第4話 諦め
翌日。
あたしは気を落としたまま制服に着替え、1階へと下りた。
「おはようカヤ」
リビングダイニングへ入ると、香ばしいコーヒーと焼けたパンの香りが食欲をそそった。
「おはようユズちゃん」
あたしはすでに座って食べている姉のユズちゃんの隣に座った。
ユズちゃんは同じ桃谷高校に通う18歳だ。
ハジメはあたしとユズちゃんのことを美人姉妹だというけれど、ユズちゃんとあたしが並んだら月とスッポンだと思う。
もちろん、あたしはスッポンでユちゃんが月ね。
「カヤ、今日はなんか元気ないんじゃない?」
「そう?」
ユズちゃんは心配そうにあたしの顔をのぞき込み、そしてあたしの髪に指を通した。
「いたたたっ!!」
ちゃんとクシを通していない髪はユズちゃんの指に絡みつき、あたしは涙目になる。
「いつもは髪くらいとかしてるのに、今日はとかしてない」
「うぅ……だってぇ……」
あたしは半べそ状態になりながらも、昨日の出来事をユズちゃんに話してきかせた。
「なるほど。それで今日いつも以上にズボラになってるワケね」
「そうなの……」
そう答え、あたしはまたふぅとため息をはき出した。
「仕方ないから約束通りショッピングモールに行くしかないわね」
ユズちゃんはシレッとそう言い、おいしそうにコーヒーを飲んだ。
「ユズちゃん、人ごとだと思ってぇ!」
「だって人ごとだもの。それに、別にお金を出せって言っているワケじゃないんでしょう? だったら行ってみればいいじゃない」
「それは……そうかもしれないけれど」
ユズちゃんは自分のことじゃないからこんなに軽々しく言えるんだ。
あたしはそう思いながらバターがとろけているパンにかじりついた。
「ショッピングモールなら人も沢山いるし、大丈夫よきっと」
そう言って、ユズちゃんはあたしの背中をポンッと叩いたのだった。
☆☆☆
そしてその日の放課後。
今日もハジメとの約束があったのだけれど、急ぎの用事じゃなかったので、あたしはハジメとの約束をキャンセルして1人ショッピングモールへと来ていた。
平日なのに今日も人が多く、昨日のソフトクリーム屋さんも相変わらず列ができている。
あぁ……あたしってば彼氏との約束を断って他の男と待ち合わせしているなんて、罪な女。
少しだけ自分がモテる女になった気分で、そんなことを考えてみる。
これだけ沢山の人がいても、まさかあたしが彼氏以外の人間と待ち合わせをしているなんて、誰も思わないだろう。
てか、そもそもあたしの存在なんて誰も気にしてないか。
そう思った時、トントンッと肩を叩かれてあたしは思わず3センチほど飛び上がって驚いた。
「すごい驚き方だな」
恐る恐る振り向いてみると、昨日のイケメン君が呆れた顔で立っているのが目に入った。
うわっ……。
一瞬で世界がキラキラと輝きはじめ、あたしは目を細める。
ここにイケメン君が立っているだけで、ショッピングモールがシンデレラ城のように見えてくる。
「ははははい! お待ちしておりました!!」
綺麗すぎるその人にあたしは舌を噛みそうになりながらそう言い、頭を下げた。
「ぶはっ!? なにその焦り方」
あぁ……あたしが変すぎて目の前でイケメン君が爆笑している。
その笑顔を見られる事はすごく光栄だけれども、また鼻血が出たら困るのでさっさと要件をすませて帰りたい。
「あの、あたしに何の用事でしょうか?」
「ここじゃあれだから、どこか移動しよう」
そう言い、イケメン君があたしの右手を握りしめてきた。
柔らかな肌の感覚。
熱すぎず冷たすぎない人肌。
ちょうど心地よくなる温度に思わずホワッと力が抜けそうになった。
って、それじゃダメじゃん!!
あたしは慌てて自我を取り戻し、その手を振りほどいた。
「あ、あああああたし、彼氏いますから!!」
そうよ!
いくらこのイケメン君がイケメンだからって手をつなぐ事なんて許されない。
だってあたしにはハジメがいるんだから。
あたしはイケメン君を威嚇するように睨みつける。
「はぁ?」
するとイケメン君は目を丸くし、あたしを見つめた。
み、見つめられたって全然揺らがないんだから!!
心臓をドキドキさせながらも、意思だけは強く持つ。
「彼氏以外の人と手をつなぐなんて、できません! お断りです!!」
そう言って突っぱねるあたし。
イケメン君はしばらくの間その場に棒立ちになり、ポカンと口を開けている。
「まじかよ……お前、まさか俺の事を知らな……」
イケメン君がそう言いかける言葉を、誰かの悲鳴が遮った。
キャーッ!!という複数の女の子たちの悲鳴はショッピングモールの中庭を埋め尽くし、そしてその子たちは一様にこちらを見ていることに気がついた。
へ……?
何事ですか……?
あたしとイケメン君とのツーショットがあまりにも不釣り合いで、悲鳴が起きたとか?
今度はあたしがキョトンとして周囲を見ていると、イケメン君が「チッ」と小さく舌打ちをした。
そして次の瞬間、あたしが振り払った手をまた強引に握りしめてきたのだ。
「ちょっと、だから手は繋がないって……!!」
「行くぞバカ!!」
バカ……?
あたしのことバカって言った、この人!?
唖然とするあたしを強引に引っ張り、イケメン君は走る。
あたしもそれについて、一緒に走る。
走る、走る、走る!
後ろから追ってくる黄色い悲鳴、悲鳴、悲鳴!
なにがなんだかわからない。
あたしは一体何に巻き込まれたの?
まさかこの人指名手配中の極悪人だったりする?
だったら手を離して!!
そう思い、もがいてみるけれどちっともその手は離れない。
それ所か痛いくらいに握りしめられている。
白昼堂々、ショッピングモール内にて誘拐事件発生中ですよぉぉ!!
そんなあたしに手を差し伸べてくれる人は、誰ひとりとしていなかったのだった。
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