第10話 無防備な大親友
あの後、特にアイツらに絡まれることなく、必要な食材を買って帰宅。
もう17時を回りそうだ。意外と時間掛かったな。
「奏多。米炊いとくから、先に風呂入ってきな」
「いいの?」
「ああ。出てきたら、出来たてホヤホヤの飯が待ってるぞ」
「へへ、やったー」
ステップを踏んでリビングを出ると、何かを思い出したように顔だけ見せ、にまぁ〜と口角を上げた。
「な、なんだよ」
「一緒に入る?」
「ぶっ!?」
「今ならぼくの背中を流す権利をあげようかなってね」
なに馬鹿なこと言ってんだ、こいつ……まあ、にやけ面を見るだけで、冗談だっていうのはわかるが。
だけど、いつまでもからかわれてる俺だと思うなよ。
「そうだな、一緒に入るか」
「え」
「1人で入るより、2人で入った方がガス代も浮くしな。よし、そうしよう」
「えっ、え……!?」
顔に紅葉を散らして狼狽える。まさか、俺が言い返すとは思わなかっただろう。甘いな。俺だっていつまでもやられてばっかじゃないんだよ。
「親友だもんな、俺たち。一緒に入るくらい普通だよな」
「ままままま待って待って。なんでそんなに乗り気なのさ……!」
「お前が誘ってきたんだろ」
「いや、そうだけど……」
「ほれほれ、どうする?」
今度は逆に俺がにやけ面を見せると、すべてを悟った奏多は、苦虫を噛み潰したような顔で地団駄を踏んだ。
「このっ……ばーかばーか! 変態! すけべ!」
「お前がそれを言うか!?」
「知らない! ふんっ!」
と、今度こそ行ってしまった。
俺にやり返された時のリアクション、昔っから変わらないなぁ。はは、可愛いヤツめ。
さて、からかった詫びに、美味い飯作ってやらなきゃな。
煮魚の味を確かめていると、奏多が戻ってきたのか扉が開いた。
……が、一向に入ってこない。なんだ?
いつ入ってくるのか見ていると……ひょこ。顔を半分だけ覗かせた。
「どうした?」
「な、なんでもない」
「安心しろ。覗いてなんかないから」
「だ、誰もそんなこと聞いてないからっ」
ムスッとした顔で、今度こそリビングに入ってきた。
今朝も着ていたガウンを身につけて、ちゃんと帯紐は結んでいる。
だけど癖なのか、上の下着は付けていない。クロスしている襟の向こうに、深い谷間が見えていた。
風呂上がりだからか、白い肌が赤みを帯びて火照っている。
しっかりと帯紐が結ばれているせいで、胸と腰の張り出しが
思わず目を奪われてしまった。なんという色気だ。本当に同級生か?
喉の奥の唾液を飲み込み、なんとか視線を逸らす。
「ほら、お待ちかねの煮魚だぞ」
「煮魚! ごはん!」
もう機嫌が直ったらしい。そう言えば、昔からどんなに不機嫌でも、お菓子を食ったらコロッと機嫌よくなってたな。
変わるものと変わらないものがある……か。体は変わりすぎだけど。
対面に座るように、それぞれの席に炊きたての米と煮魚、味噌汁、サラダを並べる。
奏多は目を爛々と輝かせ、カーペットに座った。
俺も対面に座り、手を合わせる。
「それじゃあ。いただきます」
「いっただっきまーす♪」
まずは味噌汁で胃を暖める。あぁ、染みる……。
奏多も味噌汁をすすって、ほっと息を吐く。やっぱり日本人と言えば味噌汁だよな。
「んまい。ぼくの好きな、玉ねぎの味噌汁だ。覚えててくれたの?」
「当たり前だろ。お前の好きなものなら、なんでも覚えてるって」
「ふーん……そか」
嬉しいのか恥ずかしいのか、頬を掻いて目を逸らされた。本当、わかりやすい子だな。
特に雑談が弾むこともなく、黙々と食べ進める。
別に話すことがないとか、気まずいとか、そう言ったものは一切ない。
ただ、一緒に食卓を囲む。この時間が心地いいんだ。
「気まずいね」
「俺の情緒返して」
なんだよ。気まずくないと思ってたの俺だけかよ。なんか悲しい。
が、急にけたけたと笑いだした。
まあ……うん。確かにじっとしてる奏多なんて、奏多じゃないよな。楽しそうにしてこそ、奏多ってもんだ。
「いやぁ、本当に気まずいだなんて思ってないよ。一緒にいるだけで楽しいし。でもせっかく一緒にいるんだから、もっとお話したいなーってね」
「……いいお天気ですね」
「話すことがない人の常套句(笑)」
変にツボったらしい。机を叩いて大笑いしている。適当に返しただけなのになぁ。
あと、そんなに机叩くな。コップが倒れるだろ……って、むむむむむっ、胸元が緩んで……!?
「ひーっ、ひーっ……! ぁー、こんなに笑ったのひっさびさ〜」
「そ、そうか」
「ほーんと、京水と一緒にいると飽きないよ。最高の親友だ、君は」
一頻り笑って満足したらしく、煮魚やご飯にも手をつける。
満足そうにしてるところ悪いけど……正直、緩んだ胸元にばかり目が行っちゃって、それどころではない。
奏多は気付いてないし、俺もどう話しかけたらいいのかわからない。変に指摘すると、このいい雰囲気がぶち壊しになる可能性がある。
……よし、何も言わないでおこう。指摘しづらいから、指摘しないだけ。決して眼福だからではない。……チガウカラネ?
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