第44話 不安になる恋人

   ◆◆◆



 安全に、スピーディーに奏多を運び、自宅のベッドに横にさせる。

 枕元の体温計を借りて熱を測ると、『38.4℃』。がっつり風邪を引いていた。

 勉強疲れに加えて、さっきまで喧嘩してたんだ。緊張の糸が切れてもしょうがない。



「はぁ……はぁ……きょーすい。くるしぃ……」

「待ってろ。今冷えピッタン持ってきてやるからな」



 奏多の家にあるものは、どこにあるかは大抵覚えている。冷えピッタンと解熱剤、スポーツドリンクを持って、奏多の元へ戻ってきた。



「これ頭に貼るぞ。幾分か楽になるから」

「ん……ぁりがと……」



 ひたいに冷えピッタンを貼り、サイドテーブルに水と薬を置く。



「飯作るけど、何が食いたい?」

「……ふれんちとーすと……」

「わかった。待ってな」



 奏多の頭を撫で、ちゃんと布団を被せてキッチンに向かう。

 フレンチトースト……確か風邪の時に食べるといいって聞いたことがある。

 幸い、材料は揃ってたはずだ。美味いフレンチトースト作ってやろう。待ってろよ、奏多。


 フレンチトーストの準備をしながら、ふと昔のことを思い出した。

 そう言えば、昔奏多が風邪を引いた時、うちの母さんがフレンチトーストを作ってやってたっけ。奏多の両親は料理ができないから。

 もしかしたら、風邪を引いて思い出したのかもしれないな。

 幸い、俺の作るフレンチトーストは母さん仕込みだ。奏多の要望通りの味になるはず。……多分。

 ソースに付けた食パンを焼きながら、昔に思いを馳せる。

 そうだ……喧嘩をした後、よく風邪を引いてたんだ。気持ちが昂って一気に落ち着くと、高熱を出して寝込んでた。何度も喧嘩したからな、よく覚えてる。



「昔から、そこは変わらない……か」



 嬉しいなんて思っちゃいけないけど、変わらない奏多を見ると顔が綻んでしまう。

 こんなことを思うのは、いいことなんだろうか。それとも、悪いことなんだろうか。


 こんがり色づいたフレンチトーストの上に冷凍フルーツ、はちみつをかけて部屋に戻る。

 戻ってきた気配に気付いたのか、奏多がこっちに視線を向けた。



「悪い、起こしちゃったか」

「んーん……いー匂い……」

「食欲があるのはいいことだ」



 サイドテーブルにフレンチトーストを置き、奏多の体を支えて起こす。



「ごめんね……めいわく、かけちゃって……」

「全然そんなことないから、謝るなよ。ほら、ご希望のフレンチトースト。奏多の好きなはちみつも掛けてるからな」



 膝の上におぼんを乗せると、嬉しそうに口角を上げた。



「すごい……宝石みたい……もったいなくて、食べられないよ……」

「奏多のために作ったんだ。ちゃんと食べなよ」

「ん……いただきます……」



 ちゃんと手を合わせて、一口サイズに切り分けているフレンチトーストを口に運ぶ。

 咀嚼しないでも食べられるくらい柔らかいけど、奏多は何度も咀嚼し、ゆっくり飲み込んだ。

 もう一口。また一口。

 無言で頬張る奏多を横で見ていると……目から、大粒の涙を流した。



「か、奏多っ? 大丈夫か? やっぱり辛いか……?」

「ち、ちがっ……そーじゃなくてね……すごく、しあわせだなーって。しあわせすぎて……こわくて……うぅぅ」



 流れる涙を、袖で拭う奏多。

 あぁ……奏多の気持ち、なんとなくわかる。

 幸せなのはいいことだ。でも幸せすぎて、怖くなることはある。こんな幸せを享受していいのか……不安になるんだ。

 奏多は基本的に自己評価が高いから、メンタルがマイナス方面に振りきれることはないんだけど、風邪のせいでだいぶメンタルがやられてしまってるらしい。



「いいじゃないか、幸せで。誰にだって、幸せになる権利はあるだろ?」

「そうだけど……そうだけどぉ……さっき傷つけちゃった君に、こんなに優しくしてもらえる権利……ぼくにあるのかなぁ」



 はぁ……まだ言うか。普段はこんなに落ち込むことなんてないのに、今日は重症だな。

 仕方ない。もっと元気付けてやるか。

 おぼんをサイドテーブルにどけると、おもむろに奏多を横にし、そのまま布団の中に潜り込んで一緒に寝転んだ。



「だ、だめだよ、きょーすい。かぜが……」

「気にすんな。大丈夫だから」

「でも……」



 不安そうな顔で見上げてくる奏多を抱き締め、あやすように背中を叩く。



「不安な時は傍にいる。辛いことは分けてくれ。苦しい時は愚痴を言え。――もう一度言う。俺だけは何があっても、絶対に奏多の味方だから」

「きょーすい……ぅん……ぁりがと。……だいすき……しゅぴぃ」



 ようやく安堵したのか、奏多は俺にしがみついたまま寝落ちしてしまった。

 俺のせいで、奏多を不安にさせちゃったからな。ちゃんと安心させて、尻ぬぐいはしないと。

 ……そのせいで、ベッドからは出られなくなっちゃったけど。好きな人の布団の中で、好きな人と密着して抱き合ってるって……生殺しが過ぎる。


 今にも爆発しそうな欲望と情欲を必死になって抑え、無心でいつまでも奏多の頭を撫で続けるのだった。


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