【怪異ファイル02】ティネリ庭園 その5

***

 翌朝――ガーデメイア辺境伯邸前

 朝の冷たくも爽やかな風が吹き抜け、木々が揺れる。天気は快晴、怪異事件に挑むには格好の日だった。


「何かあった時のライター、濃度AAAトリプルAランクの聖水、携帯食、塩、サバイバルナイフ……まあ、こんなもんか」


 シモンが荷物確認をする。それにウィルは耳を傾けていた。1つの単語に眉を寄せて反応する。

 

「なんで塩?」

「塩はな、悪いモノを払う力があるんだよ。怪異対策課の連中は結構愛用してんだぜ?」

「はーん、食べるだけじゃないんだ……」

「そろそろ行くか……」


 シモンは全ての荷物を太腿や腰に着けたホルダーやバッグに入れる。収納魔法は怪異がいる世界――異界では使えない可能性が高いからだ。今回は異界の報告は無いが念の為である。



 

 シモンがガーデメイア辺境伯邸のアンティーク調の黒い鉄格子の扉を開ける。


――ギィィ


 やはり錆びているからか建付けの悪い、くぐもった音が聞こえる。

 1歩、敷地内に入る。ざわざわと建物に絡まった蔦の葉が揺れる。


――さわさわ、ざわざわ、


 まるでお喋りをしているかのように葉は擦れ合う。


「ふーん、低級霊も居るみたいだな……まあでも悪意は感じない」

「ほっといても大丈夫な奴らだろ?」

「ああ、さっさと庭に行くぞ」

「ケッ、そのつもり〜」


 やはり誰も人が住み着かなくなってから150年。低級霊達が集まっていた。先程の葉の擦り合う音は低級霊達の話し声だったのだろうか。


 シモンとウィルはつかつかと奥に進む。老朽化しているものの、当時の豪華絢爛だった影は残っていた。赤い絨毯がありとあらゆる廊下に引かれ、所々に写真が飾られている。


「これが、ガーデメイア辺境伯一家か……やはり、ティネリお嬢様がいないな……」

「おーい、シモーン」

「あ"ん、どこに行ってんだ、お前!」


 シモンが写真を観察していると少し離れた部屋の中からウィルの声がした。シモンは急いで駆け寄る。その部屋は豪華、と言えるものではなくかなり質素なものだった。朽ちているが、どうやら住み込みの使用人の誰かの部屋らしい。


「これ見てみ、多分誰かの日記」

「はぁ……お手柄だが、1人でどっか行くな……」



 

○月✕日

 今日から辺境伯邸で使用人として働く事になった。この御屋敷には何故だか分からないが少女がいる。ロベルト様は少女の事は居ないもの、もしくは卑下する対象として見ろと言われた。逆らったら首が飛ぶ。可哀想だが俺もみんなと同じ行動をしよう。


○月✕日

 なんだ、少女は目が見えないのか。神から光を与えられなかった存在如きに情けを掛けていたとは、俺もバカだな。



「……昔の奴らはみんなこうなのか?」

「みんなじゃねえよ……多分」



○月✕日

 今日はロベルト様のご子息であるネリス様に褒められた。庭園の方にあるテーブルで少女が遊んでいたのだ。俺は頬を思い切り叩いてやった。そしたらネリス様が「お前は思い切りがいい」と言って褒めて下さったのだ。やはり思ったのだが、庭園はとても手入れが行き届いていて綺麗だった。あの庭師の男は気に入らないが。


○月✕日

 あの庭師が少女に話しかけているのを見た。そんな神に見放された存在に優しく接していたら、俺たちまでバチが当たるだろう。俺はそう思い、ロベルト様に報告した。ロベルト様はいつもすぐにクビにするのに、今回は困っている様子であった。ロベルト様曰く、あの庭師の男は領内でも一二を争う腕利きの庭師らしく、切るのは勿体ないと言っていた。ロベルト様が仰るなら仕方がない。



「ティネリお嬢様はかなりの虐待を受けていたようだな」


 

○月✕日

 少女が庭で死んだ。俺は見ていた。ネリス様が少女を突き飛ばして、少女は頭を石にぶつけて動かなくなった。ネリス様は動揺しているようだったが、俺は清々していた。俺だけでは無い、ここにいる庭師以外の使用人全員と辺境伯一家様もだ。そうだ、死体の処理は庭師に任せよう。庭は庭師のお箱だからな。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 こんなはずじゃ⬛︎⬛︎⬛︎た。なんで⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎殺すんだ。⬛︎⬛︎⬛︎の番だ。なん⬛︎⬛︎神様、だすげて、だすけで、たすけて、だず

(所々赤黒くなっており読めない)



「これで終わりか。なるほどな、大体分かったぞ。ティネリお嬢様が死んだ事で何かが起こった。それで使用人含めガーデメイア辺境伯邸にいた全員が殺された、という事か」


 シモンは胸糞悪そうに、しかし真実を掴もうという気持ちが眼差しから感じられた。ウィルが他の棚やらなんやらを物色しながら言葉を発する。

 

「でもさぁ肝心な所は血で何にも見えないもんな〜どうすんだ、これから」

「そりゃあもちろん、庭園に行こうと思ってたぜ。真実を俺は見届けたいからな」

「やっり〜それでこそシモンってか?」


 シモンはニヤリと悪い笑みを浮かべると、部屋から出た。ウィルも今から怪異に立ち向かうと言うのに満面の笑みである。


 1階の廊下を進むと、光が見えた。その光を目印に進む、すると、アーチ状になっている廊下に出た。右手にはお目当ての庭園である。


「わあ……すっげ……」


 ウィルが感嘆の声を上げているのにはシモンも納得した。その庭園は見事なものだったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る