第69話 恋というもの

   ◆杠side◆



 キョウちゃんから離れて、宿に戻る。

 なんとなく部屋には戻らず、薄暗い大広間の休憩スペースに行き、窓際で空を見上げた。

 アタシの気持ちとは裏腹に、今日も綺麗な満月が空を漂っている。本当、憎たらしい。

 そっとため息をつき、膝を抱えて目を閉じる。

 思い出されるのは中学の3年間の思い出。鮮烈で、愛おしくて、尊い……アタシたちだけの、青い記憶。

 ミヤも一緒で、毎日が楽しかったなぁ。



「失恋……か。はは、思ったよりキツイや」



 あのパンケーキ屋で、カナタに恋敵宣言はしたけど……正直、あの子に勝てるビジョンが浮かばなかった。それくらい、同性のアタシから見てもカナタは魅力的すぎる。キョウちゃんが夢中になるのもわかるよ。

 そんな子とキョウちゃんは、すでに恋人同士。アタシが割って入るような隙は、これっぽちもなかった。

 でも……諦めきれなかった。キョウちゃんが言っていた通り、アタシは諦めが悪いから。

 横恋慕と言われようと、人の男にちょっかいかける嫌な女と言われてもいい。キョウちゃんのことが、それくらい好きだったから。

 もしも……もしもアタシが先にキョウちゃんと出会ってたらなんて、ありえないことばかり考えてしまう。

 あ、ダメだ。感情が込み上がってくる。せっかくキョウちゃんの前では我慢できたのに。

 部屋にはみんなもいる。ここで泣いて戻ったら、キョウちゃんに迷惑が掛かっちゃう。それだけは絶対にダメ。

 ぐっと喉と眉間に力を入れて我慢する。と、そこに……。



「小紅ちゃん……?」

「ッ。……カナタ……?」



 なんと、カナタがやって来た。

 やば、泣いてるところ見られちゃダメだ。



「ど、どうしてここに?」

「京水が戻ってきたんだけど、小紅ちゃんが戻ってこなかったから、様子見に……」



 部屋に入って来たカナタはいろいろ察したのか、何も言わずにアタシの前に座る。

 無言で月を見上げる。特に気まずいとは感じず、居心地のいい空気が流れていた。

 けど、いつまでも沈黙でいるわけにはいかないと思ったのか、先にカナタが口を開いた。



「戻ってきた京水と、今の小紅ちゃんを見て……なんとなく、何があったかわかった」

「……まあ、お察しの通り。はは、ダサいよね。アンタにあれだけ啖呵切っておいて、終わりは一瞬なんだから……」



 自虐的な笑みがこぼれてしまう。でも、こうでもしないと気持ちが暴れそうになる。そんなことしちゃいけない。特に、カナタには。

 ――その時だった。



「ダサいわけないじゃん……!」

「え……? わっ……!?」



 急に前のめりになったカナタが、アタシの胸倉を掴み上げた。

 見上げたその顔に現れているのは、怒りの感情。静かな激情に、アタシはつい言葉を飲み込んだ。



「もし、ぼくより君が先に京水と出会って、もう付き合ってて、ぼくが後から出会って、あいつのことを好きになっちゃったとしても……多分ぼくは、諦められない。好きって感情を抑えられない。この感情が、この世で最も尊くて、美しいものだって知っているから」



 ぽつ……ぽつ……。カナタの瞳から、アタシの顔に、熱いものが零れ落ちる。



「そんな素晴らしいものを知ってる君が、ダサいわけないじゃないか……!」



 ――あぁ……こんなに強い感情をぶつけられたの……あの時の、キョウちゃん以来だっけ……。

 胸倉を掴むカナタの手をそっと包み込むと、気持ちが落ち着いたのか手を離して椅子に座った。



「ご、ごめん、ぼく……」

「ううん。大丈夫」



 カナタの言う通りだ。このままじゃ、キョウちゃんを好きになったのが間違いだったんだって思うところだった。……ありがとう、カナタ。

 月を見上げ、思いの丈を吐露する。



「アタシ、キョウちゃんを好きになってよかった」

「ど、どうしたの、急に」

「ふふ。……アンタみたいないい子が選ぶくらい、キョウちゃんは魅力的だってわかったから。アタシの目は間違いじゃなかったって……ホッとした」



 これでカナタがちょっとでも嫌な女だったら、横からかっさらえるのになぁ。まあ、そんな隙もないか、はは。



「……小紅ちゃんは、どうして京水のことを好きになったの?」

「特に劇的なことがあったわけじゃないよ。……アタシの家って、母子家庭でさ。父親はどっかの女と浮気して出てった。ママは毎日1000円だけ置いて、夜職に行ってたんだよ」



 というか、今も行ってる。もう最後にどんな会話をしたのかだって、覚えてない。



「で、中学に上がった時には反抗期真っ只中。でも悪い奴らとつるむ伝手も勇気もなかったからね……落ちてた煙草とライターを拾って、誰もいない夜の公園で人生初の煙草を決めようとしてたわけ」

「そ、それは……」

「アタシだって、悪いことだってわかってる。でも、もうどこにも逃げ場がなかったんだよ」



 家でも1人。学校でも1人。どこか行く当ても、頼れる親戚がいるわけでもない。

 そんな時、だった。



「ちょうど、公園に通り掛かったのがキョウちゃんでさ」

「あ……止めてくれたんだ」






「ビンタされた」

「ビンタされた!?」






 あはは。そんなリアクションにもなるよね。



「思い切り、フルスイングでね。で、めっちゃ叱られた」

「あの馬鹿……加減ってもんを知らないんだから」



 頭を抱えて、項垂れたカナタ。この子も、本当に優しい、



「でも……嬉しかった。今までアタシのことを叱ってくれる大人も、心配してくれる友達もいなかったから。でっかい感情を初めてぶつけられて……いつの間にか、恋してた」



 あぁ、そうだよ。単純だよ悪いか。

 ……好きって、そういうもんでしょ?



「だからさっき、カナタに怒られて、めっちゃ嬉しかった。あの時のキョウちゃんみたいで」



 カナタの手を取り、真っ直ぐ彼女の目を見つめる。同性でも魅力的に感じる……神秘的に美しい女の子。



「ありがとう、アタシを見てくれて」

「……やっ、やめれ、照れるっ。……あ」

「え?」



 カナタが向いている方を向く。と、そこには……ワーッという顔をしている、レナとスミの2人がいた。



「いや、あの……心配して見に来たんだけど、まさか2人がそんな仲だったなんて……」

「お邪魔しちゃ悪いから、部屋戻ってようか、純恋」

「だ、だね。それじゃあ、ごゆっくり……!」

「「待って!?」」


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