第34話 あなたって人は…
家の前まで来ると、なぜか私の家に一緒に入って来た。
「そうそう、これ、ルイーザさんが持たせてくれたんだ。時間が経っても食べられるパンみたいだよ。せっかくだから、今日の夜ご飯に食べよう。その前に、ミレイにはきちんと話をしないといけないね」
真っすぐと私の方を見つめるアレック。
「ミレイ、俺の屋敷で、使用人たちに酷い目にあっていたのだね。暴言を吐かれ、粗末な食事しか与えられず、挙句の果てに大切なおばさんの形見まで捨てられて…ミレイがやせ細っている事に気づきながらも、放置していた俺の責任だ。ルイーザさんにも怒られたよ。本当にすまなかった」
アレックが申し訳なさそうに謝ると、机の上に見覚えのあるブローチを置いたのだ。
「このブローチは、お母さんの形見の…」
「使用人が捨てたブローチを回収したんだ。まさかあいつらが、皆あの女の手先だっただなんて…俺はミレイを幸せにすると誓ったのに…それなのに俺は、ミレイを傷つけ苦しめた。本当にすまなかった」
アレックが何度も何度も頭を下げている。
「アレック、どうかもう謝らないで。私も使用人たちに酷い事をされている事を、あなたに話さなかったのも悪かったのだし。ごめんなさい、あなたに心配をかけたくなくて…私…」
「ミレイが俺に言いだせない状況を作ったのも、俺自身だ。それからこれ、あいつらからもぎ取った慰謝料だ。ミレイは1ヶ月も酷い目にあったんだ。どうか受け取って欲しい」
目の前には、見た事のないほどの大金が…
「慰謝料とはどういう事?」
「俺の家の元使用人と、元使用人を操っていたあの女、クリミアは裁判で裁かれ、労働施設に送られたよ。これから一生をかけて、働きながら慰謝料を払っていく事になる」
「それじゃあ、クリミア様はアレックとは結婚しないの?だって…」
「あの女の言う事は、真っ赤な嘘だよ。ただ…俺は使用人に興味がなく、あの女に任せっぱなしにしていた事を、本当に後悔している。ミレイ、本当にすまなかった」
「お願い、アレック。もう謝らないで。それからこのお金は…」
「これはミレイに支払われた慰謝料だ。裁判で決まった事だから、受け取ってもらわないと困る。こんな金で、ミレイの心の傷が癒える訳ではない事は分かっているが、どうか受け取ってくれ」
「分かったわ…裁判で決まったのなら、有難く受け取っておくわね。でも、たとえあの人たちが裁かれたとしても、私は王都には…」
「分かっているよ。もうミレイは、王都には戻らない事も。だから俺も、王都には戻らない。ミレイ、迎えに来るのが遅くなってすまなかった。これからは俺たちの故郷、この村で、一緒に暮らそう」
「この村で、一緒に暮らす?」
「そうだよ、俺はもう総裁でも何でもない。ただのアレックだ」
この人は一体、何を言っているの?総裁でも何でもない?ただのアレック?
「アレック、一体何を言っているの?あなたはこの国の英雄で、この国のトップなのよ」
「その件なんだが、総裁の座はグディオスにお願いしてきた。そして革命軍も、抜けたんだ。だから俺はもう、ただのアレックだよ」
「どうして?どうしてそんな事をしたの?だってあなた、必死に貴族や王族と戦って、今の地位を手に入れたんじゃない。それなのに、どうして?今すぐに王都に戻って。お願い、アレック」
アレックが5年かけ、必死に戦って来たお陰で、今の平和があるのだ。そしてアレックが自分の力で築き上げてきた地位。それを簡単に捨てるだなんて…
「俺は地位や名誉なんていらない。ぜいたくな暮らしもしたくない。ただ、ミレイが傍にいてくれることが、一番幸せなんだよ。ミレイ、どうか俺と結婚してくれ。これからはずっとミレイの傍で、ミレイの笑顔を見て生活したい。それが俺の幸せでもあり、俺が望んだ未来なんだ」
アレックが真っすぐ私を見つめ、必死に訴えかけてくる。
「私は…」
「ミレイ、頼む。俺はミレイがいないと食事も喉を通らない、眠る事も出来ないんだ。それにたとえミレイに拒まれたとしても、もう俺は王都に戻るつもりはない。俺はこの村で、ミレイが振り向いてくれるまで、いつまでも待つつもりだ」
「アレック…あなたって人は…」
気が付くと瞳から涙が溢れ出している。どうしてアレックは、いつもそうなのだろう。いつも勝手に自分で決めて…
村を出るときも、帰ってくるときもそうだ。
「アレックのバカ…どうしてそんなに勝手なのよ…私はただ、アレックに幸せになって欲しいだけなのに…」
「俺の幸せは、ミレイがいないと成し遂げられない事なんだ。ミレイ、迎えに来るのが遅くなって本当にすまなかった。昔の様に、また一緒に暮らそう。この村で」
「…どうしてあなたはいつもそうなの。いつも何でも自分で決めてしまって…それでいて、いつも私の事しか考えていなくて…」
私は知っている、アレックは一度決めたら、私が何を言っても絶対に曲げない事を。この人はもう二度と、王都に戻るつもりはないのだろう。
「ミレイ、ごめん。俺はいつもミレイを泣かせてばかりだな。こんなどうしようもない俺だけれど、それでもミレイが大好きなんだ。どうか俺の傍にいて欲しい」
「私も、アレックが大好きよ。今も昔も、ずっとずっと大好き」
「ミレイ、ありがとう!もう二度と、ミレイから離れないから」
アレックがギュッと私を抱きしめてくれる。この温もりが温かくて心地いい。ゆっくり私から離れたアレック、そのままどちらともなく近づき、唇が重なったのだった。
※次回、最終話です。
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