Ⅲ
耳に心地いいのは、柔らかい風の音。天使の皆には聞こえてないみたいだから、僕は一際耳がいいのだろう。
瞳に映るのは、眩い白銀の空とそれに応じる死者の笑み。全ては安らかに、清らかに。
ただ一人、僕だけの置き去りにしていく。
「ザシェ、聞いていますか」
サカリエル様のうんざりといった声が広さを持て余した真っ白な床天井に響く。彼の足元に落ちる影は、足先の床との設置面でさえ僕の髪の黒さには勝てないようだった。
「…申し訳ありません」
泣きながら風に乗って運ばれていく1人の少女を不本意に見送ってから時間が経った。
あれから、僕の窓口には1人だって死者は来ないし、天使達も遠巻きに群れながら薄笑いを浮かべるだけで、いざ歩み寄ると誰よりも目立つこの姿が見えていないとでも言うようにその淡い赤の瞳に僕を捉えない。
天使には心がない。ここでは死者には負の感情などないから、その痛みを分かる必要もないから。
そう、書庫の歴史書に書いてあったのに。
ならばどうして、僕の身体はこんなにも痛むのだろう。これではまるで、窓口にきた死者の最期の痛みを感じながら書類に目を通す、彼らみたいじゃないか。
「ザシェ」
「…なんでしょう」
「明日君の元に誰も来なかったら、君を窓口から外す」
それは、半ばほとんど確定した不明瞭な未来の話だった。
天使には使命がある。産まれたてから中級に至るまでは、窓口で死者の案内をする。中級になると死者の安寧の保護のため天国を広く視察し、管理をする。そして管理を上手くこなしながら見習いの指導を出来る者はサカリエル様に仕え、いずれは神の元へと還っていく。
………じゃあ、見習いの義務さえできないままその役目を終わりだとされた者は?
どうなるのか、想像もつかなかった。し、サカリエル様もその後をしっかり考えているわけでは無さそうだった。
「一先ず、明日以降の君の処遇は主様に任せる」
明日僕の元に誰も来ないまま役目を終えることを、確信している言い回し。否、当の本人である僕だってそう思っているし何も間違ってないのだ。
背を向けて去っていくサカリエル様の羽は、大きく白く、彼の姿を隠した。
ただ1人、小さな少女を送り届けただけの僕の羽は見るに堪えない矮小さで、萎縮したようにしか羽ばたくことができないのに。
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