝落ち!?」

「大丈夫ですか?」


 叫びながら飛び起きてしまったことによって、クレアを驚かせてしまったようだ。「ごめん、変な夢を見ていたわ」と誤魔化す。



 今日はウル観光……ではなく見学の日だ。遊びではなく見学だ。


 ロビーで合流した私たちは街に向かって歩きだした。

ノーブルとクレアが話している間に、気になっていることを訊いてしまおう。


「ちょっといい?」

「あぁ、クロノスのことだろ?俺とサラマンドラで追い払っておいたから安心しろ」

「ミステリー小説のワンシーンのような眠り方をしたような気もするけど………ありがとう。実は大怪我を隠していたりとかしていないよね!?」

「ない。どちらかというとあっちが……なんでもない」


 血の匂いもしたし、クロノス様はもしかして……

 心配にはなったが、あの精霊は肉体の時間を戻せるから怪我もすぐに治るのだろう。もしかしたら私も同じ力を手に入れてしまうのかもしれないのだ。そう考えると複雑な気持ちになってきた。


 ロキは私を元気付けるように、「何回来ても俺たちが半殺しにして追い払うから」と言う。

どうやら私の表情が沈んでしまっていたのかもしれない。

 おかげで少し気持ちは明るくなったが、「半殺し」は中々に物騒だよ。


「クレアとノーブルが、お前と街をまわるのを楽しみにしていたぞ」

「それは違うわ。2人はあなたもいないと嫌なはずよ」

「……仕方ない。お前ら3人とも危なっかしいからな。ほら、ボーッとして置いていかれないようにしろよ」



 ウルの特産品はパワーストーンで作られたアクセサリーと洋服らしい。職人が多く住んでいること、そして生地の質がとてもいいからなのだとか。

 王国で売っている服と手触りが全然違う。値札を見てはならないと直感的に思った。ノーブルとクレアからしたら「安い!」と喜ぶような値段のようだが。


 3人はとても楽しそうにしている。友達との観光にテンションが上がっているのだろう。

なんだか修学旅行みたいだ。あのときは……ううん、思い出すのはやめておこう。


 もちろん私も楽しいとは思っている。思っているけど……!!


「このお洋服、美しい銀髪のルーシェ様に似合いますよ!」

「あぁ、レースがピッタリだ」

「儚い…と見せかけてのパワータイプだな」


「最後1名の感想がおかしい!」


 ここは……こう……ノーブルとクレアが「これ似合うよ」ってお互いに選んだりして、いい雰囲気になるんじゃないの?

 最初は「ウルの特産品である上質な生地を、母へのお土産に買って帰りたいです」とクレアが言ったのだ。

なのに、布を選び終わったかと思えば服選びの時間が始まった。


 せめて3対1という状態に違和感を持ってほしい。


 クロノス様のせいで、ノーブルとクレアの仲を深めるための作戦が疎かになってしまっていた。これから頑張らなければ……


 3人はずっと私の洋服を選び続ける。「これもいいのでは?」と明らかに高そうな服を持ったクレアが言う。頷くノーブル。「そういうのは分からない」と思考を放棄するロキ。


 やめて、選んでくれたら買いたくなっちゃう……!!


「私の服を選んでくれるのは嬉しいけれど、クレアの服も選びたいな」

「私のですか?」

「うん。折角だしちょっと着てみてよ」


 クレアに似合いそうな服を何着か見繕う。比較的安いものにしよう……


「どれがいいかな?」

「俺は詳しくないからな。ノーブルにきけ」


 ロキは「全て分かっているぞ」という顔をしている。

 クレアよ……ここでノーブルの服の好みをハッキリさせよう!


 クレアは私たちの狙いに気がついたのか少し照れている。観察力はあるのに恋愛方面には鈍感王子は「どれも似合う気はするが……」と熟考している。


「強いていえば、真ん中のワンピースだろうか」

「そう、ノーブルの好……んんっ、似合うと思うのはこれね、着てみて着てみて」


 数分後


「あの、少し恥ずかしいのですが」

「似合っているよ!!」


 試着室から出てきたクレアは白を基調としたワンピースを纏っていた。清楚なデザインでありながら動きやすいように作られているので、しとやかでありながら活発な一面もある彼女にとても合っている。


 ノーブルは「似合っている」と言いながら、笑顔になっていた。はにかんで笑っているクレア。推しカプ可愛いーー!!

……落ち着こう。冷静に冷静に。


 ノーブルに褒められたのと、普段使いもできるということもあってか、クレアはワンピースを購入していた。


こっそりと私も3人が選んでくれた服を買った。実は気に入ったのだ。


 その後も私たちは街にある様々な店に入り、家族や使用人たちにお土産を買っていく。

 両親の反応は良くないどころか無反応で終わることは予想できているので、兄か姉を通じてお菓子でも贈っておこう。



 無事、屋敷に到着した。まずは使用人たちに地元で人気のお菓子を渡す。

 両親との仲を心配してくれるのが申し訳なくて、普段は彼らと距離をとってしまっている。

なので、喜んでくれるか自信はなかったが……どうやら喜んでくれたようだ。買ってきてよかった。


 兄と姉にはそれぞれアクセサリーを渡した。良縁を引き寄せるといわれるパワーストーンで作られたものだ。

2人は喜んでいた。「ルーシェちゃん最高!」と叫ぶ兄。ちょっと怖い。


 姉は気遣わしげに「お父様とお母様は……」と言うから、「皆で分けて食べて」とお菓子を渡した。

「わかった。私たちで渡しておくね」と深くは触れずに受け取ってくれた。


 自室にもどって旅行鞄を開ける。取り出したのは3人に選んでもらったワンピースだ。


 それに着替え、大きな姿見の前でくるくる回ってみたりする。

……かわいい。買ってよかった。誰かに服を選んでもらうのもいいものだな。


「ルーシェちゃーーん! お菓子おいしかったよーー!」

「んぎゃーーーーー!!」 


 突然兄が部屋に入ってきた。ノックなしとはあり得ない。


「そのワンピース似合っているよ!! お友達と買ったのかな!?」

「そ、そうです」


「こら兄さん! ノックはしなさいっていつも言っているでしょう!?ルーシェちゃんがびっくりしているじゃない!」


 後から入ってきたお姉様が兄の頭を叩く。とても良い音が部屋に響き渡った。

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