第37話 友との約束

 昔からトレードマークだった、赤毛のウルフヘア。耳のピアスは少し増えているように見える。

 よれたピンクのジャージは、昔から変わらない。中学時代、学校にも着て来てたっけ。

 杠小紅ゆずりはこべに。俺とミヤの、中学校の友達だ。見ての通り、ギャルというよりヤンキーに近い。



「久しぶりだな、杠。またピアス増やしたか?」

「ぅ、ぅん。ちょっとだけ、ね……」



 話しかけると、杠は髪を弄って頷いた。

 まさかこんな所で会うとは思わなかったなぁ。こいつの家、もっと遠かったはずなのに。



「およ? キョウたん、ベニちゃん知ってるん?」

「中学の友達。萬木こそ、杠のこと知ってるんだな」

「常連さんなんだー。話してたら仲良くなったんだよにぇ。もうウチらとはマブよ、マブ」



 萬木が杠の隣に座って、にこやかに肩を組む。ウチらってことは、九条も知ってたのか。ここにも意外な繋がりが。



「なんでも好きな人がここの和菓子好きで、食べてたら自分も好きに──」

「ちょっ、スミ!? そのこと言わないでって言ったよね……!」

「もがっ」



 顔を真っ赤にして萬木の口を塞ぐ杠。ほほう、そうだったのか。このガサツな女にも好きな人がねぇ。どんな奴なのか、お目にかかってみたいもんだ。



「ほらほら、純恋。あんまり小紅にダル絡みしないの」

「ほげっ。えへへ、ごめんごめん」



 九条に引き剥がされて、軽く謝る萬木。絶対悪いって思ってないだろ。

 杠は真っ赤な顔で息を吐くと、俺を見てまた髪を弄った。



「え、と……キョウちゃん、久しぶり……」

「そうだな。卒業式以来か? 元気してたか?」

「う、うん。元気……」

「そっかそっか。いやぁ、杠の連絡先知らなかったから、連絡のしようがなくてさ。結構心配してたんだぞ」



 うちの高校落ちた時、かなり落ち込んでたからな……正直、最後は接しづらかったってのが本音だ。一緒の高校目指した奴が落ちたのに、今までと同じノリって訳にもいかないからな。

 けど、そっか。元気なら何よりだ。

 杠の隣に座ると、体を硬直させて少し距離を取られた。相変わらず、緊張しいだな。



「……ねえ、麗奈。あれどう思う?」

「どう思うも何も、見たまんまとしか」

「だよねぇ……」

「まったく、氷室くんの鈍感さには呆れるばかりだよ」



 え、何もしてないのに2人にジト目で睨まれたんだけど。解せぬ。本当に何もしてないよ、俺。



「きょ、キョウちゃんは変わらないね。でも、昔より……落ち着いた感じがする、かな」

「そうか? 俺は昔からこんなんだぞ」

「そ、そうだね。……キョウちゃんは、昔から変わらない」



 こちらの笑顔を誘うような微笑みを向けられ、心臓が高鳴った。相変わらず可愛いな……こいつがミヤを好きってわかってなかったら、思わず恋に落ちる所だ。

 まあ、俺には奏多という最愛の人がいるけど。……最愛の人がいるのに他の女性に心高鳴るって、まずいよなぁ。自重しよう。



「えっと……そっちの高校はどうだ? 友達、できたか?」

「グサッ」



 ……え、ぐさ?

 自分の胸を抑えてうずくまる杠。ど、どうした、いきなり。



「へ、へへ……ともだち……とも、だち……」



 ジャージの中に膝を入れて丸まってしまった。やばい、震脚で地雷踏み抜いた気分。



「氷室くん、謝った方がいい」

「ごめんなさい」



 光の速度で謝った。だって杠の空気が淀んでるんだもん。



「ん〜っ。かわゆいねぇ、ベニちゃん。だいじょーぶ、ウチらがマブダチだよ〜っ」

「んぎゅっ」



 萬木に抱きしめられ、満更でもない顔をする。まあ、ボッチじゃないだけよかった。……そのピアスの量だから避けられてるのでは? という疑問は口にしない。それこそ野暮ってもんだ。



