第9話 転校
しつこく追いかけてくるクラスメイトたちを引き離し校外へと出ると、黒くて大きな車が校門の前に止めてあった。
「この車でございます」
「まじで……」
運転手付きの大きな車に一瞬ひるむが、後ろから追ってくる生徒たちの声に押されるようにしてあたしは車へと乗り込んだ。
車の座席は広く、足元にも広い空間がありそこに細長いテーブルが設置されている。
さっきの紳士が前の席に座ると、運転手に向かって「出してくれ」と、合図を送った。
車はほとんど音をたてず、揺れも感じない。
これ……リムジンってやつかな?
さすが【ツインズ】格が違うというか、やることが大胆で強引だ。
しかし広くてフカフカの座席に座っていると昨日からの疲れが一気に押し寄せてきて、眠たくなってきた。
こんな得体のしれない車に乗って、しかも寝てしまうなんて。
ハジメにバレたら怒られちゃうな……。
そう思いながらも、睡魔には勝てずあたしの意識は遠のいて行ったのだった。
☆☆☆
「カヤ様、カヤ様起きてください」
ユサユサと肩を揺さぶられて、あたしは今口に運ぼうとしていたパンを地面に落としてしまい、そのまま目が覚めた。
「ん……パン……あたしのパン……」
もにょもにょと呟き、手を伸ばしてパンを探す。
「パンなどはございません。秋原高校に到着しました起きてください」
「んん~……秋原高校ぉ~……?」
何言ってるのこの人、あたしの通う学校は桃谷高校だよ……。
そう思いながらようやく重たい目を開く。
するとそこには見知らぬ白髪の男性が困った顔を浮かべていた。
ここは、どこ?
一瞬すべての記憶が消えてフリーズするあたし。
「あの、あなた誰ですか? ここはどこ? なにこの高級車!? まさか人さらい? 助け……!!」
声を上げようとした時、紳士に手で口をふさがれてあたしの言葉はモゴモゴと消えて行った。
「カヤ様、さきほども説明しましたがあなたは今日から秋原高校へ通うことになりました。【ツインズ】の2人の坊ちゃまの付き人として」
ゆっくり丁寧な口調にあたしの気持ちは次第に落ち着きを取り戻す。
そうだった……。
今日学校へ行ってみたら机がなくなっていて、それからそれから……。
思い出して鼻から大きくため息をはき出す。
紳士はあたしの記憶が戻ったことを確認してから手を離した。
「では、参りますよ」
はいはい。
こうなったらもうやけくそだ。
教室には机がないし、転校するという事になってしまっている。
なるようになるしかないじゃないか!
やけくそ気分で車を下りて、秋原高校の校門をくぐる。
そして……。
その大きな建物を見上げ、あたしは絶句した。
なにこれ、学校?
お屋敷?
それともお城?
中世ヨーロッパのようなレトロな雰囲気のある大きな建物。
建物正面の中央には大きな時計。
入り口はアーチ型になっていて、とても普通の学校とは思えない。
「えっと……学校?」
あたしはその建物を指差して、ようやくそう言った。
「さようでございます」
ペコリと頭をさげてそう答える紳士。
はぁ……。
さようか……。
あたしは再びその建物を見上げる。
今日はとてつもなく貧血なんだからこんな建物を見てクラッときてもおかしくないのに、クラッと来ない。
すると紳士が前に出てあたしを促した。
「失礼かと思いましたが唇の血色が悪いようでしたので、車内で輸血をさせていただきました」
「ゆ、輸血!?」
「はい。カヤ様の血液型などの情報は桃谷高校からいただいているため、その血液をすぐに車まで届けるように指示し、そして到着までに輸血を済ませました」
「は……はぁ、それはどうも……」
寝ている人間に勝手に輸血できるような世界って、どんな世界だ。
そう思うものの、建物の威圧感にクラッと来なかった理由はこれで解明された。
入り口の事務室で一言二言話た紳士は、そのまま来客用のスリッパにはき替えた。
「カヤ様はこちらです」
あたしも同じスリッパをはこうとしたところ、スッと差し出された室内靴。
「あ、ありがとう……」
足を入れてみるとサイズもピッタリ。
本当にあたしの情報をなにもかも知っているみたいだ。
桃谷高校め、あたしのプライバシーを侵害しやがって。
生徒の個人情報くらい守りなさいよ!
1人でプリプリしていると、大きなラセン階段が見えてきた。
ちょっと待って、学校でこの広さのラセン階段って全く意味がわからない!
クリーム色の階段に、手すりには細かい彫刻がほどこされている。
あたしはその手すりに手を触れることもしのびなくて、そろりそろりと紳士の後をついて歩く。
学校の2階に上がり、廊下の突きあたりまで来ると【職員室】という文字が見えた。
どこの学校にでもある安っぽいプラスチックのプレートではなく、木彫りのプレートだ。
どれだけお金をかけてるのよ……。
無駄に豪華な学校内に呆れ始めていると、職員室の中から1人の男性が出てきた。
灰色のスーツを少し着崩している。
短い髪を金色に染めて耳には複数のピアス。
しかもかなりのイケメンだ。
「カヤ様、この方が担任の先生になる方です」
紳士にそう紹介されてあたしはアングリと口をあけた。
それこそ顎が外れて床につきそうなほどに。
これが、先生?
「こんなチンピラが!?」
驚きすぎて思わず本音がそのまま口にでる。
「チンピラで悪かったね。これでも教員免許はちゃんと持っているんだぞ」
「ご、ごめんなさい……」
鋭い眼でギロッと睨まれ、縮こまるあたし。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。下校の時刻にまたお迎えにまいります」
「えぇ! 帰っちゃうの!?」
あたしは紳士にすがりつく。
「申し訳ございません。後のことは先生が案内してくださいますので」
そう言い、紳士は苦笑いを浮かべながらあたしを引きはがした。
そ、そんなぁ……。
こんなイケメンチンピラ男が担任の先生だなんて嫌だよ!
ジタバタと暴れるあたしの腕を掴み、「じゃ、お前の教室はこっちだから」と、歩き始めるチンピラ先生。
「い、嫌です! やめます! 転校しません!」
「うるさいなブス。さっさと歩けよ」
ブ……ブス!?
あたしは自分の耳を疑った。
今この人あたしのことブスって言った??
そりゃぁあたしは可愛くもないし美人でもないですよ?
でもこんな真正面から『ブス』とののしられたことだって一度もない!
しかもこの男、教師だよ!?
教師って、生徒の見た目がどうであろうと平等であるべきじゃないの!?
信じられない……。
驚きすぎて魂が抜けてしまったあたしは、チンピラ先生にズルズルと引きずられるようにして1年A組と書かれている教室までやって来た。
「いいかよく聞けよ、松井」
「はぁ……なんでしょうか」
「この学校は沢山の芸能人を育成している。もちろん、中にはすでにデビューしている者や、まだまだ未熟な者や色々いる」
「はぁ……」
先生の話にあくびをかみ殺す。
芸能人とか興味ないし。
一緒の教室にいたって、別にサインをねだるつもりもないもん。
「そしてこのA組からE組までの組分けだが、A組が今最も売れている生徒たちを集めていて、準にBCと続き、DE組はまだ芽が出ていない生徒たちだ」
「へぇ……」
ってことは、このA組は売れっ子芸能人たちの教育の場所ってことか。
だからどうしたのって感じだけどね。
再びあくびをかみ殺す。
するとチンピラ先生は目をパチクリさせた。
「どうしたんですか先生、まるで地球が一瞬で一回転したみたいな顔をしていますよ?」
「あ、あぁ。とにかく、A組はそういう連中だから、松井も気をつけろよ」
気をつけろ……?
意味がわからなくて首をかしげる。
「はぁ……まぁ、気をつけます」
あたしは曖昧な返事をし、そして先生はよくやくA組のドアを開いたのだった。
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