第13話 悪意はない

 私たちはエルフィン王国の中でも最北端にあるウルという街に来ている。春だというのに寒い。とても寒い。


 これから私たちは教会の中で精霊に祈りを捧げる。そして近くの宿に宿泊。

 明日の午前は街を自由に見学して、午後にはウルを出る。そして学園に戻って解散だ。


 私とロキには、儀式とは別にやらなければならないことがある。


 炎の精霊サラマンドラ様に、五大属性の精霊以外の精霊について訊かなければならない。


 幼い頃の私に「成人したら祝福を贈る」と勝手に予約をしてきた精霊の正体を知りたい。

そして何故私に祝福を贈りたいのか、祝福の内容は何なのかもだ。


 サラマンドラ様は儀式の日は必ず教会に来て人間に気づかれないようにこっそり見守っているらしい。

どうやら真面目な精霊のようだ。


 全員白いローブを身に纒い、教会内にあるそれぞれの壁画を観賞してから像の前に座る。そして目を閉じて10分間祈りを捧げるのだ。


 こういう厳かな空間は本当に苦手だ。ここで10分もじっと目を閉じて座るのか……


 祈りの時間が始まった。そして1分もしないうちに私は気を失ったのだ。


 目を覚ますとあの暗闇の中だった。目の前にはロキと知らないお姉さん。


 爪にはバッチリとネイルを塗って、炎のように赤い髪をツインテールにしている。ミニスカ、ニーハイソックス、ド派手で可愛いジャケット。


「やっほーー! サラマンドラでーーすっ☆」


 思っていたサラマンドラと違う。教会にあった像や壁画に描かれた彼女とは似ても似つかない。だがとても似合っていて可愛いので深くは気にしない。


「はじめまして。ルーシェ・ネヴァーと申します」

「うんうん、礼儀正しくていい子だね! お姉さん、そういう人間ちゃん好きだよ!」


 すごい勢いで私の頭を撫でてくる。摩擦がすごい。

そして本人には言えないが、当たっている。どこがとは言わないが、私たちの身長差も災いしてめちゃくちゃ当たっている。

今はなるべく自分の胸部は見ないでおこう。


 精霊というよりは

"近所に住むギャル系お姉さん"という感じが強い。

実はサラマンドラ様は最初からご近所さんだったのでは、という幻覚が見えてきた。


「普段は人間ちゃんに関わらないから、こうしてルーシェちゃんとお話できるの嬉しいわぁ! ここ数百年でロキくんが人間ちゃんといるのは初めて見たけど、どしたの?」

「下手したら数百年どころじゃないかもな」


 精霊たちは百年を1年かのように話している。着いていけそうにない。


 サラマンドラ様は、私の夢の中に入ることになった理由をまだ知らないらしい。

「呼ばれたから来た!」と隣で笑っている。


 ロキは簡潔に事の経緯を説明した。


「うーーん、それは厄介ねぇ。まず雷くんが除外なのは正解だと思うわ」


 ロキと同じく雷はあり得ないと判断した。雷の精霊がどれだけ人間嫌いなのか、逆に気になってきたな。


「残るは闇か時。闇ちゃんには1回しか会ったことがないのよねぇ。でも、闇ちゃんは権能の関係で人間ちゃんには祝福はしないみたいだから、違うんじゃないかな?」

「つまり私が会ったのは時の精霊ということですか?」


 サラマンドラ様は先ほどまでのハイテンションモードではなく、真面目な顔で頷いた。


「時を司る精霊、クロノスくん。ロキくんは会ったことがないよね。……彼はなんていうか、悪い精霊ではないけど色々と謎なんだよねぇ。突然アタシの家に来て、

『似合うと思うよ』って言いながら大量の服を渡してきたりするんだ。ヴィアちゃんもよくもらうって言ってたよ!」


 クロノス様はお金持ちなのかもしれない。その財力をロキにも分けてほしい。

ちなみに「ヴィアちゃん」とは水の精霊のことらしい。


「服をプレゼントされるのか……」


 これもだよ、とサラマンドラ様はジャケットを指差す。気に入っているんだろうな……


 話を聞いた感じだと、優しいけれど不思議な精霊のようだ。


「前に、今まで一度も祝福をしたことがないって言っていたよ。闇ちゃんと同じで権能関係か、雷くんみたいな極度の人嫌いかと思っていたけどなぁ。ルーシェちゃんの成人を待つっていうのも気になるわね。他に覚えていることはないかな?」


