【怪異ファイル02】ティネリ庭園 その4

***

「すみません、こんな物しかお出しできなくて……」

「いえいえ! お茶まで出して頂いて、ありがとうございます。このお茶……いい香りですね。どこのものか教えて頂いても?」

「! これはガーデメイリスのもう1つの隠れた特産品と呼ばれている茶葉で、『ガーデメイル』という名の茶葉です! この茶葉の特徴としては芳醇なローズマリーの甘い香りが漂い、ジンジャーの効果で体が温まります! この地域は1年を通して冷える地域なので、この土地ではよく飲まれるんです!」


 さっきと違い、お茶の話になるとマシンガンのように話し出す女性――ジョアナはまだ話し足りない様子だった。シモンは若干引き気味にだったが、共感できる部分もあったそうで。

 

「お茶は奥が深いですからね……」

「! シモンさんはもしかして分かる人で!? 実は私お茶好きが高じて茶葉専門店をやっているんです。もっとガーデメイリスの茶葉に興味を持ってもらいたくて……」

「あの……お茶で盛り上がるのはいいけどよ、本題は?」

「あ」


 ウィルはこのままでは話が進まないと思ったのだろう。2人の間に割って入った。ジョアナは恥ずかしそうに前のめりになっていた体を引き下げ、シモンはわざとらしく咳払いをする。老婆――ジュリアは楽しそうにニコニコ笑っている。


「ジュリアさんは、ガーデメイア辺境伯の事をどこでご存知に?」


 シモンは真剣な表情になり、ジュリアに問いかける。ジュリアはホホホと笑い、こう答えた。


「知るも何も、私はガーデメイア辺境伯邸で働くメイドの1人でしたから。なんでも知っております」

「え、ばあちゃん、何歳なの!?」

「おい、ウィル!」


 ウィルの不躾な態度にシモンが声を荒げるが、ジュリアはそれを制した。


「ホホホ……若くて可愛らしい……私は妖精とのクォーターなの。そうねぇ、200年は生きているわ」

「そうなの!? 私も妖精の血混じってるの!?」

「そうよそうよ……お前も少しだけだが妖精の血が流れておる」

「なるほど……それで先程の『あの子を助けてほしい』といのは?」


 ジョアナが興奮気味に喜んでいるのを横目にシモンは質問を続ける。


「私はティネリお嬢様、ガーデメイア辺境伯の実の娘であるお嬢様のメイドだったの」


 シモンは眉を顰める。


「ガーデメイア辺境伯には息子しかいなかったと記録されていますが……」

「そうよ。だってティネリお嬢様はだったもの」

「ティネリ、か……」


 シモンは思い出していた。唯一の生還者が口にしていた「ティネリの為に」という言葉。


「ふーん、やっぱりねぇ」

「は、何がやっぱりだよ」


 ウィルは何かを知っているらしいが、しらを切る。


「ティネリお嬢様は生まれつき目が見えなかった。この時代ではね目が見えないのは異端の存在だった。神から光を与えられなかった存在、という認識だったの。だからお嬢様はいない存在、生まれなかった存在として扱われたわ」

「それと怪異とどのような関係が?」

「ティネリお嬢様は辺境伯からも実の母親からも虐待されていたの。それを私が庇った、それで私はやめさせられたの……だから最後、ガーデメイア辺境伯一家とその使用人たちが失踪した理由も何もわからない」


 ジュリアは膝掛けをギュッと握って、自分の不甲斐なさを悔やんでいるようだった。


「では、そのティネリお嬢様と関係が深かった人物などはいましたか?」

「……そうね、庭師のジデフという大男と仲が大変よろしかったわ。ティネリお嬢様はバラの咲き誇る庭が大好きで……よく庭の中に隠れていた」


 そしてジュリアはヨヨヨと涙を流しだし、こう言った。


「きっとティネリお嬢様はガーデメイア辺境伯邸にずっと縛られているんだわ。だから助けてちょうだい……! 可哀想なお嬢様を助けて……」


 シモンとウィルは涙を流し、懇願するジュリアを見て、誓った。


「きっと、ティネリお嬢様を助けて見せましょう」

「ダァイジョウブだって、ばあちゃん! 俺が怪異なんてボコボコにしてやるからさ!」


 ウィルはにししと笑い、シモンはそんなウィルを見て呆れる。そして、シモンとウィルはガーデメイア辺境伯邸に向かった。





***

 時刻はもう夕方。ガーデメイア辺境伯邸は緑の蔦や葉などが鬱蒼と生い茂り、その影が建物に落ちる。灰色の石造りの煉瓦に夕陽が差し込み、オレンジ色に反射する。灯りのない邸宅は黒く濃い影が伸び、覆い尽くし、光が当たらない部分は黒一色であった。


「……流石に、この時間帯に行くのは危ないな。夕方や夜は怪異が活発化する時間だ、何があるか分からない。やめておこうか」

「おう……シモンはさ、ティネリの為にって言葉、最初はなんだと思ってた?」

「はぁ!?」


 シモンはウィルの突然の質問に声をひっくり返した。


「……こう、なんだ、ティネリって存在がいて、そいつの為にならないといけないと思い込んでる、みたいな感じ。今もそう思ってるけどよ」

「ふーん、なるほどねぇ……」


 ウィルはやはり何か知っている様子で、暗闇の中、僅かな光魔法で照らされた表情は暗かった。

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