【怪異ファイル02】ティネリ庭園 その6

 庭園は人が手入れしている庭でも見かけないくらい、本当に怪異事件の現場なのかと疑うくらい美しいものだった。

 生き生きとした緑色の葉。ピンク、ホワイト、パープル、イエロー、そしてレッドといった様々な色の薔薇。どの薔薇も瑞々しく潤いがあり、ここだけが150年前という時間の定義を忘れているのではないかと思うほどであった。禍々しい雰囲気は全く無く、逆に清らかな気さえもする。


「まじでここ、怪異事件の現場なんか……?」

「お前の気持ち、ガチで分かるぞ……」


 瑞々しい芝生の上を奥へ奥へと歩いていく。さく、さわと音を立てて芝生は鳴る。

 パープルの薔薇、時には赤と白が入り交じった不思議な薔薇の横を通り、少し開けた場所に出た。


 そこには、今でも不可能だと言われている青い薔薇が咲いていた。青い薔薇は一際美しく、輝きを放っていた。しかし、それを目に入れた瞬間、禍々しい、負のオーラのようなモノが全身を包み込む。シモンの体には一気に吹き出た冷や汗がびっしょりと覆っていた。


「……お出ましだぜ」

「わァってるよ」


 青薔薇の植木の奥から肌色のしかし黒っぽい大きな塊が顔を出す。


――スコー、シュコー


 呼吸音だろうか。怪異はマスクでも被っているのか。ウィルは身構え、文言を口にした。


『鞘なる我より出で賜うて、其の身を顕せ給へ』


 そう言い手袋を外すと、手の甲には前に見た腹に描かれていたような赤い紋様があった。掌から刀が現れる。

 シモンも何時でも魔法が繰り出せるように構えていた。


 黒く煤けた肌色だと思っていた肌は、陽の光を浴びるとその全貌が顕になった。内臓のような肉を体に巻き付け、肥大したかのようにぐちゃぐちゃで赤黒かったのだ。呼吸音だと思っていたシュコーという音。それもマスクをしているからではなく、口だと思われる部分に肉が絡みついていた。服装は恐らく緑に近いカーキ色のズボンを履いている。所々に血痕は付着していたが。

 濁った灰色の瞳でシモンとウィルを見据える。


「ぉあ、庭を荒らずやづは、ゆ許ざない……」


 そう言うと、恐らく手と思われる部分で持っている大きなシャベルをシモン達に向かって振り翳してきた。


「ヤァッパリこうなるかぁ! 『フライ』!」

「あ、てめ自分だけ飛ぶなんて、ずりぃ! っ、おっとぉ!」


 シモンは飛行魔法で空中に避難し、ウィルは凄まじいジャンプで避けた。

 ウィルが文句を垂れている間、シモンは思案していた。


(この様子だと庭に傷ができた途端、あの肉塊は今よりも暴れるだろうな……そうなると易々と火系の魔法は使えないな。動きを封じる方向性で行くか……)


 そしてシモンは手を翳した。


「凍てつけ、『アイスバインド』。おい! ウィル! 今回は火は使わないっ、分かったなあ!?」

「は? 燃やした方が早えだろ!」

「いいから言うこと聞け!」


 肉塊の足元は先程シモンが放ったアイスバインドにより凍りついていた。それでもシャベルを振り回し、動こうとする。


「うばああああぁぁぁぁぁ! 庭荒らじばおでがおいはらうぅぅぅぅ!」


 肉塊の絶叫を聞いたウィルが空中にいるシモンに向かって叫ぶ。


「おい! どうすんだよ! っておい、聞いてんのかァ!」

「もしかして、あの肉塊……庭師のジデフじゃないか……?」

「はァ!? なんでジデフって分かるんだよ! 他にも庭師なんているだろ! ……あ!」


 シモンの呟きに不満だらけのウィルだったが、日記のことを思い出してすぐさま納得した。そんな会話も束の間。足元の氷をシャベルで割り解き、ジデフと思われる肉塊はずどずどという音を立てて地上にいたウィルに向かって突進していく。


「ディネリお嬢だまの為にいぃぃぃぃぃ!」

「おっと、こいつはジデフだわ。そろそろ、いくぜぇ! 祈天丸キテンマル食ってヨシ!」


 大きく振り上げられたシャベルをウィルの頭上に落とす。ウィルはそれを軽々と避け、シャベルの上にひょいと降り立つとその勢いのままにジデフに向かって腕の上を伝って走って行った。ジデフはウィルを振り下ろそうと躍起になって暴れる。

 ウィルはジデフの頭の部分に到達すると揺さぶられながらも刀を大きく振りかぶり、ジデフの頭を真っ二つに割った。


「ぅばあぁぁぁぁぁぁ……!」

「やったか……?」

「……いや、まだだ」


 ジデフの絶叫を聞き、シモンは安堵の声を上げるが、ウィルの顔はまだ剣呑なまま。

 

 そして、

「なあ、お嬢様。そろそろ出てきてくれないと……お前の庭師、消滅させるぞ?」

 とウィルは口にした。


 シモンは「はぁ!?」と声を荒げるが、ウィルはお構いなく言葉を紡ぐ。


「というか、お前も庭師が好きならさ、普通はこんな姿になってまで苦しんでるならすぐに助けるはずだろ? この惨状はお前のせいでもあるんだからどうにか落とし前つけろよ」


 そしてビューッと風が吹いた。薔薇の花びらが舞い上がる。


『そ、うですね……私も頑張らないと。貴方様にこれ以上祈っても仕方がないですもの』


 透き通るような少女の声がした。青い薔薇のすぐそばに少女はいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る