第13話 秘密基地ごっこ
萬木の先導で階段を登っていく。
ここから上は、もう屋上しかない。確か鍵が掛かってて、外に出られなくなってるはずだ。
「萬木、どこまで行くんだ?」
「屋上だよん」
「だよんて……屋上には出られないだろ」
「それが入れるんだなぁ〜」
ニヤッと口角を上げ、ブレザーのポケットからあるものを取り出した。
小さいクマのキーホルダーがついた、鈍色に光る鍵。この流れからして……。
「屋上の鍵か? なんでそんなもの……」
「ウチのお姉ちゃん、この学校の卒業生でさ。かなりの問題児だったんだよね。これも勝手に作った合鍵。使わなくなったからあげるって言われて、貰った」
学校の合鍵を勝手に作るとか、マジで問題児じゃねーか。
鼻歌を口ずさむ萬木を見て、九条に話しかける。
「止めなくていいのか、幼馴染みとして」
「うん。私もこういうの好きだから。いいじゃない、青春みたいで」
そんな青春はアニメの中しかないのよ。
そして、こんな状況が大好きな奴がもう1人。
反対側を見ると、奏多が頬を紅潮させて興奮したように鼻息を荒くしていた。
だよねぇ。君もこういうの大好きだよねぇ。
屋上に通じる扉に鍵を差し込み、回す。
ガチャンッ。解錠した音が響き、ゆっくりと扉が開いた。
一瞬、陽光の眩しさで世界が白むが、すぐに透くような青空が目に飛び込んできた。
この辺は高い建物がないから、遠くに見える海まで見渡せる。
周囲は落下防止の柵で囲われているが、結構広い。ボール遊びくらいならできそうだ。
「おおっ、ひろーい!」
「こら、純恋。あんまり柵に近づくと、先生にバレるよ」
小動物のように駆け回る萬木の後に続き、九条も屋上に足を踏み入れる。
萬木の気持ちもわかる。これはテンション上がるな。
俺も屋上に出ようとした、その時。後ろから奏多に、袖を引っ張られた。
「ん? どうした?」
「……ち……」
「え?」
珍しく声が小さい。いつもは喧しいくらいなのに。
まさか高所恐怖症? いや、そんなの聞いたことないけど。
少し心配になり、奏多の顔を覗き込む──と。
「──秘密基地!!」
太陽のように顔を輝かせ、外に飛び出した。
「あはははは! 見て見て、京水! すっごく広いのに、ぼくらしかいない! 秘密基地だぜ、これ!」
「……だな、秘密基地だ」
くるくる楽しそうに回ってる奏多を見て、つい吹き出した。
秘密基地か。懐かしい。昔、そんなものを公園に作ろうとしたっけ。あの時は隣町の悪ガキ2人と縄張り争いになって、壊されたんだけど。
……あ、嘘。取っ組み合いになって、みんなでぶっ壊したんだ。記憶の改ざんって怖い。
あの2人組、今でも悪ガキやってんのかな……顔もうろ覚えだけど。
「おぉー? カナち、教室とはフインキ違くない?」
「雰囲気な。まあ、あっちが素の奏多だよ。教室でのアイツは猫被ってる」
「ほへぇ〜。うん、こっちのカナちの方が可愛いじゃんっ! ウチもおどるー!」
一緒になってくるくる回る2人。悪ガキにクソガキの友達が増えたようで、何よりだ。
日陰に座って弁当を広げると、隣に九条が座ってきた。
「お前は回らなくていいのか?」
「そこまで子供じゃないよ。君は?」
「2人きりだったら、回ってたろうな」
「おや。私と純恋はお邪魔だったかな」
「んなこと言ってない。……2人のおかげで、奏多が学校でも素を出せた。ありがとうな」
知らない奴らに囲まれて、わかりやすくイラついてたからな、奏多の奴。いつ暴れ出すんじゃないかと心配だったんだ。
「九条と萬木が同じクラスで助かった。これからも、奏多と仲良くしてやってくれ」
「……ふふ。優しいんだね、氷室くんは」
「放っておけないんだ、あいつ」
「わかるよ。私にとっての、純恋みたいな関係なんだね。仲良くする件だけど、もちろんと答えるよ。彼女はもう友人だからさ」
「っ……ありがとう」
男女問わずとりこにするような微笑みに、思わず見とれてしまった。普段から奏多と一緒にいなかったら、危なかったぞ。
九条から目を逸らし、弁当を頬張る。
今日は奏多のリクエストで、焼き鮭の弁当だ。どうやら母さんの飯を食ってから、魚にハマったらしい。
九条も、色鮮やかな弁当に箸をつける。
しばらく無言で2人を見ていると、遊び疲れたのかこっちにやって来た。
「麗奈、おなかすいたー」
「京水、ぼくもー」
そりゃ、昼休みにあれだけ動き回ってたらな。
「麗奈〜」
「はいはい。純恋のご飯、買っておいたよ」
「京水〜」
「お茶ちょうだい、くらい口にしなさい。……ん?」
思わず九条を見ると、図らずも九条と目が合った。
同じタイミングで苦笑いを浮かべ、肩を竦める。
「似た者同士だな」
「本当だね」
まさか、ここまで似た関係だとは思わなかった。いいもんだよな、親友って。
萬木はピンと来てないのか、首を傾げている。
が、奏多は何を思ったのか、俺のブレザーを引っ張ってきた。
「奏多、どうした?」
「……別に」
別にって言う奴の顔じゃないだろ。
奏多は自分の弁当を広げると、俺の隣に座り……いや、いつもより近く、それこそ肩と肩が触れ合うくらいの距離に座り、弁当を食べ始めた。
さっきまで動き回ってたからか、体温が高い。てか熱い。離れてほしい。
「麗奈さん。京水はぼくんだからね。あげないからね」
「もちろん。末永くお幸せに」
「ちっ、ちが……! 親友! こいつはただの大親友だから!」
大親友にただのとか付けるな。大切なのか違うのか混乱するから。
九条を睨みつけてる奏多。楽しそうにニヤニヤしている九条。状況理解を諦めて笑顔でパンに齧り付く萬木。同じく理解してない俺。
あれ、おかしいな。気まずい教室を抜け出したのに、ここでも気まずいぞ。
誰か、ここに来て俺に説明してくれ。頼む。
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