「九条、これからもアイツと仲良くしてやってくれ。あれで寂しがり屋なんだ」

「もちろんだとも。なぜかほっとけない雰囲気があるんだよね、小紅って」



 あ、わかる。最初アイツと関わり始めたときも、そんな感じだった。

 最初に話し掛けたのはミヤだけど。……アイツ、結構勇気あるよな。この見た目の奴に話しかけるの、相当勇気いるぞ。


 そこに、萬木のお母さんが、俺たちに和菓子の詰め合わせを見繕ってくれた。うわ、結構な量。いつも買う量の倍はある。



「こんなにいいんですか?」

「ええ、もちろん。いつもご贔屓にしてもらってますから。小紅ちゃんにも、少し多めに入れて置いたからね」

「ぁっ、ぁりがとぅ、ございましゅっ……!」



 杠は恐縮しすぎて、何度も何度も頭を下げる。そんなに振ってると首もげるぞ。

 店を出ると、丁度商店街全体の閉店の時間なのか、店がどんどん閉まっていく。もう出歩いている人もほとんどいない。



「じゃ、帰るか。またな、萬木、九条」

「バイビー」

「また明日、氷室くん。小紅もまたね」



 2人に手を振られ、杠は無言で頷く。まだまだ人見知りは治らないか。

 杠と並んで、人気のない商店街を歩く。

 こうして杠と一緒に歩くの、いつぶりだろう。基本、ミヤと3人でいたからな。

 商店街を抜け、左右の分かれ道に出る。俺が左、杠が右だ。

 女の子を1人で帰すわけにはいかないし、送って行ってやるか。

 そう考えていると、杠が口を開いた。



「ぁっ、ぁにょっ……!」

「ん? どうした、杠」



 俺と一緒にいることに慣れないのか、杠はわたわたとジャージのポケットから、スマホを取り出した。



「れ、れ、れ、れ……!」

「ああっ、連絡。いいぞ、俺も交換したいと思ってたんだ」

「!!」



 連絡先を交換できるのが嬉しいのか、目を輝かせて見開く。見た目はヤンキーみたいなのに、リアクションは素直でいい子なんだよな、こいつ。

 互いに慣れない連絡先の交換をすると、アドレス帳に『杠小紅』の名前が追加された。

 また1人、アドレス帳が増えた。なんか感動。



「ね、ねえ、キョウちゃん。ぁの……そ、そろそろなつやすみ、だけど……予定とかある……?」

「ん? まだ本決まりはしてないけど、暇な時はあると思うぞ。そうだ。またミヤも誘って、遊びに行くか?」

「ぅ、ぅんっ。行く、行きたぃ……!」



 はは、嬉しそうな顔しちゃって。そんなにミヤに会いたいのか。可愛い奴だ。



「九条と萬木も誘おうな」

「ぅんっ、ぅんっ……!」



 もちろん、奏多も誘う。奏多くらいのコミュ強なら、杠ともすぐ仲良くなるはずだ。

 でも彼女ってことは言わないでおいてやろう。気を使わせちゃうかもしれないからな。



「後は俺の知り合いにも声を掛ける。いいよな?」

「も、もちろんっ。ぇへへ……楽しみ……♪」



 余程楽しみなのか、両頬を手で覆ってほにゃっと顔を崩す。

 つっても、まずは赤点を回避するところからだから……頑張らなきゃいけない理由が、また1つ増えたな。



「そ、それじゃ、ゎたしはここで……ま、またね、キョウちゃん」

「ん? 送るぞ」

「だだだだっ、だぃじょぅぶっ。ま、またね……!」



 あっ。……行っちまった。相変わらず、脚の速い奴だ。

 仕方ない、俺も帰るか。母さんに、夏休み中、奏多の家に泊まっていいか、土下座しないといけないし。……今から憂鬱だ。


 ────────────────────


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

 ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!

 よろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る