第3章 共に夏の思い出を──

第49話 約束の夏

「……あっつ」



 照り付ける太陽光に恨みがましい視線を向けつつ、デカいかばんとキャリーケースを持って焼けたアスファルトの上を進んでいく。

 噴き出る汗が気持ち悪い。ひたいに張り付く髪がうっとうしい。

 何度かタオルで汗を拭うが、拭いても拭いてもキリがない。今年の夏の暑さは異常だ。

 夏の暑さに負けず、無心になって慣れ親しんだ道を行くと、目的地である奏多の家が見えて来た。

 家の前には、こっちに向けて大きく手を振っている奏多の姿がある。まさか、この暑さの中、外で待ってたのか?



「おーい、京水ー!」



 弾ける汗と太陽を思わせる笑顔が、爽やかで眩しい。当然、それ以上に噴き出している汗で、着ているシャツが体に張り付いてて、目のやり場に困るが。

 手を挙げて応えると、待ちきれないとばかりにこっちに向かってきた。



「おっす」

「おっす! たはは、待ってたよっ」

「家の中で待ってろって言ったろ。外暑いんだから」

「京水を想ってたら、居ても立っても居られなくて……!」



 おめめキラキラ~。どんだけ楽しみにしてたんだ。……奏多の気持ちも、わかるけどさ。

 思わず笑みを浮かべ、奏多の頭に手を乗せる。



「じゃあ、今日から夏休み終わるまで、よろしくな」

「うん、よろしく!」



 そう。今日から待ちに待った、長い夏休み。

 約束通り、夏休みの間、俺は奏多の家にお世話になる。

 本当は奏多の勉強モチベを上げるための口実だったんだけど……まさか母さんが許してくれるとは思わず、こうして大荷物を持ってやって来たのだ。

 大親友で、恋人で……一線を越えた相手と、制限付きの同棲。

 別の意味で体が熱くなる。今が夏でよかった。顔の赤さがバレないから。



「暑いから早く家上がろ。エアコン利かせてるからさ」

「わ、わかった」



 奏多が俺の手からキャリーケースを奪うと、足早に家に向かっていった。

 少しだけ身軽になった体で、俺も奏多に続いて家に入る。

 靴を脱いでリビングに上がると、涼しい風が体を撫で、一気に体温を奪った。汗のせいで若干冷たい。でもこれが心地いい。夏って感じがする。



「はぁ~、疲れたぁ」

「京水、ジジイみたい」

「うっせ」



 こちとら大荷物を持って移動してきたんだ。少しは労ってくれ。

 荷物を置くと、奏多がコップに入れた麦茶を差し出してきた。



「はい。ちゃんと水分取らなきゃダメだよ」

「ありがとう」



 ちょうど喉渇いてたんだ。干からびて死ぬところだった。

 コップを傾け、一気に呷り――



「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 吐き出した。

 え、ちょ、しょっぱ!? 何これめっちゃしょっぱい!?



「あっはははははは! 引っ掛かったな京水! それはただの麦茶じゃない。塩を溶かした、塩麦茶だよ!」

「げほっげほっ! おまっ、これ塩の調整してないだろ……!」

「うん。大さじ3くらい?」



 いたずらのレベルがガチすぎる!

 急いでグラスに水道水を溜めて、何回か口の中をゆすいでから飲み込んだ。うえ、塩辛すぎて口の中が変な感じする。



「お前な……!」

「たはは。ごめん、ごめん。……でも、こうでもしないと落ち着かないというか……ね?」



 頬を掻いて恥ずかしそうに微笑む奏多。

 奏多の言いたいことは、なんとなくわかる。俺たちの関係は、前みたいに大親友として……『男友達』として、遊ぶってだけではない。一線すら越えた、恋人同士なのだ。

 多分、奏多なりの気持ちの落ち着かせ方というか、いたずらを仕掛け合える関係も忘れないっていう、意思表示なんだろう。

 やれやれ。不器用と言うかなんと言うか。

 ……待てよ。もしや夏休みの間、どこで仕掛けられるかもわからないいたずらに怯えて過ごさなきゃならない……のか?



「どうしよう。帰りたくなってきた」

「なんで!? ご、ごめんよ、そこまで怒るなんて思ってなくて……!」



 別に怒ってはいないけど、どうやら俺が怒ってると勘違いしているっぽい。

 こんなにうろたえてる奏多、珍しいな。……あ、そうだ。



「許してほしいなら、それなりの態度があるよな?」

「ど、DOGEZA……?」

「違う」



 彼女に土下座させて喜ぶ特殊性癖は持ち合わせてない。だから当然のように膝をつくな。

 奏多を立たせると、少し近付いて顔を近付けた。

 急に顔を近付けたからか、奏多の顔が急激に赤くなる。



「きょっ、きょきょきょきょ……!?」

「キスしてくれたら、許す。もちろん奏多から」

「へぁ……!?」



 俺の言葉に、奏多は変な奇声を上げる。

 奏多と付き合い始めてから、大抵は俺からキスをすることが多かった。せがまれることがあっても、奏多からキスされることは少ない。

 だからだろうか。自主的にキスをするのに慣れていないから、奏多の顔がゆでだこのように真っ赤になっている。



「ぅ……ぅぅ。むりぃ……は、はずかしいぃ……!」

「もうキス以上もしてるのに?」

「ぅぅぅぅぅ……!」



 目に涙を溜めて、弱々しく睨みつけてくる。

 仕方ない。慣れるまでは、俺からやってやろう。

 奏多の顎に指を当て、くいっと持ち上げる。突然の顎くいに目を丸くしたが、ぎゅっと目を閉じてキス待ち顔をした。

 そのまま、至近距離で待つこと数秒。いつまでもキスされず、奏多はそっと目を開けた。



「……?」

「キス待ち顔、可愛いよ」

「ッ!」



 何か言いかけたが、その前にキスして口を塞ぐ。

 一瞬抵抗してきたけど、すぐ力を抜いて俺の頭に腕を回してきた。反応がいちいち可愛いなぁ。

 奏多が、『男友達』としていたずらを仕掛けてくるなら、受けて立つ。

 俺は恋人として、奏多をからかってやろう。

 ふっふっふ……覚悟するんだな。俺はやると言ったらやる男だぞ。


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