 もう一度記憶を遡ってみる。幼少期のことって意外と覚えていないものだな。

うーん……あ……


 誰かに消されていた、精霊と会ったときの記憶が蘇ってきた。


「8歳の時に隣の国で迷子になったことがあるんです。そのときに優しそうなお兄さんが声をかけてくれて…」


 そうだ、どうして忘れていたんだろう。あんな特徴的なお兄さんのことを。


 私が8歳の時、隣の国で豊穣を願う祭りが開催され、家族で参加したのだ。

ちょっとした出店があったり、たくさんのお花が飾られていた。


 初めての外国への旅行で、私はすごくテンションが上がっていた。1人で好き勝手移動して、家族とはぐれてしまった。


「お母様? お父様?」

「おや、キミは迷子かな?」


 声をかけてくれたのは、中性的な顔立ちで雪のように白くて長い髪を持つ、美しいお兄さん。

格好は他の参加者と同じような服装だったけれど、違和感を感じた。

まるで彼1人だけ絵画の中から脱け出して彷徨っているようだった。

 

 お兄さんの質問に対して


「家族が迷子になっているんです」


 と言うと


「それは大変だ。お兄さんが一緒に探すよ」


 そう優しく言ってくれた。


 2人で手を繋いで一緒に歩いた。

そして、すぐに家族と再会できたのだ。


 そして、家族に彼のことを紹介しようとしたときには、既にどこかに行ってしまっていた。


 旅行から帰ってきた数日後、お兄さんは私の部屋に現れた。

部屋のドアを開けたら

「やぁ!」と笑いながら立っていたのだ。


 前世の記憶が戻っていれば秒で部屋から逃げ出すし、本当は人を呼ぶのが正解だったのだろう。

しかし一度助けてくれたこともあり、私は警戒せずに誰も呼ばなかった。


 その時はたくさんお話をした。内容は他愛もないことばかりだ。好きな食べ物とか、兄や姉と一緒にイタズラをして怒られたこととか。


 彼は楽しそうに話を聞いてくれていたが、突然、私に怖いことはあるかと聞いてきた。


 私は「死ぬのが怖い」と言った。


 無意識に、前世で経験してしまった死に怯えていたのだろう。


 お兄さんは「そっかぁ」とだけ言った。

 彼は部屋を出て両親のいるところへ行き、何か呪文のようなものを唱えてから


「キミが成人したら祝福を贈ろう」


 と言い残して帰っていった。


 その日以来、両親は私のことだけは最低限のことしかしてくれなくなった。


…思い出したことを話し終わったら、サラマンドラ様はため息をついた。


「お得意の暗示をかけているあたりとか、かんっぜんにクロノスくんだ。ロキくん、顔、顔やばい! 殺気を隠せてないよ。今の君は運命の精霊なんだから落ち着いて! 昔のように暴れるなんてやめてよ!?」


 サラマンドラ様が必死にロキを宥めている。

 私の過去を聞いてここまで怒るとは……とも思ったが、彼は精霊としてクロノスの行動が許せないのだろう。真面目で良い精霊だもの。


「ルーシェちゃん、ご両親は今も暗示をかけられたままってこと?」

「はい。今も私のことはおざなりにしています」


 ロキは冷静さを取り戻していたが、また少し殺気が出てきていた。

 彼は昔、何をしていたのか気になる。ヤンチャ系精霊だったのだろうか。


 サラマンドラ様は私のことを優しく抱きしめてくれた。


「ごめんなさいルーシェ。精霊が人間の生活、人生に悪影響を及ぼしてはならない。大精霊様にお願いして暗示を解除する方法を探すわ」


 サラマンドラ様は先ほどまでのギャル系お姉さんモードではなくなっていた。

これが本来の彼女の姿なのかもしれない。


「ありがとうございます、サラマンドラ様」


 クロノス様は優しい笑みで祝福を贈ると告げたのだ。あの時の彼に悪意はなかった。

だから私がどうなろうと恨むことはない。

だけど、両親に暗示をかけたのは家族として許すことはないだろう。


「ロキ、殺気がまだ収まってないよ」


 そういうとロキは深呼吸をしていた。


 クロノス様は神出鬼没らしく、どこかに定住しているわけではないらしい。

「他の精霊にも声をかけてみるね」

とサラマンドラ様は言ってくれた。


「結構時間が経っちゃったね……そろそろ帰りな! また会おうねルーシェちゃん!」

「はい! ありがとうございましたサラマンドラ様!」


「ルーシェちゃんなら様付けじゃなくていいよん!ロキくん、ルーシェちゃんをよろしくね☆」

「……あぁ分かっている」


 今回は自然と夢から覚める感覚がした。

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