第27話 待ってて欲しい
◆奏多side◆
「な、ん、で、逃げるかなぁ……!」
「面目ねぇ……」
階段裏の小さい隙間で、麗奈さんと純恋さんから見下ろされて正座する。2人の落胆の顔が怖い。見れない。
だって……だって……!
「し、仕方ないじゃないかっ。いいいい意識すればするほどっ、京水が……かっこよく、見えちゃって……」
「はいはいご馳走様」
「カナち、アメリカ帰りなのにウブいねぇ」
返す言葉もない。アメリカでも、そう言った話題にはついていけなかったんだよね……いいと思った男が誰もいなくて。
思えばアメリカに行ってた時から、京水のことを想ってたのかも。元気かなとか、今何してるのかなとか、風邪引いてないかなとか……いっぱい考えてたなぁ。
……やば。ぼく、マジで京水のこと好きかも。あいつのこと考えるだけで、動悸がする。
嫌じゃない。むしろ嬉しい……離したくない感情を包むように、胸元を押さえる。
はぁ〜……ぼく、こんな意気地無しだったのか。
体が異様に熱く感じる。顔も、抑えきれないくらいにやにやしちゃって……。
「はぁーーーー……すき……」
「どうしよう。ウチ、胸焼けしそう」
「私も。今までも感じてた氷室くんへの好き好きオーラが、ここに来て歯止めが効かなくなってるね」
うそん。ぼく、好き好きオーラなんて出てたの? 気付いてないの、ぼくと京水だけ? 恥ずかしすぎて死にたい。
「奏多、どうするつもり? いつまでも逃げ回ってたら、氷室くんに愛想を尽かされちゃうよ」
「ぅぐ……まあ、そうだよね……」
麗奈さんの言う通りだ。こんなこと続けてたら、嫌われちゃうかもしれない。
そんなのは絶対ダメ。京水に嫌われたら、生きていけない。
……ぼく、こんなに京水に依存してたのか。自覚すればするほど、羞恥心で潰れそう。
「……純恋さん、京水に連絡して。3日だけ待ってって。ぼくを信じて欲しいって」
「ういっす」
純恋さんが高速でスマホを操作して、京水にメッセージを入れてくれた。
まずはこの3日間で、この感情に慣れる。ちゃんと、京水に向き合う。それしかない……!
◆京水side◆
3日だけ待ってて欲しい。昼間に萬木から来た連絡を最後に、奏多からは応答なし。
あいつがそう言うなら、待っててやるか。何があったのかは知らないけど、情緒不安定になってるみたいだし。こういう時は、そっとして置いてやるのが1番だ。
さすがに今日は、奏多の家に寄っていない。落ち着く時間が欲しいなら、いくらでも与えるのが親友だ。
おかげでと言っちゃなんだけど、久々に自室で1人、のんびりした時間を過ごしている。
けど……俺、1人の時って何をしてたっけ。
奏多が戻ってきてから、ずっと一緒にいたからなぁ。今日までが濃密すぎて、1人で何をしてたのか思い出せない。
ベッドに寝転び、天井を見上げて呆ける。
その時。耳元のスマホが震え、飛び起きた。
「も、もしもし……!」
『あ、キョウ? 僕だよ』
「……なんだミヤか」
一瞬、奏多からだと思ったじゃないか。
……いや、あいつだと思ったから、飛び起きたわけじゃないぞ。あいつが寂しがってるかなと思って急いだだけで、別に俺は寂しくない。……ないったら、ない。
『む。何さその言い方は。キョウが火咲さんと喧嘩してるって聞いたから、元気づけてやろうと思ったのに』
「誰も喧嘩しとらんわ。……待て。誰から聞いた、それ」
『誰からというか、噂になってるよ。あんなに仲良くしてたのに、1日中会話がなかったって』
「クソ噂好き共め。いい迷惑だ」
ここまで噂好きだと、呆れてものも言えない。人の不幸はそんなに楽しいかね。不幸じゃないけど。
深くため息をつくと、電話の向こうのミヤがくすくすと笑った。
『その様子だと、喧嘩はしてないみたいだね』
「ああ。喧嘩はしてない。ただ……ちょっと、奏多の様子がおかしくてな」
『へぇ、どんな風に?』
「どんな風にと言われても……顔を合わせると挙動不審になったり。顔を真っ赤にして背けたり。いつもはべたべたしてくる癖に、一定の距離から近付こうとしなかったりな」
いきなり態度が180度変わりすぎて、俺もどうするのが正解なのかわからない。今は待つしかないのが現状だ。
愚痴気味にミヤに話すと、なんか呆れた雰囲気が伝わってきた。え、何?
『キョウ……それ本気でわからないの?』
「え。まあ……うん、わからん」
『……君とは中学からの仲だけど、ここまでにぶちんだとは思わなかった』
「どういうことだよ」
『僕からは何も言わないよ。改めて、落ち着いたら火咲さんに聞けばいい』
な、なんか、自分はわかってますみたいな言い方だな……そんなにわかりやすい状況なの、今って。わかってないの俺だけ?
『それより気をつけなよ。これから大変かもしれないから』
「何が?」
『キョウと火咲さんが喧嘩してるって噂が流れてるからね。横取りって訳じゃないけど、チャンスと思ってる奴らがいっぱいいるんだよ』
「……え?」
『火咲さん、明日からたくさん告白されると思うよ』
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