第8話 机がない!

ユズちゃんのパンチをまともに受けたあたしは、小鳥のさえずりで目を覚ました。

ここは……天国?

クラクラする頭でぼんやりとそんなことを考える。


なぜだか、どういうワケか、ごくごく普通の女子高生ユズちゃんの腕力はそこらへんの男どもを軽く上回る。

中肉中背で筋肉も目立つワケじゃないのに、人間1人を片手で持ち上げることがたやすいという超人的体質の持ち主なのだ。


そんなユズちゃんはキレたらあっという間に自我を失う傾向にある。

これまでも何度となく喧嘩をした相手を血祭りにし、病院送りにしている。

今まで一度も死者が出ていないのが不思議なくらいだ。


あたしは何度か瞬きをして、見慣れた自分の部屋にいるということが確認できるとホッと安堵のため息をもらした。

よかった。

どうにかまだ生きているみたいだ。


ゆっくりとベッドから身を起こすと、鼻が痛んだ。

まさか折れてないよね?

そう思い、恐る恐る鼻の頭に揺れる。


よかった。

ちゃんと鼻がついている。

だけど随分と鼻血を吹いてしまったらしく、起き上がるだけでメマイを起こしそうだ。


「今日の夕飯はレバーにしてもらおう」

完全に血が足りない。

まるで老婆のようにヨタヨタとベッドから下りて、制服に着替える。


階段を踏み外さないようにそろりそろりと下りていくと、学校の制服を身にまとったユズちゃんが玄関から出て行くところだった。

ユズちゃんと目が会ったあたしは一瞬恐怖で表情を引きつらせる。

「カヤ、寝坊よ? 早く出ないと遅刻するわよ?」


寝坊したワケではなくて今までずっと気絶していたのだし、気絶した理由はユズちゃんにあるのだけれど、ユズちゃんはそんな事にも構わず1人でさっさと家を出てしまった。


ちくしょう……。

同じ姉妹なのにどうしてあたしには超人的な力がないんだろう。

やっぱり【ツインズ】のように卵生双生児じゃないから!?


不公平よ!!

そう思っているとキッチンからお母さんが顔を出した。

「あらカヤ、朝ご飯は?」

「食べている時間がないから、いい」


「そう? 今日はフォアグラエッグ炒めと、キャビア乗せ食パンと、トリュフ入りのお味噌汁なのに」

お母さんが残念そうにそう言う。


朝から3大珍味って!

しかもパンに味噌汁の組み合わせ!?

うちはいつからそんな異文化家庭になったんだ!!


「いらない!!」

ダバダバと流れ出す涙をグッとのみ込み、あたしは高級朝食抜きで玄関を出たのだった。


☆☆☆


貧血で今にも倒れそうになりながらなんとか学校へついたあたしは、どうにかこうにかホームルームに間に合った。

ぜぇぜぇと息を切らしながら教室へ入ると、クラスメイトたちが異様なまなざしであたしを見てくる。


「いやぁ……昨日お姉ちゃんの鉄拳を鼻っ面にくらっちゃってさ、今日すごく血が足りなくてぇ……」

仲のいい子に事情を説明しながら自分の席へと向かう。


「うん。今日のカヤちゃんは見た目もゾンビそっくりに青白くてやつれているけれど、そうじゃなくてさぁ……」

言いにくそうにモジモジと口を濁す友人。


なんだよ。

人の事『ゾンビ』と比較してしかもそっくりだと言ったくせに、まだなにか言いにくい事があるわけ?

そう思っていると、ハタッとこのクラスの変化に気が付いた。


「あ……れ?」

いつもあたしが座っている場所。

あたしの机が……ない。


そこだけポッカリと開いたスペース。

あたしは唖然として立ちつくし、力の抜けた手から鞄がドサッと音を立てて落ちた。

「どういうこと……?」


あたしは小さく呟く。

だからみんなあたしをジロジロとみていたの?

あたしのこのやつれた体を見て心配していたんじゃなかったの?


