第3話 電話‐カヤside‐

ソフトクリームをイケメン男子の服につけてしまうという失態をやらかしたあたしだったけれど、そこから先はスムーズだった。


いくらすっとボケているあたしでも、2度3度と同じことは繰り返さない。

ハジメが新しく買ってくれたソフトクリームをベンチに座って食べ、2人でショッピングモールの中をめぐり、超絶怖いという3Dのホラー映画を大爆笑しながら堪能した。


「今日の映画すっごく面白かったね!!」

ハジメと腕を組んで映画館を出たあたしは、余韻たっぷりにそう言った。

ハジメは少し青白い顔をしていたけれど、「そ、そうだね……」と、頷いてくれた。


「特に、女のゾンビがお店の店員さんを食べるシーンが面白かったよね!」

あたしがそう言うと、ハジメは急に口元に手を当ててその場にうずくまってしまった。


「ハジメどうしたの?」

「ご、ごめん。ちょっとトイレ……」

か細い声でそう言うと、ハジメは男子トイレへと駆け込んでしまった。


もしかしてトイレをずっと我慢していたのかな?

そう思いながら近くにあったベンチに腰を下ろした。


入場前に買ったパンフレットを取り出して鼻歌交じりにそれを眺める。

すると、パンフレットにスッと人陰が写り、あたしは顔を上げた。


そこには2人のガッチリとした体形の男が2人、ニヤニヤ笑いながらあたしを見下ろしていた。

あのぉ~……この人たち、一体誰でしょうか?


あたしこんなにイカツイお友達、いませんけど……。

そう思いながらも相手が笑顔なので、あたしも笑顔を浮かべることにした。

するとその瞬間。


2人があたしを挟むようにベンチにすわったのだ。

うわぁ……すごい威圧感。

隣に座ると筋肉のムキムキ感とか、2人の図体のでかさがビシビシと伝わってくる。


っていうか、誰ですかこの人たちは。

沈黙が重苦しくて軽く冷や汗が出たとこで、ようやく右隣に座った赤髪の男が口を開いた。

「君可愛いねぇ、今1人?」


次いで左隣の緑頭の男が

「俺たちと映画でも見に行く?」

と、聞いて来た。

いや、映画って今見てきたところなんですけどね。

この人たち、あたしがパンフレットを持っていることに気がつかないのかしら?

そう思い、あたしはわざとパンフレットをウチワ代わりにして自分を仰いだ。

「ねぇねぇ、今長怖いホラーやってるんだって、一緒に行こうぜ?」

「怖かったら俺たちに抱きついていいからさぁ」

って。

そのホラーを今見てきたんだってば。

しかも全然怖くないし、大爆笑だし。


「今見てきたので……」

「えぇ~? じゃぁもう1回見ない?」

「それか、君の好きな映画を選んでもいいよぉ?」


ネットリと絡みつくような猫なで声。

この人たち、他に友達がいないのかな?

だからあたしに声かけて来ているのかな?

「だったらあたし、【スプラッターゾーン】がいいです」

今一番怖いという噂のグロテスクホラーだ。

さっき見たゾンビ映画は思ったよりも怖くなかったから、今度はこっちを見てみたと思っていた所だった。

「え? そ、それ見るの?」

「ど、どうせだから恋愛ものとかにしたら?」

「どうしてですか? あたしが観たい映画は【スプラッターゾーン】ですよ?」


そう言い、あたしは立ち上がる。

ハジメにもネールしとかなきゃね。

2人の大きな男性に映画に誘われたので、見てきます……。

と。

あたしはハジメにメールを送信した。

「え、っていうか今誰にメールしたの?」

赤髪が焦って聞いてくる。

「彼氏ですけど?」

「か、彼氏!?」

「はい。今トイレに行ってて……あ、出てきた」


トイレへ振り向くと、青い顔をしたままのハジメが慌てて出てくるのが見えた。

「げ! 彼氏出てきたってよ!」

「逃げるぞ!!」

え?

逃げちゃうの?


ハジメがこちらに気がつく前に一目散に逃げ出す2人。

2人の姿はあっという間に豆粒ほどになり、肉眼では確認できなくなってしまった。

「カヤ!! 大丈夫か!?」


「ハジメ。そんなに慌ててどうしたの?」

「どうしてのって……お前は大丈夫なんだな? なにもされてない?」

「なにって、なに?」

ハジメの言葉にキョトンとして首をかしげる。


するとハジメは全身の力が抜けたようにため息を吐きだした。

「カヤ、いつも何度も言っているけれど、もう少し自覚しろ」

「自覚って?」


「カヤは可愛い。いいか? カヤは可愛いんだぞ?」

ハジメはあたしの肩をグッと掴み、真剣な表情で面白い事を言う。


「あははっ! ハジメいつもそれ言うよね。なんのギャグ?」

「ギャグじゃない! 今の男たちはナンパ! ついて行ったらダメ! わかるか?」


ナンパ?

今のが?

でも、今のくらいだったらほぼ毎日経験しているから、きっとナンパじゃないと思うんだけど。


あたしはハジメの肩をポンポンと叩いて笑った。

「ハジメは心配性だね。ほら、次行くよ?」


「カヤ……どうしてわかってくれないんだよ……」

ハジメのそんな悲痛な呟きは、あたしの耳には届かなかったのだった。


☆☆☆


その後ハジメとのデートを夕方まで楽しんだあたしは、ハジメに家まで送ってきてもらっていた。

「いつもここまで送らなくても大丈夫って言っているのに……」


「ダメだ。昼間ムキムキな男にナンパされたばかりだろう?」

「だから、あんなのナンパじゃないって……」

と、言いかけた言葉を遮るようにハジメのキスが落ちてきた。

付き合い始めて半年。

触れるだけのキスはもう慣れた。

「とにかく、1人のときは気を付けること」

「……わかった」

結局ハジメのキスで黙らされたあたしは、そう頷いて家の中へと入って行ったのだった。


リビングでお茶をしているお姉ちゃんとお母さんの2人に「ただいま」と、声をかけ、そのまま2階の自室へと向かう。

あたしの部屋は2階に上がって一番手前のドアだ。


部屋の中は白とピンクを基調としていて、高校に上がる時両親に買ってもらった真っ白なドレッサーが一番のお気に入りだ。

あたしはバッグをベッドの上に投げて、スカートを脱いだ。

学校以外でスカートをはくのはデートの時くらいなので、なかなか落着かない。


あたしは熊野イラスト入りの部屋着に着替えて、ドレッサーの前に座った。

グッと顔を上にあげて中の中を確認する。

鼻血は完全に止まり、血もちゃんと取れている。


「全く、今日のデート最初はどうなることかと思ったよ」

そう呟き、イケメン君の顔を思い出す。


「あれ?」

そして、首をかしげた。

なんだかどこかで見たことのあるような気がした。


だけど記憶と辿ってもどこで見たのか全く思い出すことができない。

「見たことあるワケないかぁ」

あんなイケメンが周囲にいたら、あたしは毎日貧血で保健室送りになっている。


きっとあたしの勘違いだ。

そう思った時、タイミングよくスマホが鳴り始めた。

ベッドに投げ出したバッグからスマホを取り出すと、登録した覚えのない名前が表示されている。


【晴】

ひとこと、書かれたそれに「晴れ?」と、あたしは首を傾げた。


明日の天気は晴れですよぉって、スマホが教えてくれてるのかな?

なんて、そんなことあるハズない。

これは着信画面なんだから。


あたしは誰だかわからない電話の相手に少し困りながらも、電話に出た。

「も……もしもし?」

《もしもし? 出るのが遅いぞ》

ムスッとした男の声が聞こえてくる。

えーっと……どちらさまでしょうか?


《おい、聞こえているのか?》

「あ、はいはい。聞こえておりますよ?」

ハジメに知らない男には気をつけろと言われたばかりだし、ここは切ったほうがいいのかな?


でも、あたしの携帯番号を知っているワケだし、名前らしき晴れの文字も出ているし……。


うーんうーんと唸り声をあげて考えていると、《なに唸ってんだよ》と、聞こえてきた。


「えっとですねぇ……すみませんが、どちら様ですか?」

《はぁ? お前昼間会っただろうが。ソフトクリーム女》

そう言われ、あたしの頭の中にはあのイケメン君の顔が一瞬にしてよみがえって来た。

「え? あの、ソフトクリームのイケメン君ですか?」

《なんだよその呼び方。ちゃんと俺の名前が出るように登録してあるだろうが》

「あ、あの晴れっていう1文字の……」


《セイだ、セ・イ!!》

「あぁぁ、そうでしたか! それで、その、晴さん。なにかあたしにご用事でしょうか?」

《あぁ。あの後服をクリーニングに出したが汚れが落ちなかった》


「は……はあ……」

《おまけに、あの恰好じゃ待ち合わせに行くことができなくて、彼女に振られてしまった》

「へあ!?」


あたしは思わずその場にのけぞった。

世の中というものは、あんなイケメンでも振られるものなのか。

少し背中にソフトクリームをつけていたくらいで。


少し待ち合わせに行けなくなってしまったくらいで。

あぁ……無常。

チーンと、心の中で手を合わせる。

《それで、お前にもう1度会いたいと思う》

「あ、あたしに……ですか」


《そうだ。明日もう1度あのショッピングモールに来い》

「は……はぁ……それはまぁ行きますけど……でも、あたしお金はありませんよ?」

クリーニング代を請求されてもこまるし、弁償を頼まれても困る。


ましてや、イケメン君の彼女のかわりを見つけて来いなんて言われたらどうしようか。

あの人に釣り合う女の子なんてそうそういない。


《金は請求しない。お前が貧乏なことは服を見ればわかる》

「そ……そうですか……」

ってか、貧乏じゃないし!


うち中流家庭だし!!

《じゃぁ、明日な》

「あ、ちょっと……!!」


反論しようとした時にはすでに電話は切れていて、機械音が耳に入ってくるばかりだった。

「なんて我儘なイケメン君なの」


あたしはそう呟き携帯画面を見つめる。

昼間に会った時は丁寧な口調だったのに、電話になるとまるで別人のようだった。

あたしはふぅと息をはき出し、またハジメに怒られる……と肩を落としたのだった。

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