第12話 傲慢な考え

 奏多に遅れて教室につくと、案の定かなりの人数に囲まれていた。

 困ったような苦笑いを浮かべ、煩わしそうにしている。俺から聞いていたとは言え、こんな大騒ぎになるなんて思ってもみなかったんだろうな。

 俺の方は影が薄いから、人が集まってくることはない。まあ、小声で何か言われてるみたいだけど。

 女子からは値踏みの視線。男子からは嫉妬の視線。

 日本人は噂好きとは言うけど、渦中にいるとストレスが半端じゃないな。



「どう見ても普通……だよね」

「改めて見ても普通……」

「うん、普通」

「なんで火咲さん、氷室くんと……?」



 悪かったな、普通で。そんな普通、普通言うんじゃないよ。

 横目で奏多に視線を向けると、鬼のような質問攻めに、一つ一つ丁寧に答えていた。



「火咲さん、氷室くんと付き合ってるって本当っ?」

「いえ、お付き合いはしていませんよ」

「でも放課後デートしたんでしょ?」

「一緒にはいましたが、デートでは……」

「私は一緒に食材買ってたって聞いた」

「同棲っ? それとも、氷室くんにご飯を作ってあげたりっ?」

「い、いえ。私が作ってもらって……」

「なんで氷室なんだよ……あいつより俺の方が……」

「釣り合ってないよな、どう見ても」

「だから、付き合ってはいませんって」



 こんな状況でも暴走しないでいられるなんて、すごいな。大人だ。

 ……あ、嘘。口角が引きつってる。質問攻めがうざったくて、そろそろ爆発寸前だ。

 このままじゃ、椅子を振り回して暴れ狂うぞ。そうなる前に、連れ出さないと。

 慌てて席から立ち上がろうとした、その時。後ろから誰かに抑えられた。

 だ、誰だ……?

 振り返ると、普段は話しどころか、クラスメイトという共通項しかない、九条が微笑んでいた。



「く、九条……?」

「大丈夫だよ、氷室くん。彼女には私たちがついてるから」



 あらやだ、かっこいい。

「ほら」と九条が奏多の方を見て、俺も同じ方に視線を向ける。

 と、イラついた表情の萬木が集団の中に割って入って、奏多を庇うように仁王立ちした。



「ったく、朝っぱらから……カナちが困ってんでしょう。もっとこの子の気持ちも考えなよ」

「す、純恋さん……」



 この中では一番体が小さいはずなのに、一歩もひるまず数十人を睨み返す。

 助け舟に奏多は安堵したような表情を見せた。



「そもそも、カナちに彼氏がいようと、男友達がいようと、アンタらに微塵も関係ないじゃん」

「わ、私たちは火咲さんが心配で……」

「カナちが心配してくれって言ったの?」



 萬木が振り返ると、奏多は顔を横に振って否定し、立ち上がった。



「純恋さんが言ってくれたことがすべてです。私が氷室くんと……いえ、京水と一緒にいて、皆さんに不都合なことはありませんよね。はっきり言って、誰と誰が一緒にいるのを値踏みしてくるような人、迷惑です。大っ嫌いです」



 きっぱり告げると、教室にいる全員が気まずそうに顔を伏せた。

 大っ嫌いと明確に言われて、男子たちも希望を失ったようにうなだれる。まあ、うん。自業自得というか……同情はできないな。自分で芽を摘みに行ったようなもんだし。



「だってさ。ほら、散った散った」



 萬木に言われ、集団は蜘蛛の子を散らしたように消えた。

 ようやく誰もいなくなり、ホッと息を吐く奏多。俺も一安心。よかった、暴れ狂う前に萬木が来てくれて。



「よかったね、氷室くん。これで彼女と一緒にいても、何も言われないよ」

「彼女じゃねーよ。大親友だ」

「……ふふ。男女の友情か。いいね、そういうのも」



 九条は楽しそうに笑うと、俺を置いて2人の方へ向かった。

 でも……萬木には悪いことしたな。泥を被らせちまって……後で詫びに行かないと。






 その後は何事もなく時間が過ぎ、昼休み。

 いつもは奏多の所に群がる人だかりも、今日はいない。みんな大人しく、いつものメンバーやぼっち飯をしていた。

 当然俺もぼっち飯。ミヤは別のクラスだし、バド部の昼練があるから一緒ではない。

 だから俺も、普段はぼっち飯……なのだが。



「氷室くん」

「ん? 九条、どうした?」

「いや。一緒にお昼、どうかなって」

「え?」



 まさかのお誘いだった。もちろん、九条との一対一ではなく、奏多と萬木も一緒だ。



「……いいのか? その……今朝、あんなことがあったばかりなのに」

「問題ないよ。実は純恋からの提案なんだ」

「萬木の?」



 萬木を見ると、満面の笑みでこっちこっちと手を振っている。奏多も嬉しそうにこっちを見ていた。

 まあ、あの2人がそう言うなら……。

 弁当箱を持って2人の所に向かうと、当然クラスの奴らから注目を集めた。やっぱ居心地が悪いな。



「お待たせ。連れて来たよ」

「うむ。ご苦労、麗奈!」

「何様だ」

「あうっ」



 九条にデコピンされて、萬木は痛そうにひたいを押さえた。俺と奏多みたいに、この2人の間にも遠慮って言葉はないみたいだ。

 と、デコピンされたひたいを赤く(どんだけ強くやったんだ)した萬木は、弁当を掲げた。



「んじゃ、行きますかっ」

「教室で食べるんじゃないのか?」

「それじゃあ、キョウたんが気疲れしちゃうでしょ? だからとっておきを教えてあげる。ついて来て♪」

「とっておき?」



 あと、キョウたんって俺のことですか。距離詰める速度が音速を超えてません? 俺たちそんな仲良くないよね。

 萬木が先頭を歩き、俺たちも後について行くと、九条が苦笑いを浮かべた。



「すまない、氷室くん。純恋は人との距離をすぐ詰めたがるんだ。もし嫌なら、デコピンの一つでもかましてやれば、すぐやめてくれるよ」

「ヴァイオレンスだな。心配しなくても、あの程度の距離の詰め方じゃ驚かないよ」



 こっちは、普段から男女の成長を考えず、物理的に距離を詰めてくる大親友と一緒にいるんだ。今更なんとも思わん。

 と、何を思ったのか九条は口笛を吹き、俺の隣にいる奏多に流し目を送った。



「慣れてるんだ、女の子に」

「えっ。きょきょきょきょっ、京水どういうこと!? 彼女いたの!?」

「あぼぼぼぼぼぼぼぼ」



 待て待て待て、せめて反論させる余裕はくれ。肩を揺さぶるな肩を。



「あっははは! 君のことだよ、奏多」

「ふぇ? ……????」



 いつもの距離感すぎて、本人に自覚はないみたいだ。

 自覚……する日が来るんだろうか。もし来たら、この距離感も普通じゃなくなっちゃうのかな。

 ……それはそれで寂しい……なんて、傲慢か。


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