第33話 あの日の誓いを、もう一度

「奏多」

「ッ! きょっ、京水……!」



 声をかけると、顔を真っ赤にしながら振り返った。嬉しそうな、泣きそうな……複雑な表情をしてるけど、逃げ出そうとはしない。昨日、九条たちといろいろ話して、気持ちは落ち着いてるみたいだ。

 周囲の野次馬が、ひそひそと話しながらこっちを見ている。いいさ、好きなだけ見てるといい。



「一緒に行こうぜ。俺たちの関係をみんな知ってるなら、一緒にいても大丈夫だろ」

「ひゃ、ひゃいっ。い、イッショ、ウレシイ……!」



 緊張しすぎて片言じゃん。どんだけ俺のこと好きなんだよ。

 思わず苦笑いを浮かべ、2人で肩を並べて学校に向かう。こうして一緒に登校するの、いつぶりだろうか。



「あの後、九条たちと話したんだろ? どうだ、まだ意識しすぎちゃうか?」

「う……まあ、うん……正直、逃げ出したいけど……ずっと、一緒にいたい気持ちでいっぱい、です……」

「素直でよろしい」



 こんなに可愛い女の子から好かれるなんて、男冥利に尽きる。

 互いに無言だが、奏多はチラチラと横目で俺を見ては、手を繋ぎたそうにしていた。男として、意識してくれてるのは嬉しいな。



「なあ、奏多。思ったこと言っていいか?」

「にゃ、にゃんでしょう」



 何を言われるのかわからないからか、奏多は身を硬直させて顔を伏せる。

 そんな責めるようなことを言うつもりはないんだけど。



「今奏多は、俺のことを恋人として意識しすぎてると思う。いや、気持ちはわかる。俺も奏多のことは、大好きな相手として見てるからな」

「そ、外でそんなこと言うな、ばか……!」

「まあ落ち着け。言いたいのは、恋人ってところに重きを置きすぎてるってことだ」

「……どういうこと?」



 俺の言いたいことがわからないのか、奏多は眉をひそめる。



「だから、俺たちの関係は恋人ってだけじゃないだろ。今までどれだけ長い間、『男友達』として……大親友として、一緒にいたと思ってるんだ」

「ぁ……」



 ようやく、俺が言いたいことが伝わったらしい。

 そう。俺たちは恋人以前に、大親友だ。恋人になって距離感を忘れたのなら、思い出せばいい、大親友だった頃の距離感を。



「俺は、奏多のことが好きだ。でも大親友とも思っている。これって、両立できないか?」

「…………」



 目から鱗とでも言うように、目をぱちくりさせた。

 頬の赤みが徐々に収まり、目の奥にキラキラとした感情が見え隠れする。

 恋人に対する『Love好き』だけじゃなく、大親友に対する『Like好き』が表に出て来た。



「そう……だよね。ぼく、ずっと君のこと、大親友だと思って……!」

「俺だってそうだ。俺にとって、奏多は恋人であると同時に……今でも大切な、大親友だよ」

「~~~~!!」



 口を真一文字に結び、美しい黒髪を振って喜びを表現する。

 そう。奏多って子は、こういう感情表現が豊かな子なんだ。それを、高々恋心だけで萎縮してしまうのは、間違っている。

 やっといつもの奏多らしくなってきた。いやぁ、よかったよかった。

 ──と、その時。急に奏多が俺の手を取り……え?



「行くよ、京水!」

「え、ちょ、奏多!?」



 手を引っ張られ、通学路を離れて脇道に入る。

 さっきまであんなに恥ずかしがってたのに、0か100しかないのか、こいつは。

 相変わらずの単純さに、つい笑みがこぼれる。ったく。仕方ない、ついて行ってやるか。






 奏多に手を引かれて走ること数分。俺たちは馴染みのある、いつもの公園へとやって来ていた。

 途中から気付いてたけど、なんでここに? 思い出の場所だからか?

 首を傾げていると、俺の手を離して、こっちを振り向いた。いつもの爛漫な笑みに、俺も釣られて笑みを浮かべる。



「奏多、どうしたんだよ。こんな場所に連れて来て」

「ん? ん~……たはは。なんとなく、京水とここに来たくてさ。居ても立っていられなくなっちゃった」



 なんだそりゃ。相変わらず、行き当たりばったりだな。

 2人で公園をぐるりと一周するように歩き、ベンチに座って空を見上げた。

 そういや、再会した時もこうして一緒に空を見上げてたっけ。たった数日前なのに、だいぶ昔に感じる。

 2人の間を風が吹き抜け、奏多が乱れる髪を押さえる。



「恋人と大親友の両立、か。そんなこと考えたこともなかった。恋人になったなら、恋人として接しないといけないって思ってたよ」

「寂しいこと言うなよ。確かに恋人として接するのもいいけど、それがすべてじゃない。俺たちの関係って、一言で言い表せるものじゃないだろ?」

「たはは、返す言葉もない」



 奏多は微笑むと、また俺の手を握った。

 もちろん俺も、指を絡ませるように握り返す。細く、柔らかく、少し力を入れたら折れてしまいそうな指だ。



「……触れる。意識の違いって、すごいね」

「緊張はしないか?」

「……ちょっとする。けど……大丈夫。君は大親友だから」



 そのまま、肩に頭を乗せて来た。まるで甘える猫のように、擦り寄ってくる。



「ねえ、京水。ここでさ、もう1度誓おうよ。昔みたいに」

「……ああ、そうだな」



 2人で立ち上がり、公園の真ん中に移動する。

 泥だらけで、傷だらけになったあの日、誓いを立てた場所だ。

 奏多と向き合い、両手を取って見つめ合った。



「約束な。どんなことがあっても、俺はお前の味方だ」

「……もちろん。ぼくも、絶対京水の味方だよ」



 奏多の目から、涙が零れる。

 親指の腹で拭ってやると、少しだけ上に向かせた。

 察した奏多は、目を閉じて俺の胸に手を添える。

 奏多を抱き寄せ……ゆっくりと、口付けを交わした。


 あの時と同じ言葉。同じ誓い。

 でも、関係は同じじゃない。


 幼馴染みから『男友達』へ。『男友達』から大親友へ。

 そして今日、俺たちは正式に……大親友から恋人へ、歩みを進めた──。


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