「……いじめ」

ポツリと呟く。

これはきっとあたしをイジメようという合図なんだ。


クラスみんなであたしの机を運びだし、これから毎日毎日陰湿なイジメを受けることになるんだ。

そしてそのイジメはどんどんエスカレートしていき、先生にさえ見捨てられたあたしは……!!


「あぁぁぁ!! なんてかわいそうなのあたし!! 自殺だけは、自殺だけは止めてあげてよぉぉ!!」

脳内ですっかり悲劇のヒロインと化しているあたしに、友人が「違うから」と、とても冷静に突っ込んだ。

「だって、だって、あたしの机がないじゃない!」


「今日カヤちゃんは転校するんでしょ?」

「へ……?」

友人の言葉にポカンとするあたし。

転校?


いつ?

誰が?


「急なことだけどもう手続きも終わっているからって、昨日クラスラインで聞いたんだけど……」

ライン!?

なんなのそれ、一体どういうこと!?


「そんなライン、あたしのところには一切来てないけど!?」

「だって転校するのはカヤちゃんだもの。送別会をこっそり計画しようって連絡が行くわけないでしょ?」

アハハッと笑う友人。


うん。

まぁ、その通りだよね。

でもあたし転校しないし!

ってか、こっそり計画しているハズの送別会の話もしちゃってるし!


「でもね、あたし転校なんてしないよ? そんな話今初めて聞いたし」

「えぇ? おかしいなぁ……」


腕組みをして首をかしげる友人。

いやいや、おかしいのはこのクラスでしょう?

机がないと思いきや転校ですって?


これこそ新手のイジメなんじゃないの!?

やっぱりあたしってば悲劇のヒロイン?

ウルウルと涙が出そうになった時、ガラッと教室のドアが開いた。


「ちょっと先生、イジメですよ!!」

この時間に入ってくる人間といえば先生しかいないと思い、あたしは思いっきり大きな声でそう言った。

しかし……。

教室に入ってきたのは黒いスーツを来た白髪の見慣れない男性だった。


「あ、人違いですごめんなさい」

「いいえ、合っていますよ松井カヤ様。お迎えに上がりました」

「ほへ!?」

いきなり名前を呼ばれあたしは目をパチクリさせる。


「今日からカヤ様には秋原高校へ通っていただきます。その、お迎えに上がりました」

その男はそう言い、紳士的にほほ笑んだ。


ちょ、ちょっと待って。

これは一体どういう事でしょうか。

転校、するの?

あたしが!!?

「秋原高校って芸能人がたくさん通ってるっていう学校だよね!? カヤちゃんすごぉい!」


隣で友人が手を叩いて喜んでいる。

たしかに秋原高校は芸能人育成の高校として有名だ。

でも、それで喜んでいる場合じゃないんですよ!!

「ちょっと、話が全然見えてきませんけど……」


汗をふきふきそう訊ねると、紳士は困ったように首を傾げた。

「おかしいですね。坊ちゃまたちから新しい付き人が決まったので迎えにいってほしいと頼まれてきたのですが……」

「坊ちゃまに……付き人……?」


なんとなく頭の中で点と線が繋がってきて、あたしは大量の汗をふく。

「まさか、その坊ちゃまって……」


「はい。【ツインズ】の晴様と圭様でございます」

丁寧にお辞儀をしてそう答える紳士。

やっぱりあいつらかぁぁぁ!!!

カーッと頭に血が上って行くのがわかる。


あの2人にお金があることは分かっているけれど、こんな卑怯な手を使うとは……。

「ちょっとカヤちゃん、【ツインズ】の付き人ってどういう事!?」

「松井さん【ツインズ】にあった事あるの!?」


「【ツインズ】の付き人って2人に見初められた女の子だけがなれるっていう噂の!?」

突然クラス中から黄色い声が湧きあがり、あたしの怒りの熱は急激に冷めて行った。


これはやばい……。

クラスメイト数十人という女子たちがあたしを取り囲もうとしている。

クッ……。


怒るのは後回しだ、ここは逃げなきゃいけない。

あたしは女の子の間を縫ってドアまで走ると「秋原高校まで案内お願い!」と、紳士に言った。

紳士はニッコリとほほ笑み「承知いたしました。松井カヤ様」と、言ったのだった。

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