第6話 契約‐晴side‐
いきなり鼻血を吹いてそのまま倒れてしまったカヤに、あれは「はぁ……」と、ため息をついた。
今カヤはソファに寝かせ、鼻にティッシュを詰めてやった。
まだ目は覚ましていない。
「本当に面白い女だな」
圭がそう言い、カヤの頬をツンツンとつつく。
カヤは少し眉間にシワを寄せたけれど、まだ眠っている。
「まさか俺たちの事を知らないとは思わなかった」
俺はそう答え、部屋の中にある小さな冷蔵庫からペットボトルのジュースを一本取り出した。
この冷蔵庫にはスーパーの新商品がいつも常に入れられている。
まぁ、CDがヒットした時、ちょうど潰れそうになっていたこのショッピングモールに何千万という金を融資しているから、このくらいの礼は当然だと思っている。
「レアな子だよね。若くて可愛くてすっとぼけて、その上俺たちを知らないだなんて」
そう言い、圭は笑い声をあげた。
「イケメンを見て鼻血ふく女だって俺は初めてだ」
緊張して貧血を起こす女は何人かいたけれど、こんなに豪快に血だまりを作って倒れた女は、カヤが初めてだ。
「で、この子目が覚めたらどうする?」
「それを今考えておこうと思ったんだ」
俺はジュースを片手に圭の隣に座った。
「ソフトクリームの事なんて、本当はちっとも気にしてないんだろ?」
「あぁ。ブランド物っていっても20万くらいの服だしな。もう新しいのを注文した」
そう、問題は服ではない。
そんなものいくらでも好きなものを買えるから、どうでもいいんだ。
俺がほしいのはこいつ。
鼻にティッシュを詰めたため呼吸が苦しいのか、ブッサイクな顔をして寝ている。カヤが欲しいんだ。
「今回も、あれやる?」
チラッと圭が俺の顔を見る。
俺たちが気になる女を見つけた時に、必ずやる手がある。
大抵の女はそんな手を使わなくてもオチるけれど、ごくまれにカヤのような女がいる。
手が届きそうであっさりとは届かない。
そういう女の方が、俺たちは面白いと感じる。
女をオトす時のゲームのような感覚。
俺はニヤリと口角をあげて
「あぁ、やるか」
と、言ったのだった。
☆☆☆
それから数分後、カヤが「うーん」と、唸り声をあげて目を開けた。
「やっと目が覚めたか」
俺がそう言うと、目をパチクリさせて周囲を見回す。
「ここは……?」
すぐに体を起こそうとしてメマイを起こしたのか、再びソファへ寝てしまった。
「無理するな、あれだけ鼻血が出たら貧血にもなるだろ」
俺がそう言うと、カヤはすべてを思い出したようにパッと自分の鼻を両手で覆った。
「鼻血……止まってる?」
「あぁ、寝ている間にティッシュを詰めておいた」
「あ、ありがとう……」
「ところで、カヤ」
俺と圭はカヤの視界に入る場所へ移動して、にこっと笑顔を作った。
「な、なんですか!?」
【ツインズ】の2人に見下ろされる形になったカヤは一気に頬を赤くし、挙動不審になっている。
可愛いな……。
今まで会って来た女たちは、みんな自分が可愛いと自負している奴らばかりだった。
自分がどうすれば相手に可愛いと言われるか。
どのような言葉をかければ男が喜ぶか。
それを知っている手なれた女ばかり。
でも、カヤは違う。
天然ですっとボケで、自分が可愛いだなんて米粒ほどにも思っていない。
面白い女……。
「俺の服、クリーニングに出しても汚れが取れなかったんだ」
「は、はい。それはもう電話で……」
「ブランド物ってことも、知っているよな?」
「は……はい……」
カヤの口元がヒクヒクと痙攣している。
悪い予感がしてたまらないんだろう。
「でも、俺たちはお前に金は求めない」
「はい……」
カヤの表情が一気に緩んだ。
思ったことがすべて顔に出ている。
わかりやすいやつだ。
「ただし!」
「は、はいぃ!?」
俺が少し大きな声を出すと、今度は目を潤ませて身を縮めた。
「しばらくの期間、俺たちの付き人をしてもらう」
「付き人……ですか……?」
何度も瞬きをして俺と圭を交互に見つめる。
「そうだ。それでチャラだ。いい話だろ?」
「【ツインズ】といえば今をトキメクアイドルだよ。その付き人なんて、女の子たちがお金を払ってでもやりたがる」
圭が俺に続いてそう言った。
「そ、そうなんですか……?」
カヤは困ったようにオロオロしはじめてしまった。
普通なら泣いて喜ぶ場面なのに、カヤは困っている。
それがまた面白くて、俺はズイッとカヤの顔に自分の顔を近づけた。
「やるか、やらないか、決めろ」
「そ……んな……あたし、弁償するようなお金もないし……」
「じゃぁ、決まりだな?」
そう尋ねるとカヤはあうあうと金魚のように口をパクパクさせ、そしてうなだれた。
「わかりました……やります付き人……」
「決まりだな」
俺と圭はニヤリと笑い、ハイタッチしたのだった。
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