第56話 海、現着

 電車に揺られること数十分。そこから歩くこと20分ちょっと。ようやく、お目当ての海水浴場に辿り着いた。

 夏休み中なだけあり、さすがの客入り。あっちを見ても、こっちを見ても、人だらけだった。

 海岸沿いを見れば、香ばしい匂いを立ち上らせている海の家や屋台が建っていて、前には多くのお客さんが列をなしている。



「おわっ。これは酷いな……場所取りもできなさそうだし、もう少し早く来ればよかったか?」

「あー、その点は大丈夫大丈夫。ほら、あれ」

「え?」



 萬木が指さしたところを見ると、海水浴のお客が寄り付かない一角があった。というか、鉄製の柵で覆われているような。



「何あれ?」

「近くで大きな夏祭りのイベントがあるんだけど、『和菓子 よろずうち』も協賛として関わってるんだよね。そのよしみで、ビーチにも協賛シートを設置してくれたらしいよ」

「マジか」



 こんなに賑わうビーチで場所取りのお願いまで突き通せるなんて、『和菓子 よろず』ってもしかしてすごい店……? これからもめちゃめちゃ買おう。

 シートに近付くと、俺たちの他にも10数もの協賛シートが設けられていた。一つ6畳くらいの広さだろうか。俺たち5人では、十分すぎるくらい広い。

 萬木が組合のお偉いさんらしい人と少し話し、『和菓子 よろず様』というプレートのあるシートまで案内された。

 屋台や海の家にも近いし、専用の着替えテントまで用意してくれている。休憩用のリクライニングチェアまである上に、頭上にある日よけ用の大型テントのおかげで、直射日光も当たらない。だいぶ涼しいぞ。



「すっげ~……」

「私も、ここまでの好待遇は初めてかも」

「アタシ、申し訳なくなってきた……」



 奏多、九条、杠もポカーンと口を開けている。

 俺も申し訳ない気持ちはあるけど、正直ありがたい気持ちがでかい。

 見よ、この魅力的すぎる女性集団を。まだ水着ですらないのに、周りからの視線を集めまくってるんだぞ。これが普通にシートを広げてたら、野獣たちの格好の的にされてただろう。

 今日は最後まで全員を守り抜く覚悟だったからな……これなら俺も、思う存分遊べそうだ。

 先にブルーシートの上に上がった萬木が振り返ると、俺たちの背後を指さした。



「それじゃ、最初はキョウたんから着替えてもらおうかな。さすがに1人用だし」

「ん? ああ、わかった」



 というか、複数人用でも1人で着替えるわ。男だよ、俺。

 ありがたく、先に海パンに着替えさせてもらい、外に出る。男だから、脱いで履くだけ。一瞬だ。

 海パン姿で外に出ると、九条がへーっという顔をした。



「氷室くん、もしかして結構鍛えてる?」

「暇なとき、少しだけな。って、あんま見んな。恥ずいから」



 そんな見られて喜ぶような趣味はないし、なんなら最近油断して肉がついて来たんだから。



「ヒューッ。兄ちゃん、いい体してまんなー」

「やめろ。ダル絡みすんな」

「あうっ」



 ニヤニヤしてくる奏多にデコピンする。お前はほぼ毎日見てるでしょうが。てかそんな絡み方どこで覚えた。

 奏多のおじさんムーブに呆れていると、座り込んだ杠が顔を手で覆って目を隠していた。……あ、嘘。指の隙間から見てる。



「何してんの、杠?」

「お気になさらず」

「でもよ」

「お気になさらず」

「お……おう。そうか……?」



 こいつはあまり突っ込むと厄介なことになりかねないから、スルーでいいか。

 シートに座ると、今度は九条が立ち上がった。



「それじゃあ、次は私が着替えてこようかな」

「あれ? 麗奈、いつもウチに譲ってくれんのに、今日はどうしたの?」

「……後半になると、ハードルが上がって着替えづらくなるから」

「察した」



 九条の悲しそうな目が萬木と奏多に注がれる。

 うん。2人ともでっけーからなぁ……奏多はもちろんだけど、萬木も身長の低さと相まって、普通よりでかく見える。

 杠も、中学の頃からスタイル抜群で有名だった。水泳の授業でも、男たちの視線を一身に集めてたっけ。

 確かにハードルが高い。でも九条の平たいお胸も需要あるさ。だから気を落とすことはな――



「今、クソ失礼なことを考えてる脳みそはこれかい?」

「滅相もございません」



 だからアイアンクローで顔面掴まないで。痛い痛い痛いッ……!


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