第26話 大大大好きな彼

   ◆奏多side◆



「──と、言うわけだけど……話を聞いてた奏多ちゃん、ご感想をどうぞ」

「ぁぅぅぅぅ……」



 青いキャンパスの下、屋上で2人の会話を盗み聞きしていると、麗奈さんが通話を切って、悪い笑みを浮かべてぼくの肩に腕を回してきた。

 ご感想って言われても……夢見心地ってこと以外、頭に浮かばない。あいつがぼくのこと、ここまで真剣に考えてくれてるなんて思ってなかった。

 ぼ、ぼくのことを、かけがえのない存在、って……~~~~!!



「うおっ。奏多、顔真っ赤だよ……!」

「うぅ。麗奈さん……ぼく、もう京水の顔、まともに見れないかも……!」

「よ、よしよし。落ち着いて、奏多」



 友達が傍にいてくれてよかった。この噴き出す感情を、1人で処理するなんてできやしない。

 跳ねる鼓動を落ち着けようとしても、まったく収まらない。深呼吸しても、ずっと早鐘を打っている。



「やばいっ。ぼく、京水のこと好きすぎ……!?」

「何を今更……傍から見てると、わかりやすかったからね」

「そんなに!?」

「逆に、なんで自分の気持ちに気付いてないのって思ってた」



 やれやれ、と肩を竦める麗奈さん。会ってから数日の子にバレるくらい、ぼくってわかりやすかったの……? 何それ、恥ずかしすぎて死んじゃいたい。



「きょ、京水にはバレてるのかな……?」

「今の話を聞いてる限り、バレてなさそうかな。鈍いね、君の想い人」

「おっ、想い人とか言わないで……!」

「じゃあストレートに言った方がいい? 奏多の大大大好きな氷室くんって」

「にゃーーーー!!」



 それも言っちゃダメ!! か、顔あっつい!!

 しゃがみこみ顔を手で覆う。今絶対、誰にも見せられない顔してる。

 くそぅ、なんで京水なんかで揺さぶられなきゃいけないんだ。腹立ってきた……!

 麗奈さんも座って、仕方ないなーという顔でぼくの頭を撫でた。



「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。むしろ、これはチャンスだよ」

「チャンス……?」

「少なくとも、氷室くんは奏多のことを想っている。これから奏多の行動次第で、彼の想いをどっちにでも転がせるってことだ」



 ……意味がわからない。どういうことだろう。

 首を傾げると、麗奈さんは真剣な目で覗き込んできた。



「──ハニートラップ。色仕掛けで、氷室くんを恋に落とすんだ」



 ……………………へっ!?!?



   ◆京水side◆



 結局あれから、奏多と九条が帰ってきたのはショートホームルームが始まるギリギリだった。

 目を向けても、奏多は俺と視線を合わせず席に着いた。

 顔が赤いけど、どうしたんだろう。もしや風邪か? 心配だな……後で、話し掛けてみるか。


 ……と、思っていたのに。次の休み時間も、その次の休み時間も、俺を避けるように教室を飛び出していく。

 メッセージを入れても、既読スルー。これは……マジで俺、怒られた? 嫌われた?

 え……どうしよう……?


 結局、話しどころか顔すら合わせられないまま、昼休み。

 昼飯、誘ってもいいんだろうか……こんなに避けられてるのに、話しかけに行ったら迷惑がられないか……?

 俺と奏多の分の弁当を机に置き、行くか行かまいか悩む。うーむ……。



「キョウたーん」

「え?」



 呼ばれて顔を上げると、目の前に九条と萬木が立っていた。後ろに隠れるように、奏多もいる。



「いやー、めんごめんご。いろいろと話し込むことが多くてさ」

「いろいろ決まったから、お昼食べよう」

「あ、ああ。わかった」



 決まったって、奏多の相談のことかな。それで忙しくて、午前中はバタバタしてた……好意的に解釈したら、こうだろう。

 だがしかし。俺だって呑気ではない。後で隙を見て、奏多に謝罪しよう。……何をしたかは、自覚ないけど。


 席を立って、4人で屋上に向かう。もうここが、俺たちの定番スポットになっていた。

 日陰に座り込み弁当を広げようとすると、急に萬木があっと声を上げた。



「あー、パン買うの忘れてたー。買ってこなきゃなぁー」

「なら私は、みんなの分の飲み物買ってくるよ。奏多

、氷室くん。悪いけど先に食べてて」

「え? あ、おい」



 ……行っちまった。まだ奏多とは気まずいんだけど……これは、ある意味チャンスかも。



「奏多」

「ひゃっ! ひゃい……!」



 声掛けただけなのに、背筋を正して顔を背けられた。頼むからこっち見てくれ、傷つくから。



「そ、それにしても暑いね、今日。もうそろそろ夏服になりたい気分だな〜」

「え? ああ、そうだな……?」



 急にどうした。確かに暑いけど。

 奏多の謎言動を訝しんでいると、急にブレザーを脱ぎ始めた。ワイシャツを押し上げる迫力あるテントが、惜しげもなく晒される。

 そのままボタンも1つ、2つ、3つと外し……大胆に、胸元をさらけ出した。

 顔だけじゃなく、首や胸元まで赤い。恥ずかしいならやるなよ。



「あ、あー。暑い、暑いなー」

「……いや、あの、何してんの?」

「えっ? えーっと……や、やだなっ、ぼくと京水の仲じゃないか。な、何もないよ、何も」

「……それもそうか。奏多、いつももっと大胆な格好してるもんな」

「ふぇ!?」



 ガウンの下は、パンツ以外つけてなかったし、ギリギリ見えそうで見えないくらいはだけてたし。それに較べたら、今の方が良識的な露出だ。

 今までの自分の格好を思い出したのか、顔を真っ赤にして胸元を隠してしまった。何がしたいの、この子。

 ……まあいいや。それより、俺の方だ。



「奏多。聞いてくれ」

「なっ……なに……?」

「……すまん。いや……ごめんなさい」



 誠心誠意、心を込めて頭を下げる。

 が、奏多は狼狽えて、俺の肩を掴んで顔を上げさせた。



「な、なんで京水が謝ってんの!? 意味わかんないんだけど……!」

「予定のキャンセルとか、今朝から俺を避けて2人に相談してたとか……もしかして、奏多を怒らせたかと……」

「そ、そんなわけない! これは違くて……!」

「……そうなの?」



 じゃあ、なんでこんなに避けられてるんだ?

 真意を確かめるように、奏多の目を見つめる。

 と──ボフンッ。奏多の頭から、湯気が噴き出た。



「奏多!?」

「ご、ごめっ……ここここここれはぼくの問題というかっ、気持ちの整理というか……! と、とにかく……ごめんなさーーーーーーい!!」



 あ……行っちまった。

 え、ええ……どういうことなの、これ……。


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