【怪異ファイル02】ティネリ庭園 その3
シモンはチッチッチと人差し指を振り、勿体振る。
「ここに住んでる人ってのは昔から代々住んでるか、宝石のために最近住み出したかどっちかだ。見分け方だが人物なら服装や持ち物、店なら建物の古さを見ろ。例えばあの店とあの店」
シモンが2つの店を指差す。2つとも宝石店だった。
「右の方の宝石店、あれは多分できて新しい。左は随分と年季が入ってるな」
「何でそんな事わかんだよ! 一緒じゃねえか」
ウィルは何も分かっていないらしく、本人もシモンが分かって自分が理解できていないという事実にキレ気味である。シモンはウィルの頭をガシガシと撫で回す。
「まぁそんな怒んなって! これは経験なんだよ、すぐに分かってたまるかっての。右の方、あれはなチェーン店の宝石店だ。ああなんで知ってるかって言うと、さっきちらっと見たからだ。内装も随分綺麗でな、建物の様式も最近のものだった。左の方は個人経営の宝石店。大体な、個人経営は年数がやたら長いところが多い。年数が長いイコールこの土地に長く住んでいるという事になる」
「じゃあ、個人経営の店を重点的に聞いて行けばいいって事か?」
「ま、そっちの方が手っ取り早いわな。道行く人の見分け方だが……まぁ最終的には勘だ。すまん、説明できん」
「沸切らねぇ言い方だな、言い始めたんなら最後までちゃんと言えよ……」
ウィルはシモンの回答に不満たっぷりらしい。眉間にガッツリと皺を寄せて、可愛い顔が鬼のような表情に変わっている。ウィルは急に何かを思い出した顔をする。
「あっ……こんなこと聞きたいんじゃないんだった……情報わんさかって、例えばどんなのだ?」
「ああ、そうだそうだ。忘れてた」
ウィルもシモンも肝心の情報収集の成果について忘れていた。
「ガーデメイア家の当主、ロベルト・ガーデメイア辺境伯は寡黙な人だったが、民衆には優しく慈悲深い人であったという記録があった。そのご老人の亡くなった父親の手記には庭は事ある度に公開され、食事も振る舞われたと描いてあった。ガーデメイア家の家族構成は当主、夫人、息子の3人家族で使用人の数は少なく、庭師を含めて20人ほどだったらしい」
「ふーん、大体資料で見た情報と一緒だなぁ」
「俺にもそのチョコくれ」
ウィルは先ほどもらったチョコバーを頬張りながら心底興味なさげに話を聞く。シモンにチョコを渡すと、シモンは嬉しそうにチョコを頬張った。
「他にはぁ?」
「んー、魔法石が取れなくなって没落した訳だが、本当に本人たちだけが消えるかのようにして家具やら財産やらなんやら全て残した状態で失踪した見たいらしい。ちょっとそこが気になるな」
「ふーん、あ」
ウィルはいきなり走り出した。行き先には大量のリンゴを袋に入れて、随分年老いた老婆を乗せている車椅子を押している女性がいた。袋が限界らしく、今にも破れそうな状態であった。ウィルが付く前に袋は限界を迎えてしまう。
「きゃ……」
「セーフ、じゃない!」
「いや、セーフだよ」
いきなり現れたウィルと破れて転がり出すはずだったリンゴに驚く女性。ウィルは完全に落としたと思っていたが、
「わ、すごい! ありがとうございますっ!」
「いいよいいよ、俺よりもこいつに感謝してやって」
「えへん!」
「いひひ……」
ウィルが得意げに胸を張って見せると車椅子に座っていた老婆が小さな声だったが笑った。その事に女性は驚く。
「おばあちゃん、声出して笑うなんていつぶりだろ……」
「……お前さんたちは、怪異討伐屋かい?」
「怪異討伐屋……とは少し違いますが、五行国連合怪異対策課の者です。ティネリ庭園……いや、ガーデメイア辺境伯邸の庭園についての怪異事件を解決しに参った次第です」
「おばあちゃんが喋ってる……」
(この婆さんは家では喋らないんだろうな……)
シモンは女性の隠しきれない驚きの表情に対して、こんな事を思っていた。老婆が嗄れた口をもごもごと動かして言葉を紡ぐ。
「おお……五国連の……それならば、あの子を助けておくれ……」
涙を流しながら皺皺の手を伸ばしてウィルに縋り付く。老婆は何か知っている様子だった。
「お嬢さん、ここではなんですので場所を移動しませんか? そこのカフェでもなんでも構いません。お金は我々が持ちますので」
「……い、いや、おばあ……祖母がこんなに何かを伝えようとするのは珍しい事なので、うちにいらして下さい」
そうこうして、シモンとウィルは老婆――ジュリアの家に行く事となった。
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