第74話 昂る気持ち
食材を買って帰ってくると、風呂から上がった奏多がソファに横になっていた。
「ただいま。……奏多?」
「すぅ……すぅ……」
あ……寝てんのか。やれやれ、しょうがない奴だな。こんな所で寝てると、風邪ひくぞ。
可哀想だけど、無理にでも起こして……。
「くぅ……くぅ……」
「…………」
……気持ちよさそうに寝てるな。それに……呼吸する度に揺れるお胸様の、なんと素晴らしいこと。てか揺れすぎ……まさかとは思うがノーブ……いやいやいや、考えるな俺ッ。せっかく買い物で気持ちをリフレッシュしてきたのに……!
と、とにかく、こいつはこのまま寝かせてやろう。
ソファの背もたれに掛けていたタオルケットに手を伸ばし、上から掛けてやる。これでよし。……いやよろしくない。タオルケットがおっぱいの形に膨らんで、余計体のラインが際立ってる。
……ごくり。
だだだだダメだろっ。『男友達』で大親友で最愛の彼女とは言え、寝てる女の子に手を出すのは……!
そ、そんなことより飯だ、飯。奏多が起きてくるまでに、リクエストのダイエットメニューを作っといてやらないと。
はぁ……ここ最近の奏多の無防備さ、心臓に悪い。
「っし。完成っと」
ダイエット飯なんて初めて作ったけど、思ったより簡単に作れたな。というか、普通におかずを作るより簡単で時短だった。
あとは奏多が起きるのを待って……って、あれ?
「奏多、起きてたのか」
「…………」
え。あれ、怒ってる? なんで?
謎にジト目で睨まれ、思わず狼狽えてしまった。俺悪いことした……?
「京水。ぼくはお風呂に入るって言ったよね」
「あ、ああ、言ったな」
「ここで寝てたよね」
「うん、寝てた」
「手ぇ出せよ!」
……………………え? 何言って……?
奏多の言葉の意味がわからず困惑していると、奏多は地団駄を踏んで頭を掻きむしった。
「爆乳の! 彼女が! 風呂入ってんだよ! 突入して来いよ! 無防備で寝た振りしてんだよ! 手ぇ出せよ! 手ェ!! 出せ!! やァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
「ご、ごめんなさいっ」
思わず身を正して謝ってしまった。
怖い。余りにも怖い。奏多って怒るとこうなるのか。
相当怒り心頭なのか、顔を真っ赤にして胸倉を掴み上げて来た。
「こちとら民宿に泊まった時からムラついてんだよ! 焦らしプレイにも程があるでしょうが!!」
「ごもっともで!」
「それとも何か! ぼくの体はもう飽きたか!? やっぱり駄肉のついた体は抱けないってか!?」
「とても魅力的だと思います!」
「じゃあ抱け! 飽きるまで抱け! ぼくは飽きさせないよう女として努力するから!!」
「承知しました!」
「よし!!」
一通り言って満足したのか、奏多は手を離して肩で息をした。
けど……今こいつ、とんでもないことを全力で叫んでいたように聞こえたんだけど、気のせいだろうか。……いや、どう考えても気のせいではないよな。
言いたいことを言って冷静になった奏多が、「ん?」と片眉を上げ……ぼふんっ! 瞬間湯沸かし器が如く、顔を真っ赤にした。さっきの怒りとは、別の意味で。
「ぁ……い、いやっ。その、これは違くて……! あ、違わないけどさ……!」
「ど、どうどう。落ち着け、奏多」
「いいいい、今のは勢いと言うかっ。感情が昂って言いたいことを言っちゃっただけで……! ぼ、ぼく、こんなはしたない女の子じゃ……!」
髪の毛の端を両手でもしゃっと掴み、目をぐるぐるさせる奏多。さすがの俺でも、こういう時にどういう対応をすればいいのかはわかる。
奏多の傍にそっと近付き、腕を広げてゆっくりと抱き締める。
一瞬だけ体を硬直させた奏多だが、すぐ力を抜いて俺の体に身を預けて来た。
「ごめんな、淋しい思いをさせて」
「んーん。……ぼくも、ごめん。ぼくのためにお料理してくれたのに、気持ちを押し付けちゃって」
「いや、俺が」
「ううん、ぼくが」
「「……ぷっ。ふふ……はは」」
どちらともなく笑い、ようやく互いの気持ちが落ち着いて来た。
そうなってくると……やっぱり、昂った気持ちというのは仲直りしたいという方向にシフトするもので。
俺の情欲を察した奏多が、心配そうな顔をする。
「いいの? ご飯、冷めちゃわない?」
「温め直せばいいさ。それに、今の俺は奏多の気分」
「……ソファでいい?」
「もちろん」
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