【日常01】ディナーのひととき
五行国連合怪異対策課、検査・研究練――
「チクッとするよ~」
「はい、バンザーイ」
「次こっちね~」
あっちこっちに連れていかれ、血を抜かれ、検査する毎日。オマケに子供扱いの日々。
白一色の部屋。薬品の匂いがする、清潔感のある検査・研究練のある一室でウィルは椅子に座って次の検査を待っていた。
「疲れた……」
ウィルは疲れていた。それはもう、今まで生きてきた中で1番と言っていいほど。プラスでイライラもしていた。
(怪異と戦った後より疲れた……これが人間と関わるということなのか……? めちゃくちゃ子供扱いだし……)
「あらぁ、ウィルちゃんじゃなぁい! どう調子は!」
カレン・ゴーヴァイドである。今日も華やかなメイクを施し、胸筋がさらけ出すように改造された白と黒の軍服のような制服はビシッと決まっている。
高いヒールと元々身長が高いのが相まって、座っているウィルには巨人のように見えた。
「これが大丈夫なように見えるのか……?」
「うふふん、人間に揉みくちゃにされるのは初めてでしょう?」
「これが揉みくちゃ……」
ウィルが青い顔で見上げると、カレンはにこと笑って隣に座ってきた。
「まあ、ウィルちゃんは人間と関わることも学ばないと。これもいい経験だわ。次の検査で全ての検査は終わりでしょ?」
「たぶんそうだけど……」
「アーノルド先生がディナーに誘えってうるさくって、もちろんシモンも一緒よ。ちなみに強制ね」
「まじかよ……」
一難去ってまた一難。
華麗なステップでその場を去って行くカレンを横目にウィルは今日で1番大きなため息を吐いた。
***
「おかわり!」
「それで何回おかわりしたんだ……お前は欠食児童か……」
シモンはワインを嗜みながら、この世の物とは思えない目でウィルを見ていた。アーノルド・ハインリヒはその様子をいつもと変わらぬ笑みを浮かべて微笑ましげに見ていた。カレンも美味しそうにパスタを頬張りながら微笑ましげに見る。
シモンがこの表情をするのも、それもそのはず、ウィルは裕に大人2人前をたいらげていたからだ。ウィルは13歳の子供である。そう、子供なのだ。
(これからが怖い……主に食費が怖い……給料アップしてくんねえかな……)
シモンはこれからの事を考えてとてつもなく怖くなった。
「野良猫くんはよく食べるねぇ……感心感心」
「んぐ……仕方ねぇだろ、こちとら毎日検査漬けで疲れてんだよ! もぐ」
「もう〜ウィルちゃんってばお行儀が悪いわよぉ! 食べ終わってから話す! これ常識よ!」
「かー! うっせ!」
シモンは食費のことは忘れて、皆のやり取りを困り気味に、しかし楽しげに見ていた。その様子に気付いたのか、アーノルドがつんつんとシモンを啄く。
「あのシモンが楽しそうでは無いですか。どうしたんです? 珍しい」
「あん? 俺だって楽しそうにもするわ、お前は俺の事なんだと思ってるんだ。せ・ん・せ・い?」
「ははは、冗談ですよ冗談。あんまりこうして全員で集まる機会もないですしね。大いに楽しんでください。まあ、でも野良猫くんはたぶん重大な何かを抱えています。あなたが今後それに巻き込まれるかもしれない」
アーノルドは柔らかな表情から一転、眉をひそめた真剣な表情で灰色の瞳を見せる。
「私は死ぬ事を許しません。絶対に何があっても生きて帰ってきて下さい。これは上司としての命令でもあり、師としての命令でもあり、友人としての命令でもあります。アイリーンの分まで生きてください、いや、アイリーンのためにも生きなさい」
「……了解。そんな事は分かってらぁ。俺はあいつの為にも生きないといけない。大丈夫さ、あいつが何であろうと、俺は簡単には死なない。ま、この話は置いといて、今は楽しもうぜ!」
シモンはアーノルドの空のグラスにワインを注ぎ、自分のグラスをカチンと当てて乾杯をした。アーノルドはフッと薄ら笑いを浮かべ、呟いた。
「……杞憂だったみたいですね」
その後、ウィルは大人5人分を食べ切り、ぐーすかと眠ってしまった。アーノルドとカレンは酒にめっぽう強いので酔ってはいなかったが、終始楽しそうであった。
ウィルを抱えたシモンはアーノルドとカレンと別れると、五行国連合のための島である五行島の街を歩いていた。
華やかなネオンの灯りが輝く表通りを抜け、少し仄暗い裏通りを通る。五行島は五行国連合職員とその家族のための島なので、元々人通りは少いが、裏通りはほとんど人が通らない。物思いにふける時はここを通ることにしている。情けない顔を人に見せないために。
「分かってる、アイリーンの為に俺は全力で生きるって決めてんだ。分かってるさ、先生……」
シモンは亡き妻の瞳を彷彿とさせる魔法石のブローチを握り締め、ウィルの頭を撫でた。
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今回は日常回でした。束の間の休息。彼らの旅はまだまだ続く。
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