第64話 乙女心、察する
◆◆◆
「んあぁ〜っ! 遊んだー!」
夕日が水平線に沈みかけている、ロマンチックな時間帯。萬木の元気活発な声がビーチに響いた。
もうシャワーを浴びて、水着から私服に着替えている。肌色ばかり見ていたからか、私服姿が懐かしく思えるな。
まだ海が恋しいのか、奏多は脚を水につけて、九条と笑いあっている。
あいつも楽しかったみたいでよかった。いい思い出になったな。
奏多の分の荷物も一緒にまとめていると、杠が俺の隣に座った。
「海、楽しかったな、キョウちゃん」
「だな。本当はミヤも連れてきたかったんだけど、あいつ部活忙しいらしくて」
「仕方ないって。いつまでも、昔のままじゃいられないじゃん?」
……確かにな。昔のまま遊べるのは、あと何年になるのやら。
受験。大学。就職。社会人……そんな先まで一緒に遊べる保証なんて、どこにもない。
でも……そうであって欲しいと、思う。
「そ、それでさ、キョウちゃん……今日のアタシ、どうだった……?」
「え?」
……何が?
杠に目を向けると、サンセットを反射して輝く銀髪を弄り、潤んだ目を向けてきた。
俺を見つめてくる視線に、熱が篭っている。
な、なんでそんな目で見てくるんだ……?
艶やかな唇が動き、熱い吐息を漏らす。
こんな顔……今まで、見たことなかった。
まるで、奏多が彼女として、俺に向けるような顔で……ぁ……?
「杠。お前まさか──」
「おーい、おふたりさーん。そろそろ行くよー」
いつの間にか戻ってきていたのか、九条がこっちに手を振る。やば、話しすぎた。
急いで荷物をまとめてみんなの所に向かうと、杠は萬木と九条に混じって話し始めた。
「京水。小紅ちゃんと何話してたの?」
「いや……今日のアタシ、どうだったって聞かれた」
「ふーん……なんて答えたの?」
「答える前に呼ばれたから、なにも」
「そか」
それだけ言い、無言になった奏多。
これは、聞いてもいいんだろうか。奏多なら気付いてそうだし……でもこれを、奏多に聞いてもいいのだろうか。
「いいよ。なんでも聞きなよ」
「……顔出てた?」
「めっちゃわかりやすくね。そうでなくても、京水の考えてることはわかるよ。大親友で、彼女だからね」
助かる。けど、そんな奴に杠のことを聞くのはいいのか……?
「えっと……杠の好きな人ってもしかして……俺、だったりする?」
「うん。って、ようやく気付いたの?」
「まあ、はい」
思えば、前兆はあった。と言うか、今までの反応を思い返すと、俺を意識してる反応が多かった気もする。
九条と萬木も気づいてたっぽいし……気付いてなかったの俺だけ? 凹むわ。
「てか、よく1人で気付いたね。京水の鈍感さなら、教えるまで絶対気付かないと思ってたのに」
「俺を見る時の顔が、奏多そっくりだったから」
「へぇ〜。どんな顔?」
「ベッドの上での女の顔」
「……〜〜〜〜ッ! い、言い方考えろ、アホ!」
ほげっ! わ、脇腹チョップすな。いてぇからっ……!
一頻りつついて満足したのか、顔を真っ赤にして腕を組んだ。
「まったく。デリカシーの欠片もない」
「すまん」
今のはねーわ。反省。
「で、乙女の恋心に気付いた君は、どうするのかな?」
「どうもしないぞ。いつも通り、奏多一筋」
「そ……そう。そう言われるとめっちゃ恥ずかしいね。……けど、小紅ちゃんは君のこと諦めてないよ。パンケーキ屋でも言ってたでしょ? 諦めが悪いってさ」
そうなんですよねー。言ってたんですよねー。
俺は奏多を愛してる。奏多も俺を離さない。杠は横恋慕って形で俺にちょっかいをかける。
三角関係って奴? 俺、彼女いるけど……いいのか、それ。
「いいんじゃないの」
また、俺の心を見透かしたように呟く奏多。
横目で奏多を見ると、真っ直ぐ杠の方を見つめていた。
「死ぬほど恋焦がれて、ずっとずっと想い続けてきた相手に彼氏がいても、どうしても諦められない。そういう恋も、あるんだよ」
「……それを許すのか、奏多は?」
「もしぼくたちが結婚してたら、ぶん殴ってでも諦めさせる。でも今の京水は、口約束でぼくと付き合ってるだけ。君の心が小紅ちゃんに移ったら、ぼくの魅力が足りなかった。それだけだよ」
…………。
「なんか……大人だな、お前」
「んなわけないじゃん。言ったでしょ。ぼくは負けず嫌いなんだ。ぼくはぼくの全てを使って、君を繋ぎ止める。ぼくの君への愛は、君が思ってる以上に重くてドロドロしてるってこと、忘れないように」
「はは。了解」
奏多がどれだけ俺を好いていてくれるかが伝わってきて、つい笑みが零れた。
と、その時。前の方を歩いていた萬木が、こっちに向けて大手を振っていた。
「おーい、カナたん。キョウたん。はやくはやくー」
「あーい。ほら京水、行こ」
「ああ